第84話「キツネとタヌキとお茶をする」
今日の最後の授業は、体力強化のランニング。学園外をグルグル走らされ汗でベトベトになった。
シャワー室で汗を流してさっぱりしたら、脱衣室に備え付けのランドリーバッグに洗いたい服を入れて、寮一階の受付に渡す。
受付は部屋の鍵や、荷物の預かりもしてくれる。ホテルのフロントみたい。洗濯物は、朝イチに渡せば夕方までに、放課後直ぐなら、翌昼くらいには部屋に届けてくれる。そんな特急で頼んだ事はないが。
洗濯物を渡した終えて、カフェテリアに向かおうとした時、「カルヴィン!」と姉御の声。一緒にいるのパトリシア嬢。
テスト終わりの打ち上げの仕切り直しではないが、ピンクちゃんと一緒にお茶する事になっていた。勿論、俺の奢りで……。
カフェテリアのカウンター。
お茶とカフェオレにスイーツ三つをエイミー嬢にお願いする。
十一月になると夕方は寒い。
よってテラスではなく、屋内の席に着く。
「ブルジェナ嬢は来なかったんや」
「ええ。別のお友達に連れ添われてお部屋に……」
ピンクちゃんが深刻そうに答える。
おひぃさんは、ナンパ騒動から男子学生を避けまくってんのか、属性相性が絶対合わない俺ですら接点がない。
「ヴォルフとも全然関わってる感じせえへんし、どないなってんの?」
「もう、変な虫もこないから普通に話しても平気なのにね」
「お待たせしました」と、黒髪眼鏡ちゃんが、お茶とケーキを持ってきた。
「やったー!」「待ってましたー」と、三人ではしゃぐ。
俺はカフェオレとアップルパイ。パトリシア嬢は香茶とカップケーキ。ジェル姉は、ローズヒップティーとシフォンケーキ。
黒髪眼鏡ちゃんが給仕を終えるくらいで、「リリアナ嬢。最近ブルジェナ嬢がヴォルフ様と仲良くないんだけど、どうしてだと思う?」と、ジェル姉が唐突に問う。
「はっ!? えっ! うーん……。ぞ、属性相性……」と、答えてさっさと戻ってしまった。
「属性相性って、二人とも"風"ですよね。"地"じゃないし……」
パトリシア嬢がカップケーキにかぶり付く。
俺はパイの先っちょに宛がったフォークを持つ手を止める。
属性相性……。
『おぼっちゃんはおひぃさんと一緒になれない』
お姉らの言ってた話が思い出される……。
なんでや……。
「妹さんが、"水"属性発現されたから飛び級で入学するって言ってませんでした?」
「そう言えば言ってたわね」
びっくりしたように姉御。
「あの子、今、"風"以外に"火"持ってるやん……」
それが原因か……。
妹が"水"属性も持ってるなら、ヴォルフも隠れ"水"属性の因子を持ってる。
「えー! 何それ。この前読んだ小説の話みたいじゃない!」
「なっ、何それ?」
「三階で、小説の回し読みしてるんですが、この前のテストの詩の作者と同じ人の作品で」
「家族に別属性が発現して、属性相性が合わないって判って、女の子が飛び降り自害しちゃうの! でも、」
「ちょい待て! 属性相性合わないくらいで死なんでもええやん!」
「私はいいわよ。あんただったら?」
家的には困るな……。
「だからって、それは……。なんかもう少し 楽しい恋愛物読もうよ。例えば、色々苦労してましたが、素敵な王子様に溺愛されてますみたいな」
ピンクちゃんが、ジェル姉を両手で指す。姉御は頬に手を当て、へへっと笑った。
リアルで見とるから、いらんのかい! 幸せな奴め……。
「で、恋愛物って悲恋物以外に何が流行ってんの?」
「うーん。なんだろー」「なっ、なんでしょうねー。お姫様と彼女に想いを寄せる騎士の話とか……」
妙な態度をする女子二人。
俺、知ってんねん。
女子もおピンク小説読んでる事を……。
給品部の出入業者であるマリオン商会に頼めば大抵の物は手に入る。
但し、学園側が禁止している物以外はの話。
危険物、酒や煙草類は勿論の事、NG案件として、一部書籍類が入っている。
図書室に置けない書籍、置いても閲覧制限がかかる書籍類の購入は不可だ。
だが、実家から送ってもらったり、帰省後自分の荷物に忍ばせる分にはお目こぼしがあるというかなんというか……。
そういった書籍が学生間で回し読みされている。
ただ俺からしたら、刺激が足らない。
写真がない世界なので、主に裸婦画な絵画の模写の目録みたいなのとか、小説の挿絵なんて見ても……。
あー懐かしい。前世にて、スマホで見ていたあの目眩く桃源郷が!
中一の時、いや小六の頃か……。中学受験も終わったので、おとんに自分用のスマホを買ってもらった。
すると同級生の悪友から素敵なサイトの存在を教えてもらえた。
本来なら保護者許可で弾かれるはずが、何故だか弾かれず閲覧出来たのだ。
おかんはパソコンやスマホなどネット関連知識が家族の中で一番疎い。
おとんも仕事が忙しいので、俺のスマホなんぞ確認しない。
素敵な画像見放題!
ある日の事。リビングでコロコロ読みながらおやつ食べていたら、
「スマホの充電切れてん! あんたの貸してね!」
姉1が、ダイニングテーブルに置いていた俺のスマホを弄り始めた。
「ええけど。あっ!」
遅かった。
「あんた、これは何?」
タブ見られた。開きっぱなしのいっぱいあったタブの中に、桃源郷サイトが!
「いいのかなー! こんなん見ても……」
「ちょー、やめー!」
スマホを取り上げようとするも避けられる。
「お母さーん! かぁくんがー」
おかんは二階で洗濯物取り込んでいた。
「許して下さい! 思春期なんです!」
「……。目眩く桃源郷は二次元だけにしろよ。三次元だったら赦さんからね……」
何かしらを検索し終えると、ヤバいタブを消して俺にスマホを返してくれた。
それ以降、シークレットモードを活用していた。
お姉らだって、いけない薄い本とか電子書籍のいけない漫画とか読んでるんだから……。
こっちの本でピンク度高めって、不倫か、近親相姦か、夜這いか、こんなんばっかよ。
「チャタレイ夫人の恋人」とか「エマニエル夫人」とか「花と蛇」ぐらい突き抜けたのはないのか。まあ、どれもタイトルとあらすじだけで、読んだ事も観た事もないが……。
俺が読みたいのは寝……、いやなんでもない……。