19羽 加速の支配者
『ヘビ子!ルカ!』
『出血量が多いな...2人を近くに寄せろ。私がまとめて傷を止める!』
2人の容体は酷い。私には相手のスキルを確認する術が無かった。
だからあの男が転生者であるということに気付くのが遅れてしまった。
「うさぎ...ごめん...ヘビ子に怪我させちゃった...」
『...森の魔獣は自分の責任は自分で負う。ヘビ子があなたと戦いたいと思ったから、ヘビ子は飛び込んでいけた。ルカも重傷なんだから喋っちゃだめ。』
「ツィヤックは...?アイツ...転生者...」
『王国の姫よ、心配するな。帝国の男は心配ない。』
『誰よりも遠くにいたはずなのに、ヘビ子の悲鳴が聞こえた瞬間最速で飛び出していったからね。アイツなら、ドラなら何とかできる。』
ドラはじっと帝国の男、ツィヤックを睨み警戒し続けている。
ツィヤックもツィヤックで聖獣が3体もこの場所に現れたことに警戒している。が、先ほどのドラの攻撃は通っていないように見える。
ルカとヘビ子と戦闘していた時に薄々感じていたが、やはりダメージを無効にする、もしくは限りなく少なくするスキル。
転生者固有の壊れスキルについ先刻仲間の部隊を皆殺しにしてスキルを奪っていた。
「ドラ...おじちゃん...」
『ヘビ子!?意識が戻った!キュア!!』
『分かっている!この程度の傷、私がどうとでも出来る。』
キュアのスキルを全開にした治療。
それはあらゆる傷や病の進行に抗い、やがて傷を修復していく。
「キュアおじちゃん...お願い...ドラおじちゃんを助けて...ドラおじちゃんじゃアイツには......!!」
ヘビ子はドラの身を案じていた。
直接拳を交えたからこそヤツの強さが身にしみているのだろう。
そして自分の傷よりドラの事を考えている。
『...優しい子。大丈夫、安心しなさい。』
『ヘビ子よ、見ておくといい。バカで軽薄で考え無しで浅はかでバカだが...』
ドラの翼がゆっくりと開く。
いつもの軽薄な動作や間の抜けた声は聞こえない。
見えるのは、静かな怒りに染まる深紅の瞳。
『こと戦闘に関してだけ言うなら、奴もしっかりと【支配者】なのだ。』
インフェルノドラゴンロード。
その中でも【加速の支配者】を冠する唯一の個体。
『【重変速】』
聖獣最速の龍。
その速度を視認することは不可能に等しい。
初速からスキルで加速されたその速度を全て乗せた拳がツィヤックを撃つ。
インパクトの瞬間からほんの一瞬だが、音と衝撃が遅れて私たちに届く。
だが、その攻撃もツィヤックには効いていない。
「は、ハハッ!ビビらせやがって...聖獣インフェルノドラゴンロード...お前のスキルがあれば、俺は俺は団長にも勝てる...最強になれる!!!」
『...』
ドラの口元が小さく動く。それに合わせて、私たちに彼の声が私のスキルを通じて届く。
『衝撃に対する防御...ダメージの無効化...攻撃への自動防御...鎧、盾含む装備品への効果...』
「う、うそ…!?」
「嘘、でしょ?今の一撃でツィヤックのスキルのネタを割ったっていうの...!?」
『ドラの戦闘に関するセンスと洞察力は群を抜いている...というより次元が違う。』
再びドラの身体が動く。
一撃、また一撃と。ニンゲンにはもちろん、動体視力を強化された私の目でもその姿を追うことすら出来ない。
ツィヤックもスキルを使いその攻撃と威力を殺し続ける。だがそれが手一杯で反撃に転じる隙を作れない。隙を作る隙を許してもらえない。
それはまるで透明な衝撃波にツィヤックが無限に襲われ続けているような光景だった。
『インフェルノドラゴンロードは鱗の放つ特殊な磁場と高温の体内ガスを持っているという以外は特別戦闘能力を持ち合わせているわけではない。彼も他より少し鱗の磁場が強いだけの、ただの龍...言ってしまえば、生まれつき強かった訳では無い。』
やがてその衝撃の速度は加速していき、一撃で聞こえてくる音が重なるようになった。
『アイツはあとにも先にも類を見ないであろう、努力で聖獣へと成り上がった龍なのだ。』
ツィヤックの体勢が崩れる。
止まらない衝撃。一速一速とギアを上げていくように速度と威力が増していく。
【トップギア】による連撃。それはドラの努力が生み出した彼の到達点。
【重変速】
インフェルノドラゴンロード、個体名ドラの固有スキル。
翼の磁力を反発、引き合わせることで指数関数的に速度と磁力を上げ続ける。
『多分、前世で言うところの電磁誘導に近い原理なんだと思う。それに自力でたどり着いたんだ。』
彼は誰よりもヘビ子に甘く、そして誰よりもヘビ子に近く接してきた。
その悲鳴を聞き、誰よりも速く最速でここまで来た。
その胸中はきっと穏やかではない。
だがその怒りを飼い慣らし、あくまで冷静に制圧を進める。
戦闘において何が有効であるかを瞬時に見極め、それを実行できるだけの実力を兼ね備えている。
聖獣における戦闘力最強は紛れもない【加速の支配者】だ。
『...やっと溜まって来た。』
ドラの加速がピタリと止まる。
全身の鱗が逆立ち、磁力に引き寄せられた周囲の砂鉄が彼の周りを黒いオーラのように舞う。
『…全員、私の羽に隠れろ。』
キュアが大きく翼を広げ私たちを覆う。
視界のほとんどが彼の翼で覆われてしまったが、その隙間からドラの姿はしっかりと見ることが出来た。
『どうしたの?キュア。』
『一撃入れただけでドラは悟ったのだろう。ダメージを与えることよりも翼と周囲に磁力を貯めることを選んだ。』
彼の後ろに溜まる黒いオーラが波打つ。
両腕を地面に突き立て、翼をたたみ、普段の彼とは違う四足歩行の龍のような姿勢になる。
そして、砂鉄の集合体がツィヤックとドラを囲むように横に伸びる。
『これからドラが使用する技は己の身にも莫大な負担がかかり、加えて連発も出来ず準備の時間が必要になる。だが、私の知る限り一撃の威力という点でのみ見れば、少なくとも私はこれを超える破壊力を知らない。』
砂鉄が帯びる磁力が新たな砂鉄を周囲から巻き上げる。磁力を帯びた鉄は磁石となり、互いに引き寄せ、時に反発する。
『なにせ、かつて聖獣の試練をドラが受けた時にタートルが奴と戦い、唯一傷を負わされた技だ。』
「ターおばさまが…!?」
「タートルって……キャッスルタートルだよね、聖獣の。」
ルカが起き上がり私の横でドラの様子を見守る。
「そんなに強いの?」
『…強さにもいろんな指標があるとは思うけど、タートルに傷を負わせたって威力が本物なら、帝国のあの男、生きていられれば運がいいレベルだと思う。』
強烈な磁力で撒き上がった砂鉄が摩擦を生み、静電気が各所で起こり始めた。
ルカの持っている装飾品やヘビ子の武器も鉄が入っているからなのか、ドラの作り出すゾーンに引き寄せられている。
『……本当に、うさぎのスキルがお前に無くて助かったぜ。』
ゆっくりと翼が広がっていく。それは意図的に遅く広げているというよりは鱗に発生している磁力に抗って広げているように見えた。
『なあ…俺はお前に直接的な関係値もねえ。帝国だろうが王国だろうが、俺にとっては同じ自分勝手な人間共の領地だ…』
ドラの翼は少し特殊な様相をしている。
通常ドラゴンの翼にあるような翼膜は無く、根元から先までびっしりと漆黒の鱗が張り巡らされているのだ。
その鱗の一つ一つが摩擦で磁気を帯びて、強力な磁石となっている。
『その自分勝手で………俺の大事な娘を傷つけた事…後悔する間も与えずに殺してやる。』
ドラとツィヤックの姿が同時に消えた。
コンマ数秒遅れて耳をつんざく轟音が響き、弾けた砂鉄の衝撃波が周囲の木々や海面を撒き上げる。
『ドラは!?』
『あそこだ。』
そこに見えたのは遥か上空に登っていく光の尾。
あまりに遠すぎて、ヘビ子はおそらくその速度感は実感できないだろう。
だが元の世界の航空機を知っている私やルカはその速度に驚嘆するしかなかった。
「…【完全防御】と【衝撃相殺】それがツィヤックに攻撃が通らないからくりなんだ。」
『なるほどね。だからルカやヘビ子、ドラの攻撃も全く効いてなかったんだ。』
「だからこそあの聖獣は一気に上空に連れて行ったんだ。抵抗も出来ない、させないほどの圧倒的速度で。」
『いくら鎧を着ていてスキルがあるとはいえ、生身の人間があんな上空であんな速度の摩擦に耐えられるはずがない。』
「スキルを使い続けなきゃ死ぬ、一瞬でも気を抜いたらいけない状況で低酸素…聖獣って思ったよりちゃんと勝ちに来るんだね…」
『存外苦肉の策ではあるがな。空気の薄さと摩擦の影響はドラもうける。そして奴を上空に連れて行った技の消耗もある。』
何十にもわたる超速度の旋回を繰り返し、その流星は落下軌道へと入った。
『【加速の龍星】自傷技に星の名を冠するのは、何ともあいつらしいと思うがな。』
キュアがそういって私たちを再び羽で守ると、その直後にまさに隕石の衝突の様な衝撃が海岸に大きな穴をあけた。
砂煙が晴れるのを待って大穴に向かうと、虫の息のツィヤックと傷だらけの鱗で全身から出血したインフェルノドラゴンが立っていた。
『はぁ…はぁ……チッ。見にくんなよ。クソボロボロで情けねえ面見せたくねェんだよ。』
尋常ではない出血量。立っているのもやっとなはずの傷。
それでもヘビ子が見ているからなのかそれとも聖獣としての意地なのか、彼はいつもの彼のように軽薄に笑って見せた。
「ドラ…おじちゃん…」
『おうヘビ子。傷が治ったらまた修行のし直しだな。』
「…うん。私、がんばるね。」
『いい子だ。』
キュアの背中に乗るヘビ子と傷だらけのドラの会話を横に聞きながら私はツィヤックの元へと降りる。
…呼吸はある。まだ死んではいない。
鎧はもちろん全身の皮膚が摩擦で削れ、脳へ酸素も回っていないのだろう。
放っておいてもこのまま死ぬ。
だが私は彼を殺さなければならない。
自己中心的であった彼のスキルをこの森の為に、友人のために使わなければならない。
【ファントムフレイム】を発動し、魔素を貯める。
「こまるなァ。大切な部下をこんなにしてくれちゃったらァ。」
確認していた。
さっきまでこの穴の周辺は私たち以外に誰もいなかったはずだ。スキルを使って何度も入念に確認していた。
「持って帰るのも大変なんだぜェ?スキルだって使うと疲れるし、ここに来るのだって聖獣のオーラがきつ過ぎて二、三回ミスっちまったし。帰り道は事故無く帰れるといいんだけどなァ。」
細身で黒髪。服装こそこの世界のものだが、その姿は明らかにこの世界にしては少し違和感のあるもの。
そして何より、私でさえ見覚えのあるもの。
『生徒…会長………?』
「…!あァ!ああァ!!!やっぱりそうだったのか…!!!ツィヤックがやられるなんてただ事じゃないと思っていたが、やっぱりそっちのほうだったのかァ!!!ああ、でもこっちでそれだとちょーっと恥ずかしいからきちんと自己紹介しておかなきゃだよねェ?」
警戒が出来ない。
感情的にというよりも警戒という行動そのものを押さえつけられているような…
それでも私は…私やきっと他の聖獣たちの本能は…
「ファディオス帝国十二騎士団長、天秤座、カワサキシュン。こっちでもよろしく、僕の生徒たち。」
今すぐこの場から逃げろと警告をしていた。




