第43話「七月の憂鬱」
六月も半ばで、衣替えがあった。
半袖ブラウスや半そでワイシャツの上に、ジャケットと同じ色味をしたベスト。スカーフは変わらずで、首もとが暑苦しい時がある。
七月に入ると、夏休みの予定についてどうするこうすると浮き足立つ学生達。
夏休みは、七月下旬から八月末まで。八月半ばになると、有志のみの水練等がある。半数くらいは水練の参加の為に戻ってくるので実質夏休みって半分なのではないかと。
とは言え、夏休みきっちり実家に帰る学生もいれば、残る学生もいるらしい。
授業のない土曜日のランチタイムの食堂にて。
「夏休みどうする?」
「どうしようかしら……」
ローストポークサンドを一口噛った俺の問いに、カップに入ったコンソメスープをスプーンでくるくるしながら、ぼんやりと応えるジェル姉。
「お隣よろしいですか?」と、ブルジェナ嬢とパトリシア嬢がトレーを持ってきた。
「ええよ」「よろしくてよ」と、俺らが椅子をひく。
俺の隣にブルジェナ嬢、姉御の隣にパトリシア嬢が座った。
「夏休み、皆などうすんの?」と、俺が二人に尋ねる。
「今年は、あたしが王都に近い学園にいるので、王都で家族と落ち合う予定です。兄もアカデミーから来るそうで、叔父が弟を連れて来てくれると、この前手紙でありました」
「家族再会? ええね。パトリシア嬢は?」
「私は、故郷の村に帰ろうかと。お世話になっている領主様のご子息が冬に体調を崩されて。後遺症の事も心配なので、お見舞いしたいと思いまして」
「そうか……」
領主様のご子息ってのが気になるな……。子供か、年齢差がある年上か、それとも同年代か……。学園に来てないなら、攻略対象者ではなさそうやし、大丈夫やろ、多分……。
「ジェルトリュード様達のご予定はどうですか?」と、ブルジェナ嬢。
「迷ってるのよねー」
「うちさぁ。領地の本邸って、馬車で王都から数日かかるんよ。じゃぁ、王都の別邸に帰省すると、それはそれで……」
「何か、ご家族に会いたくない理由があるのですか?」
不思議そう、いや不安そうにパトリシア嬢が言う。
「親父はええねん。母親がちょっとね……」
「……」
姉はコンソメスープを啜る。
「母親とジェル姉、相性が悪いんよ。君ら、親から殴られた事ある?」
「小さい頃は、度の過ぎたイタズラをしたり、兄妹ゲンカをするとゲンコツはされた事はありましたけど」
「うちも、小さい頃に叱られて父や母から軽めのゲンコツをされる事はありましたけど、平手打ちとかはなかったと思います」
ええご家庭に育ってんやな。
「うち、母親、切れるとえげつなくて……。俺はあんまり怒られないんだけど、姉御はもう見てられないくらい酷い折檻されてたんだわ……」
「えっ!?」
二人は、嘘でしょと言わんばかりに目を丸くする。
「私もどんくさい人だから、しょっちゅう母に怒られて。殴られるか、叩かれるか。冬場なんて、お庭に連れて行かれて"泥の檻"に放置よ」
笑ってたけど、ジェル姉の目にうっすら涙が光っていた。
「お外だから、檻の中寒くて。そしたら、必ずカルヴィンが湯タンポとタオルと古新聞持って来てくれるの」
「寒いやん。女子は身体冷やしたらあんやろ。で、一時間くらいしたら母親に『そろそろ出して下さい』って。『まだ』とか抜かしやがった時は『腹壊して、子供産めなくなってもええんか!?』って叫べば大体解除するんだけど」
「十歳になる前に、母の術を解除出来るようになってからは、お外に閉じ込められるのなくなったわね」
「『これ、修行の一環だったんでしょ?』ったら、黙ってたな」
ピンクちゃんの顔が引きつっていたが⋯⋯、姉御は続ける。
「この人ほんと面白いのよ。二人で字の練習していた時に、いつものように私、凄く母に怒られていて。泣いて泣いて書いていたから、上手に字が書けなかったのね。近くに新聞を読んでる父もいたけど、使用人と同じく何にも言ってくれないし。そしたらカルヴィンがトコトコ母の近くにやって来て。真剣な顔で『お母様、叱り過ぎだよ』って、親指立てて言うの。一瞬、目が点になったけど、なんだかおかしくておかしくて。父も使用人も吹き出したの。それで『熱心なのもいいが、そろそろ止めないか』って父がやっと言ってくれたの」
ジェル姉は手で顔を覆い肩を震わせる。ひいひいと息をしながら、思い出し笑いの涙を拭った。
「そんな事あったっけ?」
「あったわよ。この人がいなかったら、私、引きこもりになってたかもしれない」
ハンカチで涙を拭いながら、まだ笑っている姉御。
半分引いていたが、「叱り過ぎだよ」が面白かったのか、パトリシア嬢とブルジェナ嬢は笑っていた。
「で、結局、帰られるんですか?」と、ピンクちゃん。
「多分、帰らないわ。魔法の自主練したり、近くの町とかでボランティア活動でもしようかなって」
で、俺はお供ですな。はいはい、姉御にお付き合いいたしますよ。きびだんごを貰ってなくても。