13羽 王女ルカ・ロム
城の庭は広くて好き。
きっと実際はさほど広くはないのかもしれないけれど、今の私のこの小さな体で遊ぶには十分過ぎる広さだ。
「ルカ様~!どこへいかれたのですか~!?」
「お願いですから出てきてくださいませ~!」
数人のメイドの私を呼ぶ声が聞こえる。
誰が出てやるものか。私は退屈が何より嫌いなんだ。
城の庭に植えられた大きな木の可能な限り高いところまで登る。この国で一番高い場所にある一番高い木だ。
葉と枝の間から顔を出し、城下を一望する。
皆、笑顔がキラキラ輝いていて、私の大好きな景色。
ここには私の好きなものがたくさんあった。
「ルカさま~!」
メイドたちがこの木の下にやってきた。大丈夫。ここならバレることは無い。
下からは葉っぱや枝で木のてっぺんまで見えないし、仮に見つかってもここに登るには木の枝や幹を登ってこなければいけない。
7歳のこの体でギリギリ折れないような枝も途中にたくさんある。
大人たちがここに来るのはまず不可能だ!
「相変わらず、高いところが好きだなルカは。」
「そりゃあだってここなら誰にも捕まらないから…」
…ん?今この木の上にいるのは私一人のはず。この城でこの木に登ることが出来る子供は私一人だからだ。
それなのに確かに声が聞こえた…
私は誰と会話していた?
「………あ。」
目が合った。
私の目線とちょうど同じ高さくらいにある城壁の上を大臣たちと共に見回りをしている人と。
「お、お父様…!?き、今日はお仕事のはずじゃ…!?」
「ああ、ただいま絶賛仕事中だ。」
「あ、えっとこれは…その訳があって…あっ…!!!」
「ルカッ!!!」
動揺して足を木から踏み外してしまった。
この木はかなりの高さがある。このまま落ちれば間違いなく無事では済まないが、私に限っては全く問題ない!
「【宝玉の転移門】!!」
地面に向かって私のスキルを発動する。
私にだけ許されたこの特別なスキルは自分の体を魔力を使って任意の場所に転送するスキル。
転送するときに移動に関するエネルギーは一度ゼロになるから、地面を指定してスキルを使えば、たとえどれだけ高いところから落下しようと無傷で戻ることが出来る。
「ふう…だいじょーぶだよー!お父様ー!ルカ何ともなーい!」
「そうか…それは良かった。全くひやひやさせてくれるな…」
「ごめんなさーい!」
「…では、お稽古に戻りましょう、ルカさま。」
「あ…」
メイドたちに両脇から抱えられ、ご丁寧に目隠しをされてしまった。
【ホーリーゲート】は移動先が視界に入っていないと発動できない。さすが長年私の脱走を食い止め続けたメイドたちだ…対応が万全だぜ…
「ふふっ。明日はどこにぬけだそっかなー。」
「本当に勘弁してくださいませ…!」
「冗談だよー。ちゃんと二人が見てない時にするから。」
「はぁ…このお方は本当に…」
ロム王国王女ルカ・ロムとしてこの世界に転生してから7年。
と言っても、前世の記憶が戻ったのはもっと最近のこと。
2年前に城の庭で遊んでた時に急に頭が痛くなって、気が付くと私の前世の記憶、山越高校に通っていた時の記憶が、今の体に上書きされていた。
山越高校2年3組板橋ほのか。それが私の前世の記憶。
全校集会の最中に急に現れた黒い影。自らをディレクターと名乗ったその影は私たちに異世界で最後の一人になるまで生き残れと言った。
そこから先の記憶は全くなく、今の体で5歳までに経験したことがむりやり繋がれたみたいに張り付いているだけ。
最後の一人になるまで生き続けるってどういう事だろう。
とは言え、前世でもあまり頭の良くなかった私。考えたってわかる訳ないし仕方ない!とりあえず王族っていうウルトラ勝ち組に生まれた事実をエンジョイしなきゃ。
「さあルカさま。お勉強再開です。」
「うぇ~…」
私はどうやらこの国の次期女王として育てられているみたいだ。
この国の現国王、つまり私のお父様は私が生まれてから次の世継ぎを作ろうとしなかった。両親はともに健康で生活環境も整っているから別に二人目くらいわけないかなとも思うんだけど、まあ体質的に子宝に恵まれないってこともあるだろうし、それならそれで、私がちゃんとした王になればいいんだから。
何てったって私、強くてニューゲームな訳ですよ!!
異世界転生!全オタクの憧れ!そして俺TUEEEEの最定番!!
前世ではしっかりオタクだったからこういった知識はもちろんありますとも!
そして欠かせない、超強いスキル!!
私にあるスキルは全部で4つ!!
【ステータス開示】自分で自分のスキルを見ることが出来るスキル!ステータスを見ることが出来るって、ファンタジーだとお決まりだけど、どうやらこの世界ではこれが無いと自分のスキルがどういうものなのか感覚でしか分からないっぽい。
【ホーリーゲート】さっき使った私だけのユニークスキル!視界に入れた場所に魔力を使って転移できるスキルで、魔力の転移先をいじれば物質だけ転送させることも可能!
そしてこのロム王国の王族に代々伝わるユニークスキル【天啓眼】!さっきこの世界では自分で自分のスキルの詳細を見れないって言ったけど、このスキルがあれば相手のスキルの詳細を見ることが出来るんです!つまり、ヤバいスキル持ってるやつからいち早く逃げることが出来るし、万が一戦うってなっても確認したスキルの詳細から対策を立てることが可能!
まさに最強…!!!
私のスキルも立場も完全無欠過ぎて異世界生活がイージーモード何だが?
…なーんてお決まりのタイトルみたいなこと言っちゃったりなんかして!!
「…ルカさま、聞いていますか?ルカさま!」
「あっ、はい…」
「全く…もう一度説明しますね…」
ただ、いくら王国の時期女王だからと言ってのほほんとしてられるような環境でもないのが、この国の現状だ。
ロム王国の王族として生まれた以上向き合わなければならないもの、それが。
「マルル大森林、かぁ…」
この国の東側を北の山脈までかけてまるっと覆う大陸でも屈指の大きさを誇る森林。そこの魔獣は皆凶暴で、中でも聖獣と呼ばれる高位の獣は生物の域を超越しているらしい。
しかし、これらの魔獣はこちらから手を出さなければ基本的に襲ってくるようなことはなく、国の大事には森の恵みを収穫しても多少なら目をつむってくれるらしい。
本当に問題なのはその森林を超えた先の国、ファディオス帝国。
これまで幾度となく我が国との戦争を起こしてきた国。ここ数年は不気味なほど大人しいが、最近あまり良くないうわさを聞く。
お父様の軍務室の扉の前で聞こえてしまった。宣戦布告、という言葉。これは間違いなくファディオスからのものとみていいだろう。
だが、森に行動制限を敷かれているのは帝国も同じ。
であれば、こちらは地形を生かして守る事に特化していればいいと私は思うし、どうやらお父様も同じことを思っているようだった。
ここに関しては親子なのかな…でも、私の記憶のほとんどは前世の「板橋ほのか」のもの。「ルカ・ロム」としての純粋な記憶は、前世の記憶が戻る前のものでしかない。
それでも、私はこの国もお父様もお母様も大好きだ。
普通の子供として生まれてあげられなかったのは残念だけど、それでも、私はこの体に生まれた以上、ルカ・ロムとしてこの国を導いていきたい。
メイドの王国史の説明をぼんやり聞いていると、ノックの音が聞こえてくる。
「ルカ、しっかり勉強しているか?」
「お父様。ご機嫌麗しゅう。」
「そうだね。脱走する君を見ていなければ、麗しかったかもしれないな…」
「あ、あはは…」
苦笑するお父様は、メイドたちに外に出るように目線を送る。
二人のメイドは一礼すると静かに扉の向こうへと去っていった。
国王と王女の残った部屋でお父様は窓際から外を眺めた。ちょうどこの部屋の窓からは件の大森林の入り口がよく見える。
「…王国史の勉強は、どこまで進んだ?」
こちらに目線を向けないまま喋るお父様。いつもと違って、言葉の節々に覇気がない。
「…?一通りのことは勉強しました。この国の成り立ち、そして大森林のことも。」
「そうか…」
深く息を吸って吐く音が聞こえる。
「…時が…来てしまったのだな。」
「…?お父様?」
私が言葉の意味を訪ねようとすると、お父様は振り返り、倒れこむようにして私を抱きしめる。
「ああ…!ルカ…!!私の愛しい娘…!!!神よ…どうか、どうかこの子を連れて行かないでくれ…!!!」
「お、お父様…!?」
彼は私を抱き寄せ、すすり泣いている。
国王たるもの、たとえ身内であろうと簡単に弱い部分を見せてはいけない。私の知っているお父様は少なくともこんな風に、自分の娘にすがって泣くようなことはしてこなかった。
あまりの様子のおかしさにゆっくりと言葉を選んで質問する。
「お父様…ルカはどこにも行かないよ。どうしてそんなに怯えているの?」
「…ああ、すまなかった。少し取り乱してしまったよ。」
非常に整った、前世であればイケオジ認定されてもおかしくないお父様の顔が涙で濡れていた。
お父様は涙をぬぐうと私の肩にそっと手を置き、まっすぐと目を見て質問をする。
「ルカ…君のスキルは特別なものだ。王族の証【スルーシーイング】君だけの特別なスキル【ホーリーゲート】【ステータス開示】」
「うん…それから【グリーディキリング】だよね。」
「…ああ。そうだ。」
【グリーディキリング】私の持つ4つ目のスキル。
その詳細は【ステータス開示】を使ってもわからない、謎のスキル。お父様曰くお父様が【スルーシーイング】を使ってもその効果までは分からないという完全に謎のスキル。
スキルの発動詠唱をしても発動の兆しはなく、自動発動型のスキルなのだとしてもその発動条件は不明。
私の持っているスキルの中で、唯一私が管理できていないスキルだ。
十中八九【ステータス開示】と同じように転生者特有のスキルなんだろうけど、いくらオタク知識には自信があるとはいえ、詳細の分からない、効果もまるで見当がつかないスキルを扱うことは出来ない。
実質的な枯れスキルとして持っているような現状だった。
「…マルル大森林の聖獣のことは勉強しているか?」
「うん。キャッスルタートル、インフェルノドラゴン、キュアラルフェニックス、ネザーランドウサギの4種だよね。ネザーランドウサギだけ極端に史実が短いのは、私が生まれてから後に聖獣になったから。」
「そうだ……実はな…ルカの【グリーディキリング】はそのネザーランドウサギと関係があるんだ。」
私のスキルが聖獣と関係のあるスキル?
となれば、もし仮にこのスキルが本当に転生者特典のスキルだった場合、聖獣ネザーランドウサギは私と同じ、あの全校集会の場にいた人間ということになる。
「…3日後。3日後に森に向かう。それがルカがまだ幼い時に私が聖獣と交わした約束なんだ。」
そう言って以来、お父様は私とお話をしてくれなくなってしまった。そしてあれよあれよという間に明日の朝がその森に向かう日。聖獣の眷属が守護をしてくれるとかで、森に入ってからは私はどうやら一人らしい。
…私の知らないところでお父様は転生者の疑いがある聖獣と接触していたようだ。
そしてその聖獣は私の成長を待って接触を図ってきた。
どういう意図がある…?
諸々深く考えずにはいられなかった。
その理由も、黒い影が言っていた「最後の一人になるまで生き抜く」というのが大きい。
だがこの状況、お父様に聞くより聖獣に直接聞く方が早そうだ。幸い向こうの方から会おうとしてくれているのだ、こちらの質問にくらい答えてくれるだろうし、万が一があれば【ホーリーゲート】を全力で使いまわして逃げればいい。
聖獣に関しても可能な限り調べてみた。
【加速の支配者】インフェルノドラゴン。
【不死の支配者】キュアラルフェニックス。
【城塞の支配者】キャッスルタートル。
そして【獣の支配者】ネザーランドウサギ。
どれだけ調べてもやはりネザーランドウサギに関する情報だけほとんどなかった。数年前にまるで突然現れた強力な生き物。ドラゴンとかフェニックスがいるなかで肩を並べるのがうさぎって…
仮に転生者だとしてどれだけ強力なスキルを持って転生したんだ…
私のスキルも十分強力だけど、どちらかというと逃げに特化したスキルだと思っている。生存率を上げられるのは大事なことだが、いざとなったときに自分でどうすることも出来ないのはかなり不安だ。
どうか何事もなく終わりますようにと祈りながら過ごすしか今の私に出来ないのが何とも言えない悔しさとじんわりとした焦りを生んでいた。




