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第70話「キツネとキツネ」

 コンコン コンコン

「どうぞ」

 老女の声。

「遅くなりました。カルヴィン・クラインです」

 入って正面に長方形の机が横長に置かれている。短い方に声の主であるお婆ちゃん先生が座っている。

 頭をお団子結びした姉の背中が小さく見える。彼女は、体育系や作業系の授業がある日は、邪魔にならない様に髪の毛を上の方で纏めている事が多い。

 その正面、絹糸の様なふわりとした柔らかな金髪をした一人の女学生がしくしくと泣いている。肌の色は上等の陶器の様に白く儚げだ。そんな彼女を抱きしめ、彼女の頭を撫でている少し曲のある茶髪な男子学生の胸元のスカーフ留めは黄色だった。奴の下まつ毛が気になる。

「お座りになって、カルヴィンさん」

「はい」と答えて、姉の右隣の椅子に座る。

「今日、午後の授業の始まる前に、ジェルトリュードさんが、二年のセレイナ・フォクシーヌさんを階段から突き飛ばしたそうです」

「わ、私突き飛ばしていません!」

「まだ言うか、この女は!」

 下まつ毛の男子学生が叫んだ。

「こちらも状況がよくわからないので、色々聞き取りもしたのだけど、ジェルトリュードさんは、ご自身の非をお認めにならないの……」

「……」

 しばし沈黙。

「お前、突き飛ばした?」

「してない、してない。降りてきた先輩が、気が付いたら階段の下に落ちていって……」

 小声でやり取りする俺ら。

「ジェルトリュード嬢! 貴様、普段からセレイナを睨みつけ、彼女を怖がらせていたそうじゃないか! 何の恨みがあって、階段から突き飛ばした!」

「カスパーさん、静かにしてもらえますか。貴方は付き添いであって、当事者じゃありませんよ」

 先生がピシャリとカスパー・ロスウッドを叱りつけた。

 この下まつ毛先輩、うちと同じ公爵。王宮の新年会で何回か見かけた。

 いかにも、ええ格好しいのボンボンだ。

 まぁ、俺もボンボンだから人の事言えないが……。

「以前から、セレイナさんから『ジェルトリュードさんが睨みつけてくるから怖い』と何度か訴えがありました。それで、今回の件です。学園側としても、二人に何かあったのではと考えています」

「お前、あの先輩睨んだ?」

「見かけた事あるけど、属性も違うからよく知らない」

 俺らはこそこそと話す。

 だよなー。俺も、きれいな先輩で伯爵家の人、その程度で性格までは把握してない。面と向かって会うの初めてだし……。

 まあケジメはつけないかんわけで。

「セレイナ・フォクシーヌ嬢。お怪我の具合は如何でしょうか? 姉の不始末で、貴女にお怪我をさせてしまい申し訳ございませんでした」

「ちょっと、私、何も」

「お前黙っといて」

「やっと、認めたな! このっ」

「認めてませんよ、ロスウッド卿!」

「「「えっ!?」」」

「俺は、姉上が、故意にやらかしたとは認めてません。姉はそんな悪い事しません! でも、不注意で結果突き落とす事になってしまった可能性はゼロではないので謝罪しただけです」

「こんなに彼女は怯えているではないか!」

「姉は、近くに居合わせた女性が綺麗だったり可愛いかったりすると見惚れる事はあります。セレイナ先輩、お綺麗ですからね、特にお髪が」

「あらイヤだわ、お綺麗だなんて、解りきってる事を」

 変に照れる白ギツネ先輩。

「姉は美人ですけど、キツネ顔で目付きがきつい系なんです。昔から『睨まれた』『意地悪しそう』と言われる事もありました。おまけに、そんなに目もよろしくありません。姉の不適切な行動で、セレイナ嬢を傷付け不安にさせてしまっていたのなら、次期当主の俺が謝罪いたします。俺は九九%、姉を信じています。今回のは故意ではなく、不注意による事故だと思ってます」

「九九? 百%ではないのか? ふっ、僕は彼女を百%信じて」

「百%信じる事は、百%信じてないのと同義語と思ってますから」

 俺を鼻で笑うバカボンを逆に笑ってやった。

「九九%は信じてます。一%は万が一の保険です。もし、姉が悪い事をしていたら? していないと信じて確認したいからこそ、疑いの余地、考える余地を残してます。今回は、近くにいた友人らも姉が誰かを突き飛ばすなんて考えられないと言ってくれてますし」

「見たわけではないだろ」

「階段の踊り場にいた別の女学生は、ジェルトリュード嬢が彼女を突き飛ばしたのを見たと言ってるのだぞ!」

「本当ですか?」

「本当です……」

「荷物持ってたから、無理よ」

 左手に何かを抱える仕草をして、姉御は顔を横に振った。

「お怪我は、医務室で治療されてると思います。その費用と共に、教材や制服に破損等あればクライン家にご請求下さい。俺から当主に申し伝えますので」

 トントン トントン

「失礼します!」

 聞き覚えのある少女の声。

「お入りになって!」

「一年のエイミー・キャンベルと」「リリアナ・リールミットです……」

 二人の女学生がカフェのエプロン着けたまま指導室に入ってきた。

「あたし達、カフェの仕事があったので、聞き取りされてませんので、証言に来ました」

「どんな状況だったか話していただけるかしら……」

「あたしとリリが階段を登っていたら、悲鳴と共にセレイナ嬢が落ちるというか駆け足で階段降りてきて、バランスを崩されていたから、危ないと思い、あたし慌てて先輩の腕を捕まえようとしたのです。が、捕まえられず」

「それで、エイミーの下にいた私が駆け寄って捕まえようとしたんですけど……。逃げるというか、するりと避けられて……」

「その後、階段下に倒れてしまわれたんです……。ジェルトリュード様も、上にいた同級生二人も、何が起こったのか判らず、呆然としてました」

 意外な援軍。

「絶対わざとよ。それなのに、酷いわ……」

 カスパーの腕の中で両手で顔を覆ってよよよっと泣く。いや泣き真似やろ、この女!

「やった、やってないの水掛け論にしかならないわ。故意でなくとも事故として認めておられるのだから、謝罪を受け入れたらどうですか?」

「こんな下級貴族共の発言を信用されるのですか!?」

「ここでは、学生である以上の差別はありませんよ」

 老女先生は、冷たい視線を先輩らに向けた。

「そういう事で、解散しましょう。セレイナさん、ご納得いただけないかもしれませんが、確たる証拠がない以上、これ以上の対応は出来かねますので」

「セレイナ嬢、うちの姉がお怪我させてしまいすみませんでした。再度、謝罪させていただきます」

 俺はもう一回頭を下げた。

 隣の姉は納得してないようだが。

「仕事があるので、あたし達はこれで失礼します」

 二人の同級生が部屋を出る。

 俺らも後を追う様に席をたった。

 ジェル姉がドアノブに手をかけた時、俺は先輩達に振り返る。

「そうそう。セレイナ先輩、知っておられますか? もしうちの姉上が病死、事故死、他なんらかの事情で、エリオット殿下との婚約が破棄された場合の事」

 彼女の動きが微妙に変わった気がした。

「最終候補者残り四人の誰かから繰り上げ当選にはならず、お妃候補ゼロからやり直しだそうですよ」

「はっ?」素っ頓狂な声を上げる金髪先輩。

「それ、本当?」

「マジで。殿下に聞いてみ? 一年かけて下は十四歳から上は二歳差くらいまでの、貴族や富豪の令嬢から選抜らしい」

 バンっ

 大きな音を立て机を叩いて立ち上がったセレイナ嬢。

「もし、うちの姉に何かあれば……、先輩もワンチャンあるんじゃないっすか?」

 俺はニタっと鼻で嗤った。

「んじゃ、失礼しまーす」

 姉を急かして指導室を出た。

 ドアを閉めた途端、「何でっ」と廊下に響く声を上げる姉御の口を、俺の右手で塞いだ。

「静かに。言いたい事は解ってる。でも今はダメや! 後で姉御の部屋で話すわ」

 不服そうな視線を無視して、俺は手を離す。

 そして二人、無言を貫いて実験塔を後にした。

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