第67話「風の御曹司」
ある日の夜。宿舎の階段登っていたら、後ろから妙な視線を感じた。
同じフロアの学生も階段を登り降りしているのだが。
気になったから振り返る俺。
踊り場の壁際で、ヴォルフが佇んで俺を見上げている。なんか暗いというか、恨めしげというか……。
「どっ、どないした?」
「いっ、いえ。別に……」
古い友人は俺から視線を反らした。
別にと言うわりに、そんな怖い感じで見つめられてもなぁ……。
俺は階段を駆け降りて、ヴォルフの顔を覗き込む。覗き込む度、奴は顔を反対側に動かす。
「あんさぁ、言いたい事あったらちゃんと言って……。こっちも怖い顔で睨まれても対応に困るわ。なんか悪い事した?」
左の前髪掻き上げて俺は彼の目をじーっと見つめた。
視線に耐えられなくなったのか、彼の唇がひくひく震える。
「この前、彼女と……何の話されてたのかなって……」
「彼女? 誰?」
「サっ……ブッブルジェナ嬢です……」
数日前のお茶してたあれか、はいはい。
「あぁ、あれね。姉御についての事聞いてただけやで」
「ジェル様について? 他には?」
「この前の墓地の事とか」
「そうですか……。わかりました……」
納得したようなしてないような感じで、階段登って帰ろうとするヴォルフの手首を俺は掴んだ。
「待てよ。姉御は下で王子様とビリヤードしてるから、上のエマっち呼んでくる。俺の部屋でお茶でも飲みながら話そ」
「そこまでしていただかなくても……」
「なら、ただ喋るだけでもええやろ。お互い他に聞かれて困る話だってあるし」
「はい……」
ヴォルフの腕引っ張って、俺の部屋に連れ込んだ。
俺の部屋は、姉のジェルトリュードの部屋と比べると手狭だ。
勉強用のデスクにベッド一つ。衣装箪笥とがらくた的なものを入れる大きめの箱。扉の近くに小さな丸テーブルと簡単な椅子二つ。
丸テーブル挟んで、椅子に腰かける。
「同じ様な感じですね」
「一人部屋ってみんなこんな感じやろ」
うちの姉御の部屋みたいに高級な二人部屋もあれば、狭い二人部屋もあるらしい。さらに狭い四人部屋もあるが、ジェル姉の部屋以外入ったことはないのでわからない。
「部屋付きの使用人抱えてないなら、このサイズの部屋は一人で楽やで」
「そうですね」
使用人を連れてきているなら、使用人が大抵の事はしてくれる。ベッドメイキングから掃除まで。使用人連れてきてなくても、部屋代にオプション付ければ、学生寮の職員が片付けやらしてくれるのだ。
奨学金制度の学生なら、恐らく洗濯以外は自分の事は自分でやってるのだろう。
「四人部屋って、どういう境遇の奴らが使ってるのかな……」
「四人部屋使ってた四兄弟がいたって、父から聞いた事あります」
「えっ、お父ちゃん、ここ出身?」
「はい。卒業生です」
うちの親父殿は、ここの卒業生ではない。
貴族階級の実力者全てが、学園に所属するわけでもないのだ。ここは、士官学校とは別形態の魔法戦士養成学校だから。
「で、ジェル様の件って……」
「あぁ、姉御がね、うざい母親から離れてはっちゃけ過ぎて余計な事してないかなと思ったから、ブルジェナ嬢に『迷惑かけてない?』って聞いた。お前にも悪さしてない?」
「えっ? 特に何も」
「ならいいや」
「何故、ジェル様を疑われてるのですか? 家族ではないですか!」
不安そうというか、家族を信じていない俺に対して怒って諌めてるというか。ええ奴やな、ヴォルフ。
「ジェル姉の幸せを願ってるからこそや。王子様の婚約者って事は、足元掬われて政争の具にされる可能性が高いのよ。あんまり接点の無い学生より、比較的仲のいい奴に聞いたのが早いかなと思って。勿論、姉御が悪さしないって信じてるよ」
「そうですよね。良かった……」
安堵する俺の古い友人。
ゲームでは、お前の彼女に悪さしまくって断罪されるからです、なんて言えるわけもなく……。