第90話「太陽祭始まる」
夕闇に包まれる学園。講堂校舎から四校舎にロープが張られ魔力で灯るランタンが複数個ずつ吊るされている。
内園の中庭には学園の生徒たちが集まり、期待と喜びに満ちた表情で待ち構えていた。
まだ少し太陽が地上に残っている。
太陽祭開始十分前。
学生達の間をすり抜けて、俺はジェル姉達との待ち合わせ場所である実験棟と本館校舎の間に向かっていた。
「ジェル姉、どこーっ?」
「ここ、ここ!」
音楽用舞台と職員宿舎に沿って設置された屋台の間から姉御が手を振る。隣でピンクちゃんも手を振ってくれた。
「遅いよ!」
「ごめん、ごめん。あれ? ブルジェナ嬢は?」
「いるわよ」
「えっ?」
ジェル姉とパトリシア嬢の後ろにちょこんといた。なんか気配を消してる感じで目立たない。
「私より小さいからって、見失い過ぎよ」
「いや、悪気はないし。くしゅん」
水っぽい鼻水をハンカチで拭う。
慌てて来たから髪の毛ちゃんと拭けてなかった。
学園は結界が張られている関係で、気温も操作されている。外園は学園外よりちょっと温かく、最低気温も零度までしか下がらない。内園は夏は二十八度、冬は十度で保たれている。制服の温度調整機能が働いていても、冬場はちょっと寒い。
「よろしければ、お髪乾かしましょうか?」
「ブルジェナ嬢、そんなん出来んの? ならお願いします」
俺はちょっと屈んだ。おひぃさんが俺の頭に手をかざすと温かい風が軽く逆巻く。
「めっちゃ温いーっ!」
髪の毛はぐちゃぐちゃになったが、頭は頭から肩にかけて温かい。
「終わりましたよ」
「ありがとう」
まだ少し水分を含んだ髪を俺は手櫛で整えた。
久しぶりにおひぃさんとお話出来て、なんか嬉しかった。
頭の上のランタンが一つ消えた。灯りは講堂校舎に向かって一つずつ消えていく。
学園外に出れば、まだ西の空にはうっすら太陽の残り火が見えるのだろう。
一部を除いて全校舎の灯りも消され完全に闇に沈む。少しざわついた後、静寂に包まれる。
音楽舞台の灯りが一部灯った。
手回しオルガンの音が響く。続いてラッパの音。バイオリン、フルート、ドラム。
太陽祭定番の曲。太陽の再生と女神を讃える歌。
音楽が高まりを見せる中、格闘エリアの灯がついた。
女神の代理人であるセレスタ会長が、祭壇代わりのリングの上に立つ。
「皆さん、今宵は我が王立魔法学園における神聖な日、『太陽祭』にようこそお越しくださいました。
冬至の夜、太陽は最も短い時間しか空に姿を現しません。しかし、この夜を越えることで、太陽は再び力を取り戻し、我々に光と希望をもたらします。この再生の象徴たる祭りは、我々が困難を乗り越え、未来に向かって歩む力を与えてくれます。
そして、私たちの守護神であり、豊穣と平和の象徴である女神に感謝の意を捧げる時です。女神の導きにより、我々は知恵と勇気を得て、この学園で共に成長してきました。今日の祭りを通じて、女神の慈愛を再確認し、これからの一年に向けた決意を新たにしましょう。
さあ、皆さん。共に祈り、共に祝福を受けましょう。『太陽祭』の始まりです!」
ラッパとドラムが響く。
消えていたランタンが一斉に灯る。
内園中庭がパッと明るくなった。
学園全体が一体になったように学生の歓声が上がった。
太陽の再生と女神を讃える祭りが始まった。