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11羽 父として、王として

ロム王国軍務室はいつもに増して沈んでいた。

「ロム王…いかがされますか…?」

ファザークが私と目を合わせずに問いかける。

難しい決断を私がせざるを得ない時はこうやって問いかけてくるのが彼のずるいところだ。私の戴冠前に先王が亡くなり、急ごしらえで玉座に着いた時も、まだ右も左も分かっていない私に重大な決断を押し付けるときは、こうやって顔を伏せて聞いてきた。

「…面を上げて発言せよファザーク。」

「はっ…申し訳ありません…しかし………」

「よい…案じてくれているのであろう…」

「...王様...本当にその魔獣の、聖獣ネザーランドウサギの言葉を聞き入れるのですか!?」

一昨日、私はマルル大森林に新たに現れた聖獣を直接観測しに向かった。

そこで見たものは世界の理を破壊しかねない草食獣。

種族的に通常持ち得ないスキルを巧みに操るその様はまさしく聖獣と言って差し支えなかった。

しかし、悪夢というのはいつ訪れるか分からない。

聖獣の持っていた数多くのスキルは他の種族を殺して獲得したスキルだという。

そのスキルの名は【グリーディキリング】

聖獣の持つ特別なスキルで、そして私の娘も持っているスキルだ。

「…あの聖獣は、我が娘と同じスキルを所有していた。そしてそのスキルの所有者は、同じスキルを保有する者に命を狙われると…」

確かに所有者のスキルを殺して全て奪えるスキルなのであれば、より多く、より強力なスキルを持ち合わせている可能性の高い同じスキルの者を狙うだろう。

明言されたわけではなくあくまで私の推察だが、十分理に適った回答のはずだ。

「討伐隊を編成しましょう...!」

一人の大臣が呟く。

「相手が聖獣と言えども関係ありませぬ!姫様の身の安全を守ることは必ず我が国の未来のためになりまする!」

「そうだな...聖獣がそう簡単に討伐できるのであれば、我が国も今まで苦労することはなかっただろうな...」

「で、ですが相手はうさぎです!!インフェルノドラゴンやキュアラルフェニックス、それに守護神キャッスルタートルなどでは無い!!」

「いや...彼のうさぎと相見えるのは、今取れる選択肢の中で最も愚策かと...」

ファザークは地図の上でうさぎの駒を転がしながら話す。

「...ファザーク殿!?あなた程の方がなぜその様に...!」

「王の従者として彼の聖獣の案内に従いついて行ったが、奴はファントムタイガーを配下として従えていた。」

「ファントムタイガーを...!?」

「それに…おかしなことを言うかもしれないが、奴は魔獣と言うには妙に人間味があった。知性のある魔獣とは違う、より我々に近い思考を持ち合わせている。」

「余も同感だ。うさぎは途中、やけにぼんやりとした表現をすることがあった。意思の疎通ができるとは言え、獣がそんな都合の悪いことを隠すような喋り方をするだろうか?」

「だからこそ事態は深刻なのだ。そのような人間的思考を持ち合わせた獣が我々に、ひいては王に提案を持ち掛けてきたのだから。」

『娘さんを私が育てましょう』とうさぎは言ってきた。

娘が7つになった頃合いに娘を連れて森に来てほしい、その時にグリーディキリング】の使い方を教えましょう。それまでは娘さんにたくさんの愛情を注いでほしい。

捉え方によっては娘との今生の別れの前に時間を作ってくれているようにも思えなくもない。

だがうさぎは我が国と良好な関係を築きたいとも言っていたし、それを無下にするような奴とも思えない。

「…っ!!」

私は、何を信じればいい…?

王として、この国を守る選択もしなければならない。

だが父親として、ルカを危険な場所に連れて行くわけにもいかない。

もう限界だ…

昨日からまともに眠れていないせいかめまいもする。

この状態でまだ決断を強いられるのか…?

やめろ…私は皆の思うような王ではない。泥臭くあがいて、もがいて、必死になってやっと今の信頼を勝ち得ただけなのだ。

私に賢王を期待するな、重ねてくれるな。

私は所詮一人の凡人で人間なのだから…

「何用だ!今は軍務会議中だぞ!!」

「申し訳ありませんっ…!ですが、ルカさまが先ほどから酷くこの部屋に行きたがっていて…!」

「リエル様にお願い申し上げれば良いではないか!!」

メイドが扉の前で各大臣に叱責されている。その腕には、今にも泣きそうなルカの瞳がこちらに向いていた。

「…リエルは昨日から体調を崩している…流行り病だそうだが、安静にしていれば大事は無いとのことだ………」

私の体は吸い寄せられるようにルカのもとへと動いていた。

ふらふらとおぼつかない足取りで、椅子や机につかまりながら彼女のもとへ。

ルカは私を見つけるなり、静まり返っていた軍務室を飲み込むかのような大きな声で泣き声をあげた。

メイドは私にルカを預けるとその場にいるのが申し訳なくなったのかそそくさと軍務室から出てしまった。

私にしがみつき、安心したのか徐々に泣き声を沈めていく。

温かい。当然のことだが、この子が私を父親にしてくれた。この子と接している間は、私は王ではなく父親になれる。

「ルカ…私は…私はどうしたら良いのだ…?」

人前で涙を流すのなんて、幼少の時以来だ。

それでも、彼女のことを思うと涙があふれて止まらなかった。

頬を伝うしずくが我が子の頭に落ちる。

小さな、本当に小さな手が、涙の後を撫でる。

「…!」

幼子のルカにそのような意図はないのかもしれない。でもそれでも、親というのは子供の行動をどうしても拡大して解釈してしまう。


大丈夫だよ、お父様


私には彼女のこの手が、私を安心させるために差し出された気がしていた。

「………全く…情けない。」

天を仰ぎ、涙をぬぐう。

親が子供を育てるように、子供もまた親を育てる。

「…ファザークよ、現状の軍の全人員の名簿を集めよ。」

ああ、なんと情けない父親だろうな、ルカよ。

大きくなったらこの事を笑い話にして、リエルと一緒に茶を飲もう。

「王様…?いったい何を…?」

「各大臣、大森林に関する情報を可能な限り収集しろ。今ある情報も、噂に至るまですべてだ。」

「う、噂に至るまで…!?いったい何をお考えなのですか?」

私の信ずるものなど、当に決まっていたのだ。

取り乱したその一瞬とは言え、そのことを失念するなどとなんと情けの無い。

「大森林に関する情報、そして軍の全人員。それらの全てを記憶し、余自ら対策を立案しよう。」

「む、無茶です!!とても人間の覚えられるモノではありませぬ!!」

「聖獣を相手に万が一我が娘に何かあった際の策を立てるのだ。人間を超越せずどう立ち向かうと?」

地図が広げられた作戦版を叩き、己を鼓舞する。

ルカ、私に力をくれてありがとう。

これからもきっと大いに私は迷うだろう。父としても、王としても。

だがその度に私は必ず決断を下してみせる。

父として、王として、この国を、ルカを、私の宝物である民を守り導くために。

「なぁに、時間は有限だが、十分にある。あまり余を見くびってくれるなよ?」

ゆっくりと上がる口角と決意の目で軍務室を見渡す。

各々が不安と驚きの顔をしているな…

「………各大臣。これよりマルル大森林、及び聖獣に関するありとあらゆる記録を集めよ。」

ファザークが私に続く。その面はしっかりと私を見て、力強く頷いた。

「王の言葉を信じようぞ。我らが王は、その知略と能力を持って、常に我々を導いて下さる。そうですな?ロム王よ。」

「当然だ。親愛なる我がロム王国の頭脳たちよ。我を信じ、我を助けてほしい。その思いに応え、必ず良き道に導いてやろう…!!」

私のこの声をあやしていると思ったのか、ルカは私の腕の中で球を転がしたように笑っていた。

私にとっての女神も微笑んでくれているのだ。

ならば私は、私の最善を尽くし続けるだけだ。


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