第41話 その10「姉の気持ちを守るために」
帰る日の朝。割りと早い時間だったのに、一緒に遊んでた子供らの何人かが見送りに来てくれた。
「約束のお人形。あまり上手に作れなくて」
マリ姉ちゃんが、布の人形を届けてくれた。
少し汚れた白い布で二頭身。目が黒い糸で+の形をしていて、口は赤い糸でVになっている。
「ピエロみたいだな」
「きっとこれがあんたの言うピエロさんよ」
だから、ピエロさんなんていないんですよ。
ジェル姉はピエロさん人形を大事に抱える。
「また遊ぼうね!」「また来いよー!」
「またなー」「また会いましょう!」
皆に見送られて、豪農さん宅を後にした。
そして、その年の冬のある日。
母親がやらかしてくれた。
「ひどいー。ひどいわ、お母さま――!」
泣き叫ぶジェル姉。
ピエロさん人形を、母親が暖炉に放りこみやがった。
俺がジェル姉の叫びに気が付いて、子供部屋に着いた時には、ほぼ手遅れだった。
ピエロさん、半分以上燃えてた。
「なんでこんな事すんだよ!」
「こんな不潔な物を、いつまでも持っておくんじゃありません!」
「あれは村のお友達がくれたものよ。大事にしてたのに!」
「貴族の貴女が、平民しかも農民から貰った物にいつまでも拘るんじゃありません!」
「ふざけんな! 貴族やったら、平民の、ジェル姉の友達の気持ち踏みにじってええんか!? そんな母さん、母親なんて思いたくない。クソばばあ! 大っ嫌いや!」
切れた俺は母親を突飛ばして、部屋から追い出した。内側から鍵をかける。部屋のマスターキーは、執事のセバスが管理してる。いざとなったらこの部屋は開けられるのだが。
しばらく「開けなさい!」とドアを叩く音がしてたが、無視じゃ、無視。
しゃがみこんでしくしくなくジェルトリュード。
俺は彼女の頭を撫でた。
「またこさえてもらおうよ」
「マリ姉、忙しい中、頑張って作ってくれたの。また作ってなんて言えないわ」
「だなー」
俺は頭を掻き掻き考えた。
いつの間にか、ドアを叩く音は止んでいた。
イヤだけど、あのクソばばあに頭下げて、親父と交渉してみるか。
執事のセバスを伴って、俺は両親のいる部屋に行く。
母親は、父親に俺らのことをグチグチと訴えていたようだ。
長女のせいで俺がグレた的なことほざいてたようだが、違いますからねー!
両親を前に俺は開口一番「すみませんでした」と頭を下げた。
「母さんに対して、何故酷い暴言を吐いたんだい?」
「姉上の大切にしていた人形を暖炉に投げ捨てたからです」
「あれは、汚なかったからでしょ!」
「綺麗、汚いの問題ではありません。あれは、豪農さんの村人で、知り合ったお友達からいただいた物です。友情の記念です。それを醜美で良し悪しで、勝手に処分していいものではありません。親であっても許せないことはあります」
「うーむ」
「故に、俺は怒ったんです。しかし、親に向かって『くそばば』呼ばわりは良くなかったと反省しています」
「そうか」
「ですので、母上。申し訳ありませんでした」
俺は母親なる人に頭を下げた。
母親なる人は黙っていた。
「俺は、けじめとして母上に謝罪しました。次は母上が姉上に謝る番です」
「はぁ? 何故親の私がジェルトリュードに謝らなくてはならないの?」
このクソばばあ!
「そうですか。大人としてのけじめをつけることをしたくないと……。なら、俺が跡継いだら、あんたを速攻なんとかするので、覚悟しといてね」
俺は母親を睨み付けた。
「もうやめないか。で、お前はどうしたいんだ?」
「これは領地運営の話に直結します。子供の頃、領主様と仲良く楽しい思い出があるなら、将来無茶難題押し付けても、ちょっと頑張ってくれることもあるんです。この件もそうです。領民は無条件に領主の言う事を聞くとは限りませんし、無理やり聞かせれば後々軋轢を産みます」
「それで」
「施しを与えるのはガキだけでいい。そしてその施しを少し使って、領主の跡取りに奉仕して貰います。その費用や材料の提供をお願いします」
親父に頭を下げる。
「セバスと相談済みなんだろ?」
「うーん、まあ」
「なら、セバス。後は頼む」
「かしこまりました、旦那様」