12羽 母として、聖獣として
快晴。気温良好。空気も澄んで森の動植物たちものびのびとくつろげる、絶好の。
『やぁぁぁぁあああッ!!!』
『遅い遅いッ!!』
修行日和。
湖の上空でヘビ子の猛攻を涼しい顔をしてドラがかわしている。
ヘビ子は自分の背丈ほどの棒を使って空中とは思えない巧みな体術でドラに襲いかかるが、両腕を組んだハンデをものともせず、ドラには棒の先もかすりもしなかった。
『どうしたどうしたぁ?空中もありにしたのはそっちだぞぉ?やっぱり陸だけにするかぁ?諦めるかぁ?』
『くっ...!!』
ドラには羽があるが、ヘビ子にはない。
ドラの尻尾の一撃を辛うじて防御した彼女は重力に従って落下し、土煙を上げながら墜落する。
しかし、すぐに視界を遮る土煙を払うと体勢を一気にかがめ、己の下半身、ヘビの身体的特徴の部分に力を込める。
『【跳躍強化】ァァァ!!!』
ヘビの体は全身がしなやかな筋肉に覆われている。その体の強力な力を【跳躍強化】でさらに上乗せし、さながら流星のように再び空中へと返り咲く。
『いい使い方だ...だが...』
しかし目で追うのがやっとというその速度の突進を、ドラはまるですれ違う人を避けるかのように最小限の動きでやり過ごす。
『空中じゃ方向も変えられない突進は大きな隙になるぞ!』
『んなこと分かってるしッ!!』
ドラを大きく通り過ぎたヘビ子は、まるで壁に当たったボールのように急激に方向転換し再びドラへ突進をする。
『...!なるほど、そうきたか!!』
ドラは振り返らずに気配だけでその突進もかわしたが、ヘビ子は再びほぼ真反対に勢いを殺さず跳躍する。
恐らく空中で跳ね返っているのは【エアウォール】で一時的に空中に薄い空気の層を作ってそれを反射板にしているのだろう。
だが、彼女の身体はヘビの筋力があるとは言え、お世辞にも小回りの効く身体ではない。
通常であれば方向転換出来ずに自分で作った空気の壁に頭から衝突してしまいそうだが...
『【獣人化】!!』
ヘビ子の身体から瞬く間にたくましい胴体と尻尾、ヘビの身体的特徴が消えていく。
収縮されたその体はしなやかで美しい人間の足へと姿を変えた。
その体を使って空中で体勢を変え、空気の壁にぶつかる直前でヘビの体に戻る。
ヘビの体の弱点である小回りを人間の体でカバーし、人間の体の弱点をヘビの体の強靭さと爆発力で強化する。
彼女にしか出来ないやり方で空中を跳ね回りドラを翻弄する。
『これなら、私も鳥のように空で戦えるッ!!』
『バカッ!危ないぞ!!気を緩めるなッ!!』
『あれあれぇ?ビビっちゃったの!?私の成長速度に焦り感じちゃっ.........』
スキルは慣れるまでしっかりと意識を向けないとうまく発動しない。
先ほどまではちゃんと向けていた意識を高揚と興奮で散らしてしまい【エアウォール】がうまく発動しなかった。
『あ………』
乗算を重ねた速度は空中で制御が利かず、さらにスキルを不発させた動揺からパニックになってしまい、余計に立て直すのが困難になっている。
『ど、ドラおじちゃーーーん!!助けてーーー!!!』
加速の勢いそのままに遠くへ飛んでいくヘビ子の声が聞こえる。
『はぁ…だから集中しろっていつも言ってるんだよ…』
ドラは上空でため息をつくと翼を大きく広げ一度だけ羽ばたかせる。
『【重変速】』
彼の持つ【加速の支配者】は速度を司るスキル。初速から周囲に衝撃波を放つほどの速度で飛行することだって容易いことだ。
瞬き一つの間でヘビ子の飛んでいく先に回り込み、彼女の勢いを翼でうまく殺しながら受け止めた。
『よーし。今日も一発も当てられなかったなー。』
『むぅ…』
『安心しろ、お前のお母さまは俺に攻撃をかすらせるようになるまで1年かかった。』
『でもその後1年でドラおじちゃんより強くなったんでしょ?』
『振り落とされてえのかクソガキ…』
ドラに担がれたヘビ子が頬を膨らませて戻ってきた。
『今日のは惜しかったな、ヘビ子。』
『キュアおじちゃん、ドラおじちゃんが意地悪言ってくる。』
『おーおー、負け惜しみか?卵産めるようになってから受け入れてやるよ。』
『ドラ、あまりからかってやるな。彼女なりに頑張っているんだから。』
『そーいうのは娘に聖獣の試練もどきを無理やり受けさせてるスパルタ教育ママに言ってくれよ。』
『あはは。この森で生きる以上、強さはあるに越したことはないからね。』
私は拗ねるヘビ子の頭を撫でながらそっと抱き寄せる。
『せっかくお母様からスキルを貰ったのに、全然当たんない…』
『一朝一夕で使いこなせるモノじゃないから、焦らなくていいんだよ。【獣人化】で【跳躍強化】を方向転換に使うとか、私の戦い方みたいじゃん!』
『そりゃあだってお母様を真似したから…』
ヘビ子の【跳躍強化】は私のスキルのコピーだ。
【コピー】
所持しているスキルを複製する。レベルは1になり、進化されたスキルは進化前に戻ってコピーされる。
【譲渡】
所持しているスキルを他者に与えられる。
微生物から獲得したこのスキルを使ってヘビ子に私のスキルを与えた。
私がいる間は守ってあげられるが、この森で過ごしたり、今後森を出て行くとしても一人で生きていける強さは必要だ。
そこで聖獣の皆に協力してもらって、私が受けた試練と同じようなものを稽古としてやってもらっていた。
聖獣に一矢報いることができる強さがあれば、大抵の危険はどうにかできるだろう。
『ねぇお母様。私も【獣の支配者】みたいなどーんと強いスキルが欲しい!』
『言ったでしょ?【コピー】はスキルのレベルが下がっちゃうし、それに【ロード】のスキルは受け渡すとヘビ子の体が耐えられないんだって。』
どうやら【ビーストロード】は通常であれば私が獲得しても私の身体がその強さに耐えきれず壊れてしまうようだ。
【グリーディキリング】があることで奪い取ったスキルを自動で自分の体に最適化する事ができる、みたい。
おまけに【グリーディキリング】や【ステータス開示】【思念共有】といったユニークスキルはコピーすら出来なかった。
本当に受け取ったら最後まで返せない。死ねばそのスキルとともに消えていくし、【グリーディキリング】を持つものに殺されればそのスキルの全てを奪われる。
強欲の代償に重すぎる枷を背負わされているのだ。
『...ヘビ子。スキルはね、使い方なんだよ。私のスキルだって元々は...』
『もう...分かってる。お母様のお友達から貰ったスキルなんでしょ?』
ヘビ子はつまらなさそうに木の棒を振り回して棒術の型をぼんやりと練習する。
体の半分は人間の子供だが、振り下ろされる棒はとても人間に出せる威力ではない。
彼女もしっかりと魔獣なのだと思い知らされる。
『そのお友達ってファントムタイガーの皆のリーダーだったんでしょ?聖獣としてのファントムタイガーってドラおじちゃんより弱かったって聞いたよ?』
『お?何だヘビ子。喧嘩なら受けて立つぞ?』
『話の腰を折るなドラ。』
『だってこいつ今俺のことバカに...』
『いいから黙って聞け。』
『ドラおじちゃんより強く無かった魔獣のスキルなのに、お母様はドラおじちゃんよりも、キュアおじちゃんよりも強い。もしかしたらターおばさまよりも...』
『...言ったじゃん。使い方だって。』
私はヘビ子の跳躍で消耗したであろう蛇の体を治癒する。
『例えば私の《ラビットバウンド》だって攻撃系のスキルは一切使ってないでしょ?使ってるのは【跳躍超強化】とそれの負担をチャラにするための【メガキュアラル】だけ。』
『確かに、お母様ってあんまり攻撃系のスキル持ってないってイメージ。』
『魔力を蓄積できない体質ってのもあるだろうがな。』
『まあこいつの場合、そのデメリットもほとんどデメリットじゃ無くなってるけどな。魔素を直接使って魔法使えるし。』
『十分デメリットだって。攻撃魔法を使ってる間は鬼火を使えない。鬼火で【メガキュアラル】を全開にし続けてないと【跳躍超強化】も使えたもんじゃない。』
『つまり、攻撃魔法を使ってる間はお母様は動けなくなるから、お母様の得意な小回りを活かした戦い方が出来ない、ってこと?』
『そういうこと。だから私は基本的に攻撃魔法は使わないし、使ったとしても鬼火を2つ使ってまで攻撃はしない。必ず一つは状況に即応できるように取っておく。』
『...何とも、自らの因果もあるだろうが、保守的なスキルの運用だな。』
治療を終えた鬼火を耳に戻し、後ろ足で立ってヘビ子の手を握る。
『自分の強いところと同じくらい、弱点のことを知る。そして状況に応じてスキルを幅広い使い方で扱えるように備える。これが私の処世術。』
『しょせーじゅつ?』
『生きていくために大事なことって意味。さ、今度はキュアに相手してもらって!』
『えぇ!?またぁ!?』
ヘビ子は棒を強く降って抗議の意思を示していた。
『安心しろヘビ子。私はちゃんと地上で戦ってやる。』
『ねー、お母様は!?お母様は稽古をつけてくれないの?』
『うさぎは聖獣のナンバー2だからなー。そう簡単には挑めねえぜ?』
『さ、ここだと狭いから私の縄張りに行くぞー。』
『嫌だー!お母様がいい!いやー!!』
猛禽類に捕まったヘビのように、鉤爪で優しく捕まれて連行されるヘビ子を見送って、私は自分の縄張りに戻る準備をする。
『...良いのか?ヘビ子に稽古をつけてやらなくて。』
『...まだ私の稽古に耐えられるほど、あの子の強さは育ってないよ。』
『スパルタママめ。どんだけきつい稽古を娘につけるつもりだよ。』
『あの子のためだよ。』
『アイツはただお前と一緒にいられればいいんだよ。その気持ちもちったぁ汲んでやれ。』
『...』
ドラはヘビ子とキュアが飛び去った方向を見ながら話す。
彼は普段はちゃらけた態度で自信過剰にも見えるが、時折こうして核心を突くような事を話してくる。
それだけ周りが見えている証拠、強さだけで聖獣に選ばれたわけではないということだ。
『...私のそばにいたら、巻き込んじゃうでしょ?』
『巻き込まれない状況を俺たちが作ればいいんだよ。聖獣は森に生きる全ての生き物の味方だ。』
『…うん、そうだね。だから、ドラたちはあの子のそばにいてあげて。』
『あ、おい!!!』
私は全速力で自分の縄張りを目指す。さながら、ドラの言葉から逃げるように。
私に出来ることなんてたかが知れてる。
私は常に自分のことで精いっぱいだ。いつ襲われるかもわからない山越高校の関係者に怯えて過ごしている。
トラを殺したあいつだって、今じゃもっと強力なスキルを手にしているだろう。
少なくとも、私と同じくらいの強さはあると思ってもいい。そんな奴がこの森を襲ってきたら?最悪、ヘビ子だけじゃない。他の聖獣の皆の身にも危険が及ぶかもしれない。
幸い狙いは私だと決まっている。だったら、いざとなれば他の皆に危害が及ばないように動けばいい。万が一私が死んでも、ヘビ子が一人で生きていけるようにみんなに協力してもらえばいい。
母として0点かもしれない、聖獣としても自分都合でだめかもしれない。
それでも母として、聖獣として、皆を守るための決断を取り続けるしかない。
もう、自分の周りの命が、自分が原因で死ぬのはごめんだ。
縄張りの端、ロム王国が見渡せる森のはずれから、人間の国を見る。
少なくともあそこに一人、関係者がいる。
私の賭けが成功するかどうかは分からない。
でも、それでもやるしかない。
このゲームを生き抜くと彼に誓ったから。
【聖獣】編 完
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