第72話「霜月の試験と焔の女」前編
十一月に入ると、学生達は皆そわそわイライラし始める。年一の総合試験があるからだ。余程の事がない限り、留年や退学はないが、将来の進路に関わってくる。
試験なんて、学園に入る前の魔力値と使用魔法を確認する程度だったから、一年生なんかは浮き足だっている。
王都にあるアカデミーの出張所で、魔具を使って魔法値測定し、属性毎に使える魔法の種類申請して軽く実践するだけ。俺らは「地」属性だから、大きめの植木鉢に入った土を"泥の傀儡"掛けて、土人形動かすだけの簡単な確認作業だった。とは言え、魔法展開からの立ち上がりの速さ、土人形の固さ、柔軟性なんかをじろじろと見られて、姉弟でちょっと緊張はしてた。
俺の場合。前世は、小学校受験やら中学受験他、模試やら資格試験やらで試験やテストの経験だらけだったから、ヘーキと言いたいんだが……。
あんまり酷い成績だと親からの突き上げも嫌だし。特に母親……。それで、ジェル姉は戦々恐々としてたりする。
俺らみたいなお貴族様は、ここで良い成績だったとしても、社交界のネタでしかない。
実家が太くない下級貴族や騎士関係の学生は、成績が卒業後の就職に直結するので必死になっている。そういうわけでもないが、試験二週間前は、勤労奨学生制度の学生は、一切バイトしなくなる。
エイミー嬢や黒髪眼鏡ちゃんらの姿をカフェテリアで見かけなくなったある日の夕食。
同じ一年でゲームのメインキャラが五人揃って飯を食っていた。
俺、姉御、パトリシア嬢。俺の向かいに、ヴォルフとブルジェナ嬢。
実技試験は属性が異なるとどないしょうもないので、ペーパー試験の話題となる。
ジェル姉が、王子様から過去問借りてきてもらえるとの事で、皆なんとかなるかとなった。
「そうだ、この前、実家から手紙が着たんですが、うちの妹、来年この学園に入学するそうです」
「「はっ!?」」と、姉弟と素っ頓狂な声を上げた。
「ちょい待って! お前の妹二つ下だよな……」
「最近、水属性が発現したのと、魔力値が五百超えてたとかで。アカデミーと相談して、飛び級で学園に」
「あっ、えっ。ご両親は、妹ちゃんを学園入学させて心配じゃないのかしら……」
「二年間は兄の僕といる事になるので、安心してるみたいです」
「そうなんだー」「よっ、良かったな……」
俺と姉御はちらりとお互い目配せした。
「ご兄妹は仲がよろしいようですね」と、ピンクちゃん。
「一人で寄宿学校って、お友達が出来るまで心細いですから。あたしも兄弟と離れて最初心配でしたから」
多分、ジェル姉も同じ事を考えているはずだ。
ブルジェナ嬢、春から厄介な事になるな。と……。
***
試験期間。
小学校高学年から中学二年くらいで習うような数学、イクシリア王国の歴史、魔法理論、しょうもない詩を題材にした国語と歴史を混ぜた様な問題。ペーパー試験はこんな感じ。
実技は、男女別の剣術と体幹測定。これに男女混合で魔法実技。
三学年が、かち合わない様に、三日間かけて行う。ペーパー試験会場に使う大教室が一つしかないからだ。
ペーパー試験はいつもの制服。
剣術試験は、戦闘服。体幹測定と魔法実技は、体操服着用。着替えるの面倒くさいなら戦闘服でもいいらしい。
魔法実技は、待ってる間寒いのと、実技中魔具の破片や石が飛ぶ事があるので体操服の上に外套を羽織る。着てる物汚さない自信のある奴は、制服の上から外套着てたりもする。
一年生の時間割。
一日目。大教室にてペーパー試験。
二日目。男子、午前、運動場にて剣術、午後室内訓練場にて体幹測定。女子は逆。
三日目。魔法練習場にて魔法実技試験。
ペーパーは、楽勝! とはいかず。歴史がいまいちうまくいかず。他はそこそこ。数学楽勝ってところか。
女子は、「数学苦手です」と泣いてるのもいる。九九が怪しいのが何人かいるようだ。
実技系はそれなりに。
剣術は、木製の剣を使用し、試験官の先生と打ち合う。未経験者は防御のみを見られる。剣士系は攻防一体で。女子も基本防御だけ。俺は入学前から剣術はしてたけれど、未経験者扱い。先生との打ち合いが終わると、学生同士で打ち合う。これも試験だが、確認程度。剣士系が優位なの判ってるから。
体幹測定は、小学校とか中学の体育をハードにした感じだ。俺の胸位いの高さがある跳び箱の様な木の箱(以下跳び箱で)を飛び越えたり、跳び箱の上から飛び降りたり、パルクールの着地の様な事をするだけ。
前世、小学校中学年くらいまで体操教室に通ってた俺からしたら、それなりに楽勝。でも、貴族のご子息やご令嬢はかなりの割合で 俺が楽勝の事を出来ないでいる。平民のピンクちゃんやおひぃさんは子供の頃、外遊びしまくってたからそれなりに出来てたそうだ。ジェル姉も、子供の頃豪農さんの村で走り回ってた結果、高めの跳び箱からも平気で飛び降りていた。と、後で自慢してた。
オタク三銃士の白デブが、跳び箱を跳べずにいたのはいつもの光景。そろそろ跳べよ……。
魔法実技。魔法値を測定して、外園北西エリアの魔法場へ。ここは"地"属性魔法を使う関係で、運動場と比べると地面がボコボコしている。一応、均されてはいるのだけれども。
人数の少ない"無"属性持ちが先に試験を受ける。
生物操作系、治癒系、身体強化系、防御強化系、結界系、鑑定系等。
元素魔法系と系統が異なるので、試験の仕方が異なる。エイミー嬢や黒髪眼鏡ちゃん、オタク三銃士の鼻眼鏡なんかが先発組。
元素魔法系は、攻撃、防御、治癒の三種を見られる。
治癒系は、食用の家畜やウサギ、ハツカネズミ等の小動物を傷付けて治癒魔法をかけて確認していたそうだが、今は動物愛護の観点から、試験においては魔石の着いた三十センチ程の長さある茶筒型の魔具を使用する。魔石の色の変化時間で判断する。
濁った黄緑色の魔石が、白に変化したら合格。変化時間が短い程良い。
俺も姉御も楽勝。地脈から地の力を引っ張り出しているので、単純な骨折なら直ぐ治癒出来る程度。
攻撃系は、止まっている的と小さな陶器製の魔具で作られた大小三種類ある土人形の動く的を使う。動きはそんなに速くない。
的に当たれば良し。
攻撃系、これも楽勝。"泥の傀儡"立ち上げて、指から"泥の弾丸"放つだけ。動いてる的も変わらない。"地"属性系の奴らは大体こんな感じで終わった。
"水"属性は"水の弾丸"。"風"属性は"風の刃"。"火"属性は"火の矢"。
"光"属性のパトリシア嬢は、"火"属性者のグループにいた。
「"光の玉"!」
二本の指の先に現れるテニスボール大の光球をポイっと投げる。
ぱちんと的に当たって消えた。
"光の玉"って、閃光弾とか電球みたいなもんだと思ってたけど、攻撃魔法なんだろうか……。
女性の試験官は、何も言わずにボードにカキカキするだけだった。
攻撃魔法の試験が終わり、昼休みになった。