第78話「淑女を祝う晩餐」後編
三年の島では、「肉がー!」「肉がでかい!」「"元素精霊の淑女"様様だ!」と、シチューの肉の大きさに歓喜している野太い声が響く。カウンター近くの席に座ってる無邪気な脳筋学生達。但し、ちっともかわいくない。
"一国の姫"相当の女学生を挟んでる女子二人。
隣の友人に気を使いつつ、似たような感じで無言で夕食を口にする。
「ちゃんと飯食った方がええぞ」
俺は斜め前にいる緑な彼女の顔を覗きこむ。
なんか手元が暗くなった。
「ブルジェナ・サンチ嬢!」
またかと声の主を見上げた。
黄色のスカーフ留めをした男子学生が三名。背は高く毛並みは良さそうな連中だが……。昼間とは別のナンパ師共。
「食事が終わった後。遊戯室でビリヤードでもいかがですか?」
「もしルールをご存知ないなら、教えて差し上げます」
おひぃさんは何も返さないし、見向きもしない。
「すみません。彼女、体調優れないみたいで」
「あー、君に聞いてないから!」
ピンクちゃんの言葉をあしらう先輩男子。
見てるこっちも腹が立つ。
俺が「先輩っ!」と言おうとした時だ。
「先輩方、私達、まだ食事中でございますの。名前も名乗らず、デートのお誘いとは失礼じゃございませんこと?」
口調は柔らかめだがきつい目でジェルトリュードが、先輩らを見上げる。
「僕は、」
「お名前を伺っているわけではございませんの。彼女、数日前から体調が優れませんの。なにせ女神様に選ばれた特別な存在ですから。お目当ての淑女の気分も計れない殿方が、私のお友達と釣り合いが取れるとでもお思いでございますか?」
いつもとは違う口調だが、微妙に怒気とイヤミを含んだ声で、軽蔑の眼差しを送る姉御。
俺らも、じーっと三人の先輩らを見つめる。
先輩らの一人が後ろを見た。二年の島で食事中のエリオット殿下がこちらを伺ってるのに気がついて、二人の肩をつつく。
相手が相手と解ったからか、「それでは、別の機会に」と、三人ともソサクサと撤退していった。
「今の誰の真似?」
「アナベル嬢。似てた?」
「うーん。微妙……」
そのアナベルさんは俺の後ろに座ってる。
四人でクスクス笑ってたが、おひぃさんはクスりともしない。
おもむろに立ち上がり、「ごめんなさい。部屋に戻ります」
慌てて椅子を引く姉御。
一口も手をつけていないトレーを持ってカウンターに向かうブルジェナ嬢。
カウンターに返すのかと思いきや、三年の脳筋学生の所に向かう。
「宜しければ、どうぞ」
「マジくれる!?」
トレーを渡して、彼女は食堂を逃げる様に出ていった。
「うおー。女神様の施しだ!」
訳のわからん歓声を上げてる先輩達。
ナンパされるよかマシやな……。
「何がお気に召さないのかしらね」
後ろの似非白雪姫が呆れた様に呟く。
「そりゃ、いきなり女神様に選ばれた特殊な女になったら、困るやろ?」
俺は身体を捻った。
「妙齢女子の術者なら、紋章が現れるなんて名誉以外あるわけないじゃございませんか」
姉御も講堂の発表までは「いいなー。"地"の紋章出ないかなー」って、能天気に言ってたけどな。
「魔力値が上がって精霊を扱えて、術者としてもメリットしかありませんわよ。それに社会的に言えば、国から"聖女"の称号と年金がいただけますわ」
「年金? 死ぬまで?」
「ええ。ご存知ありませんでした?」
うん。知らんかった。
「属性因子さえ気を付ければ、縁談には困りませんし」
「でも、有事があれば駆り出されますよ、二十五年間……」
ピンクちゃんが呟く様に付け足した。
軽く咳払いする似非白雪姫。
「そもそもあんな破廉恥なお誘い、ヴォルフ様が一言仰ればよろしいのでは? 『ブルジェナ嬢は自分の彼女です』って」
「うん、せやな」
テーブルの違う計五人がうんうんと頷いた。
「ちょっとー!」
顔を赤くするヴォルフ。
「紋章が現れる前からお付き合いされていたのでしょ? 先にお付き合いされていたなら、誰も文句を言いませんわよ」
「いや、付き合っていませんよ。属性が同じだから最初に知り合った友達ってだけで……」
往生際の悪い友人は、気まずそうに口ごもる。
皆思ってる。
「お前ら、付き合っちゃえよ!」って。
当人同士は認めてない。
さて、どないしたら良いもんか?