第86話「学園祭実行委員会」
十二月に入ると、学生達は下旬にある太陽祭の話で持ちきりになっていた。
冬至の日にあるお祭りで、太陽の再生と女神を讃える意味合いがある。
学園でも、夕方から数時間イベントが行われる。が、屋台が数件と、学生が行う催し物の小さな舞台が設置される以外、俺はよく知らない。
催し物の一つに格闘技があるらしい。どうせ士官学校組が拳と拳でドカバキ殴り合うのだろう。俺には関係ない話だ。
ジェル姉のお供で、屋台巡りさせられる程度の予想はついている。
現に、今日の夕食時にピンクちゃんらと「わたあめ食べてみたいの」と、はしゃいでいたからな。
飯食い終わって、遊技室に知り合いでもいたら混ぜてもらおうと宿舎に向かっていた時だ。
食堂と寮の建物を繋ぐ渡り廊下。
「カルヴィン様! ちょうど良かった」
俺を呼び止める声の主は、黒髪の前会長。
「あっ、先輩!」
俺が振り返ると、ケイリー先輩の後ろに現会長セレスタ先輩とお付きの学生が二人。
お付き学生は、俺の同級生。一人は眼鏡をかけた亜麻色お下げの女。そして、もう一人は俺と同じ"地"属性の奴。背は俺より高くひょろっとした茶髪の男。
「あのー、こいつらは?」
「学生会のお手伝いメンバー。リレー大会の打ち合わせの時もいたでしょ?」
会議室暗くてあんまり覚えていない。
言われてみれば……。同級生二人は書記なのかノートを持っていた。
「貴方に頼みがあるの。とりあえず、カフェテリアに行きましょう」
セレスタ会長が俺の左腕に自身の腕を絡めてぐいぐい引っ張っていく。
「会長室や会議室は?」
「夕食が終わる頃には、校舎を閉めてしまうのだよ」
ケイリー先輩も俺の右腕に腕を絡めてぐいぐいと。
両手に花! でも連行ですやん、これ!
連れていかれたカフェテリア。
俺らグループ以外に、男女二人連れの先客がいただけだった。
カフェスタッフはいつものエイミー嬢達ではなく、上級生の女子とおばちゃんスタッフだった。
「何がいいっすか? 奢りますよ。あっ、男のお前はちゃうからな!」
「そんなー」と、我が同級生。
「冗談や。一番安いやつな。それと、女子にはケーキを」
「食後だから大丈夫よ」
「なら、クッキー二人前お願いしまーす」
用意が出来るまで、適当な丸テーブルをキープ。椅子が足らないから、別のテーブルから一つ拝借。
俺の左隣にケイリー先輩。そこから時計周りに、セレスタ先輩、同級生女、同級生男。
「またイベントのネタ作りですか?」
「いや。四つの催し物の一つに出てもらいたい」
「貴方、お話作るの得意みたいだから」
「得意って、わけではないですよ」
全部、前世で知ってる話のアレンジでしかない。
「お待たせしました」と、おばちゃんがお茶とクッキーを持ってきた。
「あざーす」
白い皿に並ぶ三種のクッキー。
「これ、パトリシア嬢の奴ですか?」
「はい。提供頂いたレシピで作りました」
全部丸っこい。ノーマル。スライスアーモンド。レモンピール。型抜きではなく、棒状のクッキータネを五ミリで切って焼いたやつだ。
前世で、姉1が作って冷凍庫に入れておいた生地を、姉2が勝手に切って焼いてた事がある。俺は天板に並べるのを手伝っただけ。そしてバレてキレられた。そんなクッキーの思い出。
「祭の催し物は全て女神に捧げる供物なのだよ。格闘。舞踏。音楽。詩の詠唱。四つを内園に設置された四舞台で行うのは知ってるね?」
「まあ。どうせ格闘技は士官学校組でしょ」
「大正解。格闘技と言っても、ボクシングだがな」
「踊りと音楽は、一部外部の人達に入ってもらうけれど、詩の朗読は学生で賄えるから」
「朗読とか得意ではないですよ」
「ここ数年くらい詩の朗読だけでなく、短い小話的なのも入れてるのよ」
「小話……」
「君は以前面白い話をしていたらしいじゃないか」
「お城みたいな豪華船が沈む中、没落貴族令嬢と貧乏な絵描き青年の悲恋よ。あれを聞きたい女子が結構いるの」
「タイタン号の悲劇ですか……」
元ネタは、史実を元にした創作である超有名映画である。
学園入学前。馬車の移動で暇だったから、ジェル姉に聞かせてやった事がある。かなり俺流アレンジを効かせて。最初は「下らない」と言ってた母親が、一番泣いてたのは笑えたが。
夏休みの終わり頃。ジェル姉にせがまれて、パトリシア嬢らが仲良しメンバーが揃ってる時にカフェテリアで話した。気が付いたら十人くらいの学生しかも女子ばかりが、俺らの席を囲む形で聞き入っていた。
俺も調子乗って話してたんだが……。
「あんなご都合主義的恋愛モノが、女神様のお供物になりますかね?」
クッキー一枚取って口にほりこむ。レモンの香り。
「女神様を侮辱してないなら大丈夫よ。人間の悲喜交々なお話を欲してらっしゃるって設定だから」
「定番過ぎると、皆飽きるからな」
ケイリー先輩がお茶を飲み干した。
「この後、別の学生をヘッドハントする予定だから、先に失礼するよ」
黒髪先輩が席を立つ。
「お疲れ様でしたー!」
先輩を軽く見送って、お話の続き。
「タイタン号の悲劇って、設定が複雑できちんと話しても三十分以上かかりますよ」
「冒頭の鉄の魚の話を省いたら?」
「ちょっと考えてみます。これだけでいいですよね?」
「五分から十分くらいの短いお話も数話用意しておいて」
「わかりました。秘書子さん達。クッキー食ってええからな」
「では、いただきます」「ありがとうございます」
四人でクッキーポリポリ。
太陽祭の打ち合わせは続いた。