第69話「姉がやらかした事」
その日の授業は、午後から男女別だった。
体幹強化訓練で、一年の男子は外園の外出て、塀の回りをグルグル走らされて皆汗だくになってた。
女子はまったりお裁縫だった。
更衣室で着替えていたら、男性職員が俺の在室確認をしてくる。
「カルヴィン・クラインさん。お姉さんの事でお話があります。着替え次第、実験棟の学生指導室に来て下さい」
「わかりました」と、上だけ着替え終わった俺。
「あのー、姉が何かやらかしましたか?」
職員さん、難しい顔をして「上級生を階段から突き落としたそうです」
「えっ!?」
他の同級生もびっくりしてた。
「わかりました。着替え次第、直ぐに参ります」
職員が去っていった後。俺は慌てて着替えをする。
「ジェル様が誰かを階段から突き落とすなんて考えられませんよ。何かの間違いでは……」
着替え途中のヴォルフが、わざわざ俺の所にやって来て我が姉を庇ってくる。
「だよなー」
でも、ゲームだとジェルトリュードはやらかしてんだよ。だから、どうだかわからん。
俺もジェル姉を信じたい。でも、表層上はまともに振る舞っていても、人間腹の中では何考えてるかわからんもん。
それにゲームの終盤、闇墜ちして黒いドラゴンになって大暴れすんだぞ、あの女。
「じゃ、俺行ってくるわ!」
靴履いて、慌てて更衣室を飛び出した。
「お気をつけて!」
ヴォルフに見送られ、俺は実験棟に走った。
実験棟一階ホールで、ピンクちゃんとおひぃさんがいた。
「あっ!」「カルヴィン様!」
二人がこちらに駆け寄ってくる。
「うちの姉御、何やらかした?」
「それが、裁縫室に行く途中まで一緒だったんですが」
「あたし達が準備の係で、パティと先に教室へ行く為、階段の所でジェル様と別れて。そしたら」
「すれ違った上級生の方を突飛ばしたって。私達も何がなんだか……」
「あの方が、わざとぶつかって誰かを突き落とすなんて、あるわけないじゃないですか」
おひぃさんが俺に訴えてくる。
「そうだけどさ……」
ゲームだと、ジェルトリュードはブルジェナらに嫌がらせしているわけで、その矛先が友人から別に変わった可能性だってある。
でも、俺も信じたい。
「取り敢えず、ジェル姉の所に行ってくる。なんかあったら証言して!」
「はい!」「さっき聞き取りされたんですけど……。わかりました!」
二人に見送られ、二階の学生指導室に向かう。
実験室と図書室の間に、大きくはない部屋が幾つか配置されている。
件の部屋に向かう途中の廊下。
「カルヴィン!」と、呼び止められた。
「エリオット殿下! 何故にここへ?」
俺の所に駆け寄ってくる王子様。後ろからデリックと地属性のお供学生が主を追いかけてくる。
「ジェルが、ジェルが、事故に巻き込まれたんだろ」
「上級生を階段から突き飛ばしたとかで、揉めてるみたいですね」
「ジェルがそんな酷い事するわけないじゃないか!」
俺の肩は揺さぶられ、廊下に響くエリオット殿下の声。
「そう言われましても、慣れない学園生活のストレスでおかしくなった可能性もあるでしょ? 何故に姉上がやらかしてないと言えますか?」
「僕のジェルは、そんな事するはずかないからだよ!」
「ほんまにそう思えるんですね?」
左前髪を掻き上げ、俺はじっとエリオット殿下の目を見つめる。
彼は視線を反らすことなく、じっと俺の目を見つめる返す。
見据えあって数十秒。
俺が根負けした。髪の毛を下ろして俺が視線を外した。
「解りました。ですが、これは我が家の話です。殿下に助けていただくわけにはいきません」
「彼女は僕の婚約者だ。守って当然だろ!」
後ろのお付き二人も困り顔だ。
「あの方はまだ赤の他人です。ここは引いて下さい」
「クライン卿にお任せすべきです」
「二人の言う通りです。権力と権力で殴り合いたくありません。こちらに非があれば先方に謝罪するのは、次期当主の俺の役目ですので」
俺は後ろの背の高いお付き二人に目配せした。
察した二人は王子様の腕をがっちり捕まえる。そして、ジタバタする主をずるずる引きずって階段の方に連れ去っていった。
「デリック先輩、ダミアン先輩、よろーっ!」
「ジェルーっ!」
廊下に木霊する殿下の声。
あんたどんなけジェル姉の事好きなんだよ。
俺は呆れるというか感心しながら、指導室のドアをノックした。