1羽 圧倒的被捕食者で生き残れと???
異世界にも天気という概念はあるらしい。ここ二日ほど雨が降り続いていて、全体的に湿気を多く感じている。主に鼻先で。
気温は比較的過ごしやすいので体温調節も楽に済んでいる。主に耳で。
全校集会中に体育館に現れた謎の靄に異世界に飛ばされてから三日。
運よく洞穴を見つけられたので雨風をしのぐために転生してからはここを主な拠点としている。
恐らく、現実世界の私は死んだのだろう。転生する前の最後の記憶である猛烈な痛み、あの痛みが本当に私の体に起こったものだとするなら痛みでショック死したっておかしくはない。
異世界転生というのは交通事故や何かしらの要因で命を落として転生するのがよくある展開だと思うが、まさか異世界転生させられるために命を落とされるという展開になるとは。
卵が先かニワトリが先かみたいなもん?
…いや多分違うな。
とにかく、靄は『最後の一人になるまで生き残れ』といっていた。
『生き残れ、か…』
私は洞穴の入り口付近に出来た水たまりを覗き込む。岩の上に出来た水たまりなので水面が良く澄んでいて私の顔がはっきりと見える。
私の、この、ビビットピンクの体毛に覆われたぬいぐるみのような顔が。
この顔は何度も見たことがある。小さい頃に学校の飼育小屋で飼っていたし、私は飼育委員だったから餌だってあげたことがある。
ぬいぐるみとしても非常に多くのものが出回ってるだろう。愛らしいフォルムにチャームポイントの大きなお耳。申し訳程度にちょこんと引っ付いてるみたいな可愛らしい尻尾。
うさぎ。これは多分ネザーランドドワーフに近い異世界の種類なんだろうなー。
『………いや、何でッ!?!?』
何で何で!?何でうさぎ!?
確かに転生先の種族はランダムとは言ってたけどさ!?いっぱいいるよね異世界の生き物なんてさ!
しかも転生するなら普通はチートスキル持った人間とかエルフとか、よしんば獣とか魔物の類だったとしても先駆者は皆、龍とかスライムとかクモとかじゃん!?
うさぎって!!
被捕食者って!!
しかも体毛だけは異世界転生の特典なのかな?
超プリティなビビットピンク!!森の中で!!ビビットピンク!!記憶が戻るまでよく生きてたな私の体!!
『…これ、私の異世界ライフきつ過ぎんか…?』
初日は自分の姿にひとしきり絶望した。最初の三時間はうさぎっていう種族に転生したことに、次の三時間はこの森でビビットピンクとかいうカモフラージュもクソも無い色合いの体毛でいることに。
この森はそれなりに大型の魔獣も多い。しかも見るからに肉食ですって風貌のやつばっかり。
必死になって草木の中に隠れても、まあ意味なんて皆無。
たどり着いた結論はこの浅めの洞穴に身を隠すこと。
暗がりの中なら私のこのド派手な体毛も目立たない。幸いこの洞窟は小さめの蝙蝠が根城にしているくらいで、大型の魔獣は住処にしていないのと、雨が道中の私のにおいを流してくれたおかげでどうにか生き残ることが出来た。
でも次の日に私は思いついたさ!
そうだよ、靄の言ってた3つのスキル!共通のスキル2つとそれぞれ固有のスキル!
きっと魔王とか勇者適正とかそういうものすごいスキルが与えられてるんだよ!
半日ほど試して、自分のステータスの確認方法が分かった。共通スキルの【ステータス開示】を通して、自分の能力値や保有スキルの特徴が数字や文字で頭の中に流れてくる。
確認できたのはホントに必要最低限みたいな能力値と微妙に高い素早さ。そしてあったよ固有スキル。
『【動物言語理解】………』
【動物言語理解】
人だけでなく、魔獣と言語を介して意思疎通が出来る。
これだけだった。
チートスキルも異常に高い能力値も無い。何なら魔力に至ってはゼロだった。
そして今。
もう何か生き残ろうとかそういうのも考えられなくなってきた。
スキルの動物言語理解もどうやら相手と自分がお互いにコミュニケーションを取り合おうとしなければ成立しないらしい。つまり捕食の瞬間に命乞いすら出来ないということだ。
これでどうしろと?
ちょっとおしゃべりが出来るだけのうさぎなんてただの食べ物だぞ?
この圧倒的被捕食者で生き残れと???
『さすがにハード過ぎるだろぉ…』
「何かお困りですかぁ~?」
『お困りよ、お困り。このままじゃ私、ただのお喋りうさぎで短い生涯を終えて…』
…ん?
私は今何と会話している?
動物言語理解はお互いに会話の意思がないと成立しない。今私は会話しようとして言葉を発していない、というかこの体は人間のような声帯を持ち合わせていないのでスキルを使って意思を相手に送らなければいけない。でも私は今送っていないのにレスポンスが返ってきた気がする…
『…なんでいるの?』
「あれぇ~?もうちょっと驚いてくれると思ったんですけどねぇ~。」
『ここのところもう自分のことで散々驚き続けてるからね。何度餌にされかけたか。』
洞穴の奥から聞こえてくる声の主が少しずつ近づいてくる。この身体は見た目の通り耳がいい。おかげで近づいてくる物音にいち早く気づいて対応できるが、こいつはどれだけ動いても音がしない。
衣擦れの音も、歩く度の足音も、こいつ自体の声も実際は聞こえてきては無い。
靄。体育館の時と同じ見た目がそこに立っていた。
「こんにちわぁ〜。お手伝いに来ましたよぉ~」
『お手伝い?ディレクターさんが直接私たちに干渉してもいいの?』
「はいぃ~。本当は非干渉を貫く予定だったんですけど、ちょっと方針を変えましてぇ~。」
体育館でも感じた気味の悪さだ。人の声と形をしているのに、それ以外は絶対に人ではないと分かる。
靄の奥から聞こえてきているはずなのに、この耳は何も音を拾っていない。頭の中に声が直接響いてくる。
「皆さんが転生されてから向こうの時間基準で2週間が経ちましたぁ~。その間にちょっと問題がありましてぇ~。」
『問題?』
「はいぃ~。転生先の種族をランダムにしたのがいけなかったんでしょうねぇ~、すでに24人の参加者が死んじゃいましたぁ~。」
『…死んだ!?死んだって、どういうこと!?』
「言葉の通りですぅ~。あくまで記憶が戻るのが成長してから、というだけで肉体自体は生まれた時点で参加者の皆様のものですぅ~。2週間前の同じ瞬間に皆さんの肉体はこの世界の各地で生まれていますぅ~。」
『…つまり、記憶が戻る前に肉体自体が死んじゃってそのまま脱落って事?』
「あるいは転生先が弱すぎる種族であったがために、生態ヒエラルキー上位の存在にスキルを使ったとしても為す術なく殺されたかですねぇ~。」
『そんな………誰が死んだかってまでは分からないの?』
「私は把握してますが、それは皆さんには教えられません~。」
どういう感情なのだろうか。涙を拭うジェスチャーをしてはいるが声色は全く変わってない。
「このままでは本来の意図とは異なる方法で皆さんが死んでしまいますぅ~。そこで新たに対策を取ることにいたしましたぁ~。」
靄は両の手を私に向けて私の耳を触る。確かに触っているはずで触られている感覚もあるのだが、そこに温度が全く感じられなかった。
「一定以下の弱小種族に転生された皆様には、記憶が戻り次第順番に、秘匿された最後の付与スキルの詳細をレクチャーしちゃおうということになりましたぁ~!」
『…つまり、私の目の前にあんたが現れたってことは…?』
「はいぃ~、あなたの種族は【ネザーランドウサギ】紛うことなき雑魚種族ですぅ~。」
やっぱりかぁ…
うすうす感じてはいたけどさ。でもこう面と向かって告げられるとそれなりに来るものがあるというか…
というか種族名ネザーランドウサギって…それただのうさぎじゃん…
「雑魚種族どころかぁ~、付与スキルが無ければスキルも習得できないし魔力もゼロ、戦闘能力も塵同然の食物連鎖底辺種族ですねぇ~。」
『とどめ刺すの止めて!?』
ますますハードモード確定じゃん…
見た目が可愛い、動物とお話しできるメルヘンなだけのお肉でどうやって生き残れっていうんだ。この洞穴で肉食魔獣に怯えながら細々と草を食べて生きて行けってこと…?
「とまぁ、あなたのようにクソ雑魚種族に生まれてしまったがために記憶が戻る前に死んでしまった人たちがいるんですよぉ~。ですからせめてもの最低保障としてゴミ種族に転生してしまった人たちには秘匿スキルの開示を行うことになりましたぁ~。」
『めちゃくちゃ言うじゃん。もしかして私より酷い種族に転生しちゃった人とかもいるってこと?』
「はいぃ~。名前の開示は出来ませんがあなたはまだ脊髄があるだけマシかもですぅ~。」
『どんな酷い種族に転生しちゃったんだ…』
とはいえ、正直な話今さら残ったスキルの開示をされたところで、食物連鎖の底辺にいる私など、捕食されて死ぬか、寿命で数年で死ぬかのどちらかだ。
『…教えられたところで生き延びられる自信が無いんだけど大丈夫そう?』
「問題ありませんよぉ~。」
『それじゃあ教えて。3つ目のスキル。』
「かしこまりましたぁ~。とは言え、口頭で教えるよりも直接体験してもらった方が早いですねぇ~…」
靄は急に手と思しき部位を洞穴の天井にかざすと、その手の平から何かが飛び出して天井にぶら下がっている蝙蝠を貫いた。
『はっ!?ちょ、いきなり何してんの!?』
「その蝙蝠を殺してくださいぃ~。」
『はぁ!?』
私の目の前に落ちてきた蝙蝠は急所を貫かれたのか時折痙攣するだけで羽ばたこうとしない。放っておいてもそのうち死ぬだろう。
「そして、その蝙蝠を殺すときにぃ~【蝙蝠のスキルを奪う】イメージをしてくださいぃ~。」
何を言っているのかわからない。スキルを奪う?それに蝙蝠の殺し方も分からない…
「HPは1だけ残るように落としましたから、一回噛むだけでも絶命しますよぉ~?」
『…っ!』
正直、めちゃくちゃ怖かった。
元人間だった身からすれば蝙蝠なんて雑菌の塊でしかない。
それでもどうせクソ雑魚とか言われている種族だ。このままビビッていたところで未来なんてない。
それならいっそここで死んでやる、この靄の目の前で死んでやる、と一思いに蝙蝠へ食らいついた。
前歯で蝙蝠の頭を潰した時の気色悪い感覚は、今後私の記憶から消えることはないだろう。
【グリーディキリング 発動】
突如として頭の中に浮かぶ文字の羅列。驚いて咥えていた蝙蝠を離してしまった。
【吸収対象 ケーブバット】
獲得スキル
【超音波 レベル1】
可聴域を超えた音を発し聞き取ることができる。
【飛行 レベル1】
空を飛べる。羽がない場合は落下速度に減少効果を与える。
ステータス開示によって頭に流れ込んでくるスキルの説明。
これは今の蝙蝠が持っていたスキルということなのだろうか?
「はぁ〜い、今ので分かりましたかぁ〜?」
『…ざっくりとだけど。殺した相手の、スキルを奪うスキル。』
「大まかにその通りですぅ〜。【ステータス開示】ぃ〜。」
靄の言葉でスキルの詳細がご丁寧に日本語で表示される。
【グリーディキリング】
絶命させた対象の所持スキルを任意で全て獲得する。
『確かに凄いスキルだけど、これ、開示するのを雑魚種族に限定して良いの?』
「あらぁ〜、お察しがいいんですねぇ〜。」
一見すると種族に関係なくスキルを獲得できるぶっ壊れスキルだ。
例えば象のような頑強で鈍重な生き物が速度を上げるスキルを手にすれば、体当りするだけで並の防壁なら粉砕できるだろう。
通常の生物の理を壊すだけじゃない、この世界には魔力というものがある以上存在しているはずだ。魔法という未知の技術が。
それらももし習得した魔法がスキルとして認識されたなら、怪物を生み出すことだって出来る。だが、このスキルの最大のデメリットは「スキルの獲得が任意」だということ。
『あなたの目的はわからないけど、生き残りをかけたデスゲームのようなものが見たいのだと仮定して、このスキルほど適したものはないと思う。殺した相手のスキルを奪えるのだから、自分より優れたスキルを持つ対象を殺せば更に自分の生存確率が上がる。』
「はぁい、それを狙ったスキルですからぁ〜。」
『それでもこのスキルの発動条件が任意である以上、このスキルの詳細を知らないと殺してもスキルは獲得できないんじゃない?』
スキルを奪おうと思って殺す、というフローがある以上、このスキルのことを知らなければ殺す際にスキルを奪えるなんて思いもしないだろう。
強い種族ほどスキルを奪える可能性があるのに、強い種族にはこのことは開示されない。それこそ、何かの弾みで共通スキルのステータス開示が発動して、このグリーディキリングの発動が脳内に流れない限り。
「...あなたはぁ〜、前の世界で羨ましいという感情を抱いたことはありますかぁ〜?」
『...?』
靄は微動だにせずにこちらに正対し、間の抜けた不気味な声を私の脳に送り込む。
「あんな容姿だったらなぁ〜、あの子みたいに勉強ができたらなぁ〜とかぁ〜、思ったことはありますかぁ〜?」
『...そんなの、前の世界だったら思わないほうが絶滅危惧種よ。誰だって一回はそう考えるわ。』
「ではぁ〜、いっそその人になってしまいたいと思ったことはありますかぁ〜?」
『...はぁ?あんた何言って...』
「羨ましい、妬ましい、いっそ殺してあの子になってしまいたい、そう思ったことはぁ〜?」
『そ、そんなこと...私は思ったことない!』
「【あなたは】無いんでしょうねぇ〜。」
雨脚が強くなってきた。遠くの方では雷も聞こえてきている。
下がってきた気温に少し鼻先が冷たくなる。
「ニンゲンが誰しも持っている感情。その感情の中でも私は嫉妬や羨望といったものに目をつけましたぁ〜。これらの感情が強い人間ほど、その時代に大きな混沌を生み出す...」
強い雨音で、掻き消えるような音量しかないはずの靄の声は、少しの影響も受けずに私の頭の中に流れ続ける。
「スキル・グリーディキリングはそんな感情も発動のトリガーになっているんですぅ〜。こいつは強かった、このスキルは凄かった、自分ならもっと上手くこのスキルを使えた、そう言った羨む感情や妬ましい感情が、殺す瞬間に少しでも発生すれば、このスキルは強制的に発動しますぅ〜。」
私は思わず靄に飛びかかった。
弾けた衝動に駆られてこの靄に実体があるかなんて考えてもいない。
それでも私は靄にどうにか掴みかかっている。
掴みかかっていると言っても、頭と思われる部位に跳躍でしがみついているだけだが。
そこに確かに掴まっているのに、何も掴んでいる感覚はしない。
何から何まで、気味が悪い。
『そんな事実...少しでも人間性が終わってる転生者に知れたら...!!!』
「はいぃ〜。ですからすぐに全滅にならない為の秘匿と開示ですぅ〜。」
『だとしてもいずれは性格破綻者ならそのスキルの事実が知れるッ!そうなったら...』
「はいぃ〜、己の欲望の為に他者を殺す、そんなステキで強欲な怪物の出来上がりですぅ〜。」
『…っ!いかれてる…!』
「あなたも見てみたくはありませんかぁ~?強欲の限りを尽くして他者から奪い、屈服させ続け、全てを手に入れたニンゲンがどうなるのかぁ~。そして、スキルの強奪で怪物となった元ニンゲンの怪物同士が相まみえたらどうなるのかぁ~。己の命とスキル惜しさに惨めに保身に走るのかぁ~、それとも怪物としてさらなる高みを目指すのかぁ~。」
『そういうこと…!だからグリーディキリング、【強欲な殺害】だなんて悪趣味なネーミングしてるんだ…!』
「私はただ己の知的好奇心を満たしたいだけですぅ~。ほら、皆さんにだけ強欲を強いるのも何だか申し訳ないですからねぇ~。ディレクターの私が、誰より強欲でなければいけませんからぁ~。」
靄の手に抱え上げられ、そっと地面に下ろされる。変わらず降り続いている雨が洞窟の入り口の辺りまで降り始めた。
少し濡れた身体を振るって、先ほど自分が殺してしまった蝙蝠を見る。
「さぁてぇ~、あなたはどうしたいですかぁ~?」
『私…?』
「はいぃ~。あなたはぁ~、この世界でどうありたいですかぁ~?」
どうありたい、か…
私は、私は何がしたいんだろう。
思えば特になりたいものなんて無く前の世界でも過ごしてきた。人を羨むことはあっても、自分からその憧れに近づくための努力や目標を立てるなんてことはしたことが無かった。そんな私がいきなりどうありたいかなんて聞かれても…
『分かんない。今はただ何かの餌になって死にたくないだけ…』
「死にたくない、ですかぁ~。控えめですがそれも立派な欲望ですよぉ~。」
『…欲望の判定随分甘いんだね。』
「私はあくまでありのままの皆さんの欲望が見たいんですぅ~。それにぃ~、生き延びたいって理由は今回の転生のルールにしっかり従ってますからぁ~」
靄はそう言うと足音も無く洞窟の奥の方へ歩き始めた。
「それでは、私はこの辺で失礼しますぅ~。どうか、良き欲望を育んでくださぁいぃ~。」
そう告げたきり、靄の声は聞こえなくなった。
元々静かだった洞窟に強くなり続ける雨音と近くなってきた雷音だけが聞こえている。




