第88話「太陽祭の準備は進む」
会長らに頼まれてから、いくつかのシナリオを書き起こす。
短い話はお伽噺なので楽。
問題は「タイタン号の悲劇」だ。
こっちの世界は通信システムが無いわけではないんだが、一般的ではない。
通信用魔具は、学園、王都、アカデミーにはある。でも、音声はくっきりはっきりしないので緊急用らしい。稀に訓練を兼ねて使われる事もあるが。
数年前。クライン家の本邸で導入を検討した事があった。アカデミー出入りの業者から通信用魔具を借りて試したが、うんともすんとも言やしない。現代人的に言えば電波が届かないと言うべきか。ただ、ジェル姉が試した時は、王都のアカデミー出張所に微妙な音声が届いたそうだ。
使用者の魔力値と設置場所の滞留する魔力量に依存する為、そりゃ使えんわと。
進みすぎた科学は魔法と同じと言うが、魔法使える世界で更に魔法みたいってなんじゃこりゃと。
で、放課後は自室に籠り、時にカフェテリアでカフェオレ片手にカリカリカリカリ一週間経った。
ある日の会長室。
会長専用の椅子に座り、俺の書いた紙を見ながら、髪の毛くるくるセレスタ会長。隣に前会長が立ったまま別の紙を読んでいる。
校舎の外からは、いつもなら聞こえない楽器を演奏する音がする。
「うーん。いい感じね。でも……」
「でも?」
「『はんぺらひよこ』の話はいらないな」
「これ、風見鶏の話でしょ。似た様なお話各地にあるし」
「教訓話にしては子供向けだからね」
「わかりました……」
没か……。馬鹿馬鹿しくて割りとお気に入り なんだが。
「でも『大工と魔人』のお話は、なかなか良かったわよ」
「ちょっとご都合主義的な展開は気になるが。あと『塔の騎士と水の精霊』の話は女子が好みそうだな。『墓荒らしと黒い蝶』も不気味でいいわね。予備にもう一つ用意しておいて。」
「了解でふ。じゃ、四点が決定で。もう一つ作ります。あとは、当日に向けて練習するってことで」
俺が会長室を出ようとすると、
「ところで、君達姉弟は音楽は得意かい?」
思い出した様に引き留められる。
「俺はあんまり。楽譜はなんとなく読める程度で、ピアノは弾けない事はないですがお子さまレベルです。姉はピアノとフルートが出来ますが、こっち来て練習してないから今さら無理ですよ」
「そうなのね。残念」
「来年用なら今から言っておいて下さい。実家からフルートと楽譜送らせますから」
軽く会釈して俺は部屋を後にした。
***
太陽祭一週間前から、一部の業者さんが打ち合わせでやって来ていた。
職員の人らと舞台設置場所や、ランタン設置についてあだこだ話しているのを見かけた。
太陽祭数日前から業者の人らは学園に泊まり込みになる。
外部から来る音楽と踊り子等女性は、内園の実験塔の横、職員宿舎の近くにテント張って寝泊まりする。設置業者で男の人らは、外園のコロシアム近くにテントを設置するそうな。
防犯上の関係らしい。
コロシアムには外側から入れるトイレも水場もあるから困らんやろ。
外部業者さんらの食事は、学生らの使用時間を見計らって食堂で飯を提供するとか。
あと数日で太陽祭。
内園の中庭が舞台や出店の設置でどんどん狭くなっていった。