第91話「太陽祭」屋台飯
「私、こういう屋台初めてなのー!」
フガフガと手回しオルガンの奏でる「女神のポルカ」が流れる中、ジェル姉がはしゃぐ。
どこかの街や村で祭りやフェスティバルが行われていると、屋台は出ているものだ。
偶然通りがかりに見つけたとしても、我が家は絶対に屋台の物は買ってもらえなかった。
理由はわかっていた。それで、何度ジェル姉のがっかり顔を不憫に思ったことか……。
学園の太陽祭の屋台は、そういった貴族の子女の要望で出来たらしい。
外部業者の協力の元とは言え、学園内の職員が関与しているので食品衛生上の安全は確保されているはず。
「私、棒に刺さったソーセージ食べてみたいの!」
ウッキウキのジェル姉に引っ張られて、一番近くの屋台へ。
開会の儀式が終了してから火入れしたので、まだ一個焼けていない。
既に何組か並んでいた。
屋台の奥に湯気がふわふわの寸胴鍋。
鉄板に油を塗って棒付きソーセージ並べてるおっちゃんは、見慣れた食堂スタッフだ。そして、屋台の前に白いエプロン着けたお手伝い学生の女子。
「ジェル様達ーっ!」
軍手みたいのをはめた手を振ってくるのは、同級生のエイミー嬢。
「バイトか?」
「そうですね」
「相棒の黒髪眼鏡ちゃんは?」
「リリは格闘技の救護の手伝いです。治癒魔法持ちなので」
「アナベル嬢もそっちの手伝いしてるわ」
「あいつ、魔法そんなに得意ちゃうやろ?」
「何言ってんの! あの人、治癒魔法はあんたどころか私より上よ!」
そっ、そうなんや。
「みんなもいるよね?」
「私欲しいです」
「ごめんなさい。あたしは食欲わかなくて……」
消え入りそうなブルジェナ嬢の声。
「大丈夫? なら、支払いはカルヴィンにお願いして、私達はわたあめ買いに行きましょう」
「食堂で待ち合わせな!」
「はーい」
三人の後ろ姿を見送った。
ランタン点いていても薄暗いのと、背が低いからかおひぃさんの存在感が薄く思えたのは気のせいだろうか。
いい感じでじゅうじゅう焼けるソーセージ。
太さは三センチくらい。長さは二十センチくらい。木製の串に刺さっている。
俺は、学園の校章印が裏に押されている白い紙製の金券を三枚渡した。
「はい、どうぞ」
エイミー嬢からソーセージを三本受け取る。
「朗読担当でしたよね。行けたら見に行きますね」
「来れたら来てね」
社交辞令を交わして、俺は屋台を後にした。
実験塔と食堂を繋ぐ渡り廊下の西隣、講堂校舎の壁際にわたあめの屋台がある。
何人か並んでいたが、ジェル姉達の姿はなかった。
斜め向かい格闘技のリングの周りは学生達に囲まれている。
ワーワーと学生らの歓声が上がる。
ボクシングだが、剣術大会と違って、試合開始から闘うわけではない。数分間交互でスパーリングの様な事を行ってから闘うらしい。
カンカンカンと鐘がなったので、決着がついたようだ。
俺は宿舎を繋ぐ渡り廊下側の入口から食堂に向かった。
食堂の後ろのドアから入る。
姉御らは真ん中の島の後ろのテーブルにいた。
わたあめを皿に乗せてちまちま千切って「美味しい、美味しい」と言い合っていた。
「買ってきたぞ」
ソーセージ串を二本渡す。
「やっときたー」「ありがとうございます」
予め借りておいた皿に置いた。
「がぶっといけよ」
俺は自分の分のソーセージを頭からかじった。
「そうなんだけど。これ思ってた以上に太過ぎてお口に入らないから」
串を回しながらナイフで切り込みを入れ、フォークに刺してから口に入れる。
「ご令嬢ですしね」
感心してんだか呆れてるんだか、ピンクちゃんは自分の分のソーセージを上の横からかじった。
サングリアとお茶は無料なので、俺はカウンターでサングリアを貰う。勿論、アルコール分は飛んでいる。
戻って、ソーセージかじってサングリアごくごく。ブルジェナ嬢はわたあめをちびちび口に運んでいる。ジェル姉はソーセージをニセンチ刻みで切り込み入れて一つずつ食べていた。
ソーセージをかじっているのは、パトリシア嬢と俺だけ。他の学生、特に女子もジェル姉みたいに食べてたのがちらほら。お育ちがええことで……。
「何の為の串やねん!」
「だってー」
「横からがぶっと」と、ピンクちゃん。
串を両手で持ち、ソーセージを見つめるジェル姉。えいとばかりにかじる。小さく何口かかじると残りニセンチもない。
「どうしよう。落ちちゃう」
「口で咥えて串先に移動させるんですよ。そしたら頭からいけます」
パトリシア嬢が実践してみせた。
「こうかしら」と、口で咥えこんでずらしてかぷり。
「出来た!」
何故か皆でパチパチ拍手。
「じゃ。俺、出番あるから行くな! 片付けヨロ!」
「見に行きますね」「頑張って下さい……」
食い終わった串を皿の上に置いて、俺は食堂を後にした。