9羽 私、聖獣だし
騒然とする森の入り口。国王を家臣たちが取り囲み、前衛は私に剣を向けている。
「貴様ッ!王に何をしたッ!?」
『い、いや...何もしてないんだって!』
慌てふためき、怯え、剣を持つ手が震えている。
…いや、パニックになりそうなのはこっちなんだけど!?
定期的に王国に一番近い森の入り口は見に来ている。何か異変が起きた時にすぐに対応できるようにと。
数ヶ月前に王国から観測の人間がやってきてみつかってしまい、思わず逃げ出したが、それからすぐにこうして部隊がやって来た。
数人を殺さないよう気絶させて追い返すつもりだったが、まさかの国王登場。
この時点で私の脳は既に真っ白だった。
何しに来たのか分からないから取り敢えず目的を聞いて、質問にだけ答えて帰ってもらおうと思ったのだ。
そしたらいきなりスキルを見るとか言い出して、挙句に【グリーディキリング】を知っているような口ぶりだった。
こっちも質問に答えたのだからこっちの質問にも答えてもらおうと思い聞こうとすれば、気絶してしまい、現場大混乱。これが今。
魔法を使える人たちが全力で王に治癒魔法をかけているが、気絶しているだけだからほぼ無意味だと思う。
「とぼけるな魔獣め!!!王が撤退するまでに貴様を殺してやる!!!」
『いやあのホントに何もしてないって!!お願いしますから剣をしまってください!!』
「やはり魔獣は信用ならん!!!貴様を殺してこの森をロム王国が支配するのだ!!!」
「止めよッ!!聖獣に手を出してはならんッ!!!」
「止めてくれるな!!王室でぬくぬくと暮らす魔導士には我ら冒険者の苦労など分かるまい!!」
仲違いまでし始めちゃった…
これはもう今の状態では冷静な話し合いは不可能だ。
『…仕方ない。ちょっと静かにしてもらおう。』
私はパサランを耳につけて【思念共有】を自動化する。複雑なスキルや動きのあるスキルはまだパサランで自動化は出来ない。どうしても自分自身で発動する必要がある。
『【跳躍超強化】!』
【跳躍超強化】は私の相棒と言っても過言ではなかったスキル【跳躍強化】が進化した上域スキルだ。
進化前よりもより速く、より高く飛べる。
木々を、地面を連続で蹴りながら加速し前衛数名の顎を打ち、脳を揺らす。
たとえうさぎの体でも、超高速で体当たりをされれば人間一人を気絶させるのなんて造作もないほどの威力が出せる。
壁にスーパーボールを当てたかのように連続で進路が変わることで挙動が読みにくいのもこの技の特徴だ。
名付けて《ラビットバウンド》
このくらいの人数なら十数秒もあれば十分だ。
前衛の数人を落とせばさすがに静かになった。
『落ち着いてください。私は王様に危害を加えてなどいません…王様も気絶しているだけです。』
パサランを王様に飛ばし、上域スキル【超速再生】を発動する。
もう一方のパサランでは同じスキルを私に使って足を回復する。
【跳躍超強化】は強力だが、足の筋肉に尋常ではない負荷をかける。かなり繊細に調整して使っているので歩けなくなるほどではないが、最大火力で使えば簡単に足の骨が砕けてしまうだろう。
そこで【メガキュアラル】だ。
【超速再生】
魔力を消費し傷や状態異常を回復する。使用する魔力に応じて治癒速度と効率が上昇する。
何度も何度もくどいかもしれないが、私は体内に魔力が貯められない。
大気中の魔素をパサランで魔力に変換、そのままパサランから変換した魔力を使って魔法を使用する。
かなりの回数をこなしたので感覚には慣れてきたが、どうしてもこうした行動を止めた状況でないと魔法の使用は厳しい。
だが、代わりに魔力が切れて魔法が使えないという心配がないので、練度さえあげれば強力な魔法打ち放題というわけだ。
…もっとも、私が今使える攻撃系の魔法って【ファントムフレイム】しかないんだけどさ。
「…うっ…!…こ、ここは…?」
「王様!!!目が覚めましたか!?」
「…そうであった…マルル大森林に聖獣を観測しに来て、それから………」
『私のことを探りに来たんですよね。』
王が目を覚まし、蒼白な顔でこちらを見る。
「そなたはいったい何者なのだ…なぜ、それほどのスキルを有している…?」
この感じ、スキルを見ることは出来るけどその詳細は分からないのかな?グリーディキリングの詳細を知っていれば、こんな質問でないはずだし…
『…私もあなたに聞きたいことが山ほどあります。私が許可します。今日は森の近くで野営し、明日森の中に来てください。』
「…その要求を飲むような軽薄な思考の国王に見えるのか?」
『全く。あなたは十分賢なる王でしょう。私と話す恐怖よりも、国としての私からの見え方を重視した行動をしていた。』
だからこそ、この要求を断ることが出来ないはず。
『あなたが知りたいスキル【グリーディキリング】について教えます。今日は一度引いて、けが人の手当てをしてまた明日いらしてください。安全は保障しますが、念のため戦える従者を三人まで許可します。では、また明日。』
王国の部隊に告げて森の奥に戻る。
獣道を駆け抜けて走り、広大な森の敷地でも私の足なら数分で森の真ん中あたりまで戻ることが出来る。
そこには巨大な湖があり、その真ん中にある浮島には二匹の獣が休んでいた。
『お、戻ってきたぜー。』
『どうだった、初の人間との対話は。』
『初のって言っても私元人間だから…』
【跳躍超強化】の効果が上乗せされた足で浮島まで一息で湖を飛び越える。
巨大な二匹の獣は私が来ると座っていた場所を空けてくれた。
聖獣、キュアラルフェニックスとインフェルノドラゴン。この森の四聖獣。今ここにいるのは眷属を介した分身の様なもので、本体はそれぞれが守護する森の方角にいる。つまるところ、実体がないので座ろうと思えば彼らを無視して無理やり座ることは出来たんだけど、そこはまあ、彼らの優しさということにしておこう。
木の実を齧って水を少し口に含んで一息つく。
『…ちょっと気になることがあって、明日国王とここで話してもいい?』
『ほー?もうあの王様と直接話すようになったのか。出世したな、うさぎ!』
『出世などとぬかすな。もうすでに彼女は聖獣の二番手。私でも敵わぬ相手にお前が敵うわけないだろう。』
『まあ…そうなんだけどよ…』
『ちょっと、やめてよキュア。ドラもそんなにテンション落とさないで。あなたが静かだと調子狂うから。』
彼らとももう二年近い付き合いだ。
初めの頃はずっと聖獣だった彼らとの距離感に悩んでいたが、彼らの方から距離を詰めてきてくれたので非常に助かったのを覚えている。
『しかし、何度考えてもすげぇよな。』
『確かにな。特殊な能力があるとはいえ、二年で私たちを簡単に追い抜かすとは。』
『十中八九、皆が優しかったからだと思うけどね。』
『優しいもんかよ。俺、まあまあきつめの試練にしたつもりだったぜ?』
『試練はちゃんとしんどかったよ?ドラの出した試練、ドラの速度に追いつくってやつ。【跳躍超強化】にスキルが進化して無かったら間違いなくクリア出来てなかった。』
『まあ、キュアのに比べれば退屈はしなかっただろ?』
『そんなことないよ。キュアの、森中の獣たちの寿命による怪我以外の怪我を治療して回るってのも、この森のことを知れてすごくよかった。それに…』
『お母さま!!!お帰りなさい!!!』
浮島の岩で出来た住処から一匹のナーガが飛び出し、私に巻きつく。
はたから見れば捕食される直前に見えるだろうが、これは彼女の愛情表現なのだ。
『ただいま、ヘビ子。いい子でお留守番してた?』
彼女の頭を耳で撫でて額を寄せる。
彼女の名前はヘビ子。
森で迷子になり死にかけていたところをキュアの試練の途中だった私が治療したところなつかれてしまった。
ナーガは産み落とされて以降一人で生きていく。
その眼には大昔の一族の特徴の名残で目の合った獲物の動きを止めるというスキルがあるが、どういうわけかこの子にはそのスキルが発現せず、獲物をとらえることが出来ずに衰弱していたということだ。
私が助けて以来、私も含めて聖獣四匹みんなで面倒を見ている。もちろん彼らもそれぞれ守護の任があるので、こうして今みたいに眷属を介しての対応にはなるけど。それでもありがたかった。
『うん!ねえねえ聞いて!昨日ね!ドラおじちゃんにはちみつを巣ごともらったの!』
『ばっ!!?ヘビ子お前っ…!!!』
『あっ…!内緒だった……』
『…へぇ。いいねえヘビ子…ドラにおやついっぱい貰えたんだぁ?』
『うさぎ、俺はちゃんと止めたからな。』
『キュアてめぇ!!?お前も旨そうに食ってただろうが!!!』
『…し、仕方なくだ…ヘビ子とお前であの量を食べたらお腹を壊すだろう?』
『へえ、お腹を壊すほどおやつ食べたんだぁ?さぞやご飯もたくさん食べたんだよね?ヘビ子?』
『あの…その…ごめんなさい…』
この子は昔から獲物を十分に食べられなかった影響なのか、拒食がひどい。
今こうして元気に動けているのも、半分以上は私たちのスキルで体を常に治療し続けているからだ。
だからこの子の為にもきちんとご飯を食べて貰わなきゃならないのに、こうしてこの二人が甘やかすことが多々ある。
『ヘビ子、そこに座りなさい。あとついでにキュア、ドラも。』
『『『はい…』』』
私は愛のある説教を三匹にする。
異世界転生してから二年。あっちの世界での年も換算するのであれば、もう私も十八歳か。
最後にこうやって親から叱られたのはいつだろう。もう記憶を思い返しても思い出せないや。
『まあまあ、三人とも悪気があったわけではないのですから。』
『…ターさんも三人を甘やかすの?』
『ずっとワタクシの背中で退屈していたヘビ子の気を紛らわすためにドラは連れ出してくれたのですよ。それにキュアも、ヘビ子にとって危険になりそうな生き物が近づかないようにずっと結界を張っていましたから。』
浮島から直接声が聞こえてくる。
すぐに私たちの近くに土で模ったキャッスルタートルが現れ、ゆったりとした動きで私たちに合流する。
『それで、何故王と直接話すことになったのですか?』
『うん。ちょっと王に聞きたいことがあってさ…』
私はヘビ子を見る。
不思議そうな顔をしている彼女。この子に聞かせるには、まだちょっと血なまぐさい話になってしまうかもしれない…
『…ドラ、お願い。』
『あいよ。さ、ヘビ子。あっちで俺と遊んでようぜ。』
『うん…ねえお母様。』
ヘビ子はするすると私のもとに這い寄り、心配そうな瞳でこちらを見ている。
『大丈夫だよね…?また、会えるよね…?』
『…大丈夫。今夜は一緒に寝てあげられるから。それに、ヘビ子のことは私が絶対に守ってあげるから…』
『私も…!私も、お母様やドラおじちゃん、キュアおじちゃんやターおばさまみたいに戦いたい!私も森を守りたい!』
『…』
震えながら必死に話してくれる彼女を見て、思わず笑みがこぼれる。
『ありがとう。その言葉だけで、お母様はどこまでも頑張れる。いつかヘビ子と一緒に戦う日が来たら、その時はお母様を助けてくれる?』
『うん...!きっと、きっとよ?』
『うん、約束。さ、ドラの言う事をしっかり聞くんだよ。』
『うん。またあとでね。』
ドラに背負われて森の南の方へ飛ぶヘビ子を見送る。
『...心配はない。森の南は私の縄張り。この大森林でもとびきりに安全な領域だ。』
『ありがとう。さ、本題に入ろう。』
私は浮島の住処の中に入り【営巣】で作った台座の上で少し休む。
『...ロム王国の国王が【グリーディキリング】の事を知っていた。』
『何?そのスキルは確か...』
『山越高校の関係者全員に与えられている、転生者の、そしてこのデスゲームの参加者の証で、私が何よりも警戒しなければいけないスキル。』
これで、グリーディキリングを知っている人と会うのは二人目。
もっとも一人は会ってはいないけれど、明確に私の命を奪いに来た。
『ですが、国王はそのスキルの保有者ではない、だから話し合いをして情報を引き出そうとしている、そうですね?』
『流石ターさん。理解度鬼早い。』
私は王の顔やその率いてきた部隊の様子を思い浮かべながら、王の発言を思い出しながら言葉を紡ぐ。
『私達転生者は向こうの世界からこっちの世界に転生する時に、ランダムな種族の幼体に転生してる。そしてある程度肉体と精神が育った時に向こうの記憶が上書きされる。』
もし彼が転生者なのであれば、人間ではないということになる。
私が転生してから経過した時間は2年と少し。彼が人間に転生した転生者であれば、今の歳は2歳になる。
彼は十分若い王ではあったが、2歳にしてはいささか老け過ぎだ。
『彼は私のスキルを見ると言っていた。恐らく他者が所持しているスキルを確認できるスキルとかなんじゃないかな。それを今までに使っていく中で、私と同じ【グリーディキリング】を持っている奴がいたんだよ。』
『なるほどな...王自身が転生者でないのであれば、襲われる心配も少ないと。』
『とは言え、相手は一国の王。だからこっちも保険としてこの浮島...ターさんの背中に案内する。一度無力化出来たと言っても、混乱に乗じた、ほとんど不意打ちみたいな感じだったから。しっかりと準備を整えて来られたら勝てないかもしれない。だから従者も三人までという約束を取り付けた。彼らはこの森と共に過ごしてきた期間が私よりも長い...聖獣の言葉に背くのがどれだけの愚行か分かっていると思ってたから、こちらも少し強気に出た。』
『なんと......』
『...この2年で、ずいぶん成長しましたね。』
『流石にね...こんな見た目だけど、私、聖獣だし。』
2年前に聖獣の試練を受けてから、色々なことを学び、そして色々なことを経験した。
人間だった時には決して得られないような、決断を誤れば自分の命が危険にさらされるようなことも何度も経験した。
その経験が、私に聖獣としてのステータスを与えてくれているのだ。
【加速の支配者】【不死の支配者】【城塞の支配者】
三匹の聖獣からそれぞれ与えられた試練。
戦うこと、慈悲を与えること、そして、奪い受け継ぐこと。
『スキルの成長は、怠ってはいませんね?』
『もちろん。それがターさんからの試練だから。』
『...正直、一番酷な試練をタートルから与えられていると思うが、平気か?』
キャッスルタートルから与えられた試練。
森の生き物の寿命に向き合い、弔い、そのスキルを受け継ぐこと。
キュアの試練と同時に行われたこの試練で、私は森の寿命で死にゆく命からスキルを貰い受けた。
色んなスキル、色んな動物たちと向き合った。
反発されることもあったけれど、それでも私は彼らの命に最後まで添い遂げると決めた。
『...大丈夫。もらったスキルも、想いも、何一つ忘れちゃいないよ。』
『良い心がけです。では、明日に備えるとしましょう。』
キャッスルタートルは土で作った体を崩し、意識を本体に戻す。浮島がほんの少し揺れたが、すぐに収まりもとの静寂が戻る。
『...ふぅ。』
『お前も、少し休め。このところ休みなく動いていただろう。』
『あぁ、ごめん。大丈夫、体の疲労は【メガキュアラル】で...』
『命を支配する私が断言する。朽ち果てるのは何も肉体だけではない。心も癒やさなければ、やがて朽ち果て塵となるぞ。』
キュアは私をひょいと抱えると石の住処の寝床に置き、羽を1枚抜き取って私に被せた。
大きな羽はたった1枚で私の全身を包み、ほんのりと優しい温かさが私の身体を溶かしていく。
『あはは。フェニックスの羽毛布団なんて、贅沢だなぁ。』
『ヘビ子の迎えは私に任せろ。今夜は、ヘビ子のそばにいてやれ。』
『ん、ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらおうかな。』
『よろしい...何だったかな、こういうのを人間の言葉で...』
大きな美しい羽を広げ飛び立とうとするキュアを住処から見守る。
彼はやがてドヤ顔でにやっとこちらを向いた
『ああ、そうだ。センパイメーレー、と言うやつだ。聖獣のセンパイとしてな!』
『はいはい、もう十分甘えさせてもらってますよ、先輩方に。』
彼の飛び去った静かな島で、温かな羽に包まって目を閉じる。
聖獣の使命は重い。
だが、私には彼らも、そして私の中にいるトラもついてる。
この大切な居場所を守るためなら、私は何を差し出したって構わない。