14羽 こんにちは!ヘビ子です!
森の入り口には仰々しい部隊が待機している。
私を乗せた馬車が最前列まで到着すると、全員が警戒態勢を取った。
「…ルカ。ここから先は歩いて向かうことになる。森の中には、王国の馬は怖がって入れないのだ。」
馬車を降りてお父様に手を引かれて歩く。
私の周りを囲む人たち。今私とお父様がいるこの場所がおそらくこの国で最も戦闘力の集結している場所だろう。
宰相ファザーク。その魔導の武勲をもって王国の軍を率い、指示する人。もちろん本人の戦闘能力も並外れている。多分純粋な戦闘力だけで見れば王国で一番強い人だろう。
王室付魔導士ラドバ。ファザークに師事する確かな実力者。普段の業務からこの森の観測、及び警戒に当てられるほどの実力者。
凶鬼将軍ウォガロン。正直怖すぎる異名だが、ファザーク曰く、かつての戦争で肩の肉を削がれながらも削がれた側の腕で相手の首をはね落としたとかいう怪物エピソード付きの軍のトップ。
それに加えてお父様のさながら未来視にも等しい先を見通す危機回避能力。
ロム王国最強の布陣が最大級の警戒をしなければいけない場所がこのマルル大森林なのだ。
部隊から数歩進んで森の入り口に差し掛かった時、即座にファザークが迎撃型の魔法を展開、ほんのわずかに遅れてラドバも私たちに防御魔法をかけ、ウォガロンも背負った巨大な斧の柄に手をかけた。
「ご注意を、王様…!」
「分かっている…警戒範囲にとっくに入っているのだろうが、この森に入るまで殺気の一つも感じなかった。」
「奴らも俺たちを警戒している…って認識でいいんだろうな。」
「警戒、であればいいのですが…この感覚には覚えがあります。親にいたずらがバレないかどうか不安なあの感覚に…」
「ははっ…言い得て妙だな…」
喋る間も一瞬たりとも警戒を怠らない4人。私の手を握るお父様の手には力が込められていて、緊張が伝わってくる。
「…!!王様…!前方を…!」
一番先頭に立つウォガロンのその先。暗く深い森の奥から何か聞こえてくる。
大きな何かが地面と擦れるような音がまっすぐゆっくりとこちらに近づいてくる。
視認できないが、かなり近くまで近づいてきたところで音が変化した。
擦るような音から、一歩一歩地面を進んでくる明確な足音へと変わった音はやがて森の中から現れた姿と共に私たちの前で止まった。
女の子。
禁忌の森林に似つかわしくない中学生くらいの女の子がこちらを見て目をキラキラとさせている。
「ようこそ、ロム王国の皆さま!」
ブロンドの長く美しい髪が森林の暗い色合いにやけによく映える。表情は笑っているが鋭い目つきに身の毛が逆立つ。片手には明確に武器と取れる棒を携えてはいるが、見た目といい、声色といい、その特徴的な瞳孔の瞳以外は普通の少女と相違なかった。
「ご安心ください!皆様のことはお母様から聞いています!本日はお母様との約束を果たすためにお越しいただきありがとうございます!」
「…獣人か………」
「おや?どうやらそちらの魔導士様は獣人に対する知識があるようですね?」
ラドバの方を背伸びしながら眺める少女は左右にふらふらと揺れながら、まるでバスを待つ子供のようで。
「…瞳孔、見た目に反して内に秘められた途方もない出力の筋肉、そなた、ナーガの獣人であろう?」
「ほえー!これはすごい!」
楽観的な言動とは裏腹に対峙してからほんの一瞬も目線を反らさないその行動は、紛れもない捕食者の目だった。
「ご明察、私はナーガの獣人です。改めましてこんにちは!ヘビ子です!」
丁寧なお辞儀。その間も目線はずっと私達を追い続けている。
下手な動きをすれば殺されると全本能が警鐘を鳴らしている。
「では、お母様のところへご案内します!」
「ま、待ってくれ!数年前のあの湖だろうか?あそこまで行くのはいささか距離がある...まだ幼い娘にその様な酷な真似はしたくない...!」
本音半分、作戦半分のお父様の言葉。
数日前から勉強を抜け出すついでに軍のお偉いさんや大臣たちの話を盗み聞きしてきた。
お父様達は可能な限り森の入り口付近で事を進めるつもりのようだった。
まだ乗っていた馬車が木々の間から見えるこの場所なら、私の【ホーリーゲート】で問題なく逃げ出せる。
「ふむ、あなたがお母様の言っていた王女様ですね?」
「る、ルカ・ロムと申します...!」
向こうは魔獣だが、人間の礼節をわきまえている。
彼女が転生者だろうか?そうであれば魔獣の身で人間の言葉を話しているのも納得がいくのだけれど。
「これはこれはご丁寧に。なるほど...お母様の言っていた同族という言葉の意味がわかった気がします。人間にしては珍しい、あなたからはお母様と同じ強力なオーラを感じます!」
「そ、そうであろう?我々もその、娘のせいで森の生き物をいたずらに怖がらせたくはない!だから出来るだけ森の入り口で話を聞きたいのだが...」
「ああ!それでしたらご安心を!強力と言えど、あくまでも人間基準の話です。この森の生き物、特に森の西側の生き物達はここ数年、お母様の強力なオーラを高頻度で浴びています。この程度のオーラ、私を初め森の生き物たちは既に日常レベルでしかありません。」
「そ、そうか…」
「とは言え、そちら側の言い分も最もです!子供を可愛がるのは親として当然ですから!」
そういうとヘビ子と名乗った少女はこちらに向かって歩いてくる。先頭のウォガロンの斧を脅威とも感じていないのか、完全に無視して彼を通り越し、防御魔法に鼻先をつけるのではないかという距離に近づいてきた。
「と言う訳で、そちらの王女様は私がお母様のところまでお連れします!」
「な、何を馬鹿な事を…!?ルカさまを魔獣であるお前に預けろというのか!?」
「んー、すぐに受け入れろというのは難しいかもですが、私、あなたより一回りは強いと思いますよ?」
防御魔法を張るラドバに真っ直ぐと向き合ったまましゃべり続ける。
身長差も見た目も大人と子供。それでも現在この場で気圧されているのは、大人であるラドバの方だった。
「はっきり言って私の方が王女様を安全にお母様の下へ届けられます。もう一度言いますね?私のほうが強いって言ってるんです。だからほら、この無意味な幕を早く消してください。」
防御魔法を棒でつついてため息をつく彼女に彼の魔導士としてのプライドが傷ついたのか、ラドバは声を震わせて怒りを顕わにする。
「上等だヘビ畜生め...!!たかが獣風情が人間に勝てるはずないと思い知らせてやる...!!!」
「よせ...!やめろ!!!」
「控えよラドバッ!!」
お父様とファザークの制止を無視し、ラドバは防御魔法の後ろから魔法で発生させた電撃でヘビ子を攻撃する。
彼女はひらりとその場から飛び退くと下半身を蛇の姿へと変貌させ木の枝に巻き付いてにやりと笑う。
彼女の飛び退く前の場所だけ正確に焦げているあたり、ラドバの実力も相当だ。
だがそれ以上に...
「あははっ!この距離感で魔法を当てられない時点で実力の違いは明白じゃないですかァ!?」
「黙れ...!!黙れ、黙れ黙れ黙れッ!!!」
彼女の言う通り、卓越した魔導士の魔法は詠唱なしに相手をほぼ不意打ちに近い形で攻撃できる。
先程から同じ種類の攻撃とは言え、ほぼ必中距離に等しい距離感で放たれている魔法は、彼女の尾先すら捕らえられない。
蛇の姿、人の姿、また蛇の姿と巧みに姿を変貌させラドバの距離感を狂わせながらかわす。
蛇のしなやかさだけではない。新体操にも近い動きで流れるように獣人の姿を行き来しているため、人の姿の時も速度を殺さずに動き続けている。
「クソッ!!ちょこまかとッ!!!獣には逃げるしか脳がないのか!!?」
「ああ、勘違いしないでくださいね?」
そして速度を保ったまま音もなく彼の背後に着地した彼女は、最小限のそれでいて見とれてしまうほどの華麗な棒さばきで彼の耳飾りだけを弾き飛ばした。
「いつでも殺せる相手を嬲って遊んでいるだけですから。私が逃げるしか脳がないんじゃなくて、逃げることでしか楽しめる手段がないほどあなたが弱いって事です。」
「くっ…!」
「さあ、まだ続けますか?私は別にあなたの魔力切れまで遊んであげても………」
『ヘビ子!!』
突如として割って入ってきた声に獣人の彼女の体が跳ね上がる。
初めて獲物であるラドバから目線を外し、顔色が一気に悪くなっているようだった。
『私はロム王国の一行を案内してってお願いしたはずだよね?』
「はい…言われました……」
『じゃあどうしてこれだけ戦闘の跡があるの?まさかヘビ子、必要のない戦闘をしたんじゃないよね?』
その言葉は鼓膜を震わせて聞こえるというよりは脳に直接情報として送り込まれているような。それでもその声にどこか聞き覚えがあって。
「で、でもだってお母様………!」
『でもだって、何?』
「あの…その………」
先ほどまで嬉々としてラドバを追い詰めていた獣人の面影はどこにもない。
そこにいるのはただいたずらがバレてしまった年相応の子供としての姿だった。
ラドバに突きつけられていた棒は力が抜けるように地面へと向いていき、やがて彼女の両の手に握られた。
「…ごめんなさい。初めて人間と会えたから、私の力を試してみたくって……」
棒で姿を隠すようにしているが、体格と棒の細さもあって全く隠れられていない。
はっとして彼女の怯える目線の先を見ると。
そこにはビビットピンクで耳の先が藤紫色の原宿のゲームセンターに置いてそうな見た目のウサギがいた。
『はあ…ヘビ子、先にターさんのところに戻ってて。』
「はい…」
先ほどまでしなやかに動き回っていたヘビの体は一気に引きずられるような重い動きで森の奥へ消えていく。
『…無礼をお許し下さい、王様。あの子はこの森から出たことのない世間知らずで。』
「いや、先に攻撃を仕掛けたのはラドバの方だ。あなた達の森の中で虫が良すぎる話かもしれないが、どうか許してほしい。」
『では今回はお互い様、ということで。』
「寛大なお心遣い、感謝する。」
頭を下げるお父様なんて初めて見た。
これがマルル大森林の聖獣の一角、ネザーランドウサギ…
ぱっと見ではいたって普通な愛らしいウサギだが、その実力は果たして…
私は【スルーシーイング】を発動させ、うさぎのスキルを覗く。
「…っ!!?」
「ルカ!!?」
スキルを使った瞬間、膨大な量のスキル情報が私の脳に入ってきた。その情報の波に一瞬目がくらんでしまい、お父様の方にもたれかかってしまった。
「ルカ…!ああまさか【スルーシーイング】を使ったのか…!!?」
「お父様…大丈夫だよ。ちょっと立ち眩んだだけ。」
大げさに肩を掴んで心配してくれるお父様。ちょっともたれかかっただけとは思えないような心配様に逆に冷静になってしまった。
「なんと…!聖獣のスキルを見て正気を保っていられるのか…!?」
『………王よ。』
私とお父様のもとにうさぎが歩いてくる。近づけば野生とは思えないほど整った毛並みの美しさが際立つ。
『ご子息と二人で話がしたい。危害は加えませんし、森の魔獣たちにも決して手出しはさせませんので安心してください。』
「………分かった。」
お父様やファザークは驚くほどあっさりと聖獣の言うことを聞いていた。
私としても先ほどのヘビの獣人よりよっぽど脅威のはずなのに、このうさぎにはさほど恐怖という感情が湧かなかった。
「何かあったらすぐに【ホーリーゲート】で森の外まで逃げるんだぞ。たとえファディオス帝国側に出てしまったとしても、私が必ず助ける…!」
「安心して、お父様…たぶん、この聖獣さんの言ってることは本当だよ。私は安全にお父様のところまで戻れるから。」
「そうか…お前が言うなら、案外本当にそうなのかもしれないな…」
お父様の姿が見えなくなるまで見届けて、やがてその場に残ったのは私と聖獣のみ。
さっきスキルを見た時に確信した。
『さて…どうしようか…』
「…あなたは当然として、私も向こうの姿とはかけ離れてるからまずは自己紹介じゃない?」
これから始まるのは転生者同士の腹の探り合いだ。