第79話「おひぃさんまわりの厄介事」
姉御が睨みを利かせたからか、食事時のデートのお誘いはほぼなくなった。
それでも、教室の移動時や放課後なんかは、取っ替え引っ替えピンだったり十人近くだったり、男共に囲まれてるブルジェナ嬢。
いつも傍にいるパトリシア嬢が「急いでますから」と庇おうとするも、平民のお前は眼中にないとばかりに突き飛ばされたり。
その時は、ジェル姉と見てしまったのもあってムカついた。
「パトリシア嬢、大丈夫?」「ピンクちゃん!」
「だっ、大丈夫です」
しりもちついてるピンクちゃんの手を取って引っ張り上げる。
いつもより酷い仕打ちに姉御思うところがあったのだろう。ってか、あるよな。
肩切ってずんずん野郎共の所へ。
「いい加減にして下さい。私の同輩の女子を突き飛ばして平気でいられるなんて! 殿方のする事ではありませんわ!」
廊下にジェル姉の声が響く。
一旦静まり返る。集団の男子学生が「あっ、ごめんね」軽い口調で答えた。
「それが謝罪する態度ですか!?」
お姉様、目を吊り上げて怒ってらっしゃる。こんな顔、ゲームのラストバトル以外で見た事なかった。いや、ラストバトルの表情ともちょっと違うか。
「別に大怪我してるわけでもないしさぁ。今度から気を付けるよ」
「ふざけないで下さい。軽い気持ちでブルジェナ嬢に近付いて! 彼女がどれだけ傷付いているか」
「軽い気持ちで近付いてるわけではないさ」
さっきとは違う学生が応えた。毛並み良さそうなイケメンだ。
「貴女みたいに上位貴族でお妃様に成る事が決まってる人には解らないかもしれないけど。僕らは僕らで必死なんだ。それに、不純異性交遊は禁じられてるけれど、真面目に交際するのは禁止されてないよね?」
良い毛並み君、にやりとする。
奴の言う事は事実だ。イケナイ事さえしなければ、恋愛なんて黙認されている。園内にあるベンチで学生男女がくっついてイチャイチャしてるのをたまに見かけるし。
人前で露骨にキス以上の事してないなら、皆さん見て見ぬふり。
「手紙も受け取ってもらえない。なら直接、お近づきになるのが早いからさ」
皆さん姉御に視線釘付けになってる内に、俺は気配を消して男子学生らの中にいた。
そして、「行くで」と一声。おひぃさんの腕を掴むと、「そりゃ!」と集団から連れ出した。
「あっ!? 抜け駆け!」
「私の弟でーす。属性因子合いませんからーっ」
イヤミったらしく笑う我が姉ジェルトリュード。
俺らは二人で逃げる。
小学生の時、学校の鬼ごっこクラブで鍛えた気配消しが遊び以外で役に立った。
人気の無い建物の裏。
軽く息を切らして壁にもたれる。
「ありがとうございます」
「友達が困ってたら、お助けするのは当然! ところで、手紙って」
「あたし宛の手紙が女子寮の受付にもいっぱい届いて⋯⋯。今、受け取り拒否にしてもらっているんですが。そしたら寮の廊下とかで、先輩経由で直接手渡されたり、ドアの下に届いていたり」
ラブレターか……。
「普通のお誘いとかなら良いんですけど……」
急に青い顔して口ごもるブルジェナ嬢。
どんなえげつない内容やってん! セクハラ? あー考えたくない。
「姉御やピンクちゃんは知ってんの?」
「ええ。みんなで一緒に見てもらいました……」
俯き少し赤い顔している。
「このままやったら、やばない? あんた襲われかねんよ?」
「えっ!?」俺を見上げて目を丸くする。
「既成事実作ってしまえって。親から急かされる可能性も」
「待って下さい。そんな事したら、一族の方は十年間、学園に入学出来ないって」
「学園卒業するより、あんた手に入れる方がメリットあると判断したら?」
「そんな……」
両手で口許押さえて震えるブルジェナ嬢。
ちょっと脅かし過ぎた。だけど、可能性はゼロではない以上それを伝えるべきだと思った。実際、寮の廊下でそれっぽい事言ってた先輩らがいたんだよな。ぶん殴りたかったけど、俺は堪えた。
ただ、女子の貞操の危機に関する正当防衛の魔法使用は許されているようなので、"火"の紋章持ちを襲ったら、サラマンダーに焼き殺される可能性はないのかと、思うのは俺だけか。
「いっそさぁ、ヴォルフに『付き合ってます』宣言してもらったらええんちゃう?」
「えっ!? そんな事出来ません!」顔真っ赤にして「あたし、平民ですよ。身分と立場が違います……」
「嘘でもさ、そういう事にしとけば」
「もしあの方に良い縁談が来たら、あたしの事でダメになってしまう可能性もあります。迷惑かけられません」
しくしく泣き出して、俺、困惑。