第38話 その7「素敵の意味と丘の上の約束」
その日は俺だけ出遅れて、皆がいる丘の上に着いた。
なんかわいわいと揉めてる。
「これ、私のだから!」
「ジェルちゃん、返してあげて」「返してあげてよ」
「イヤ! これは私の!」
何を揉めてるんだ?
ジェル姉が、布の塊を隠すように持っている。
「何してんの?」
「カルちゃん。ジェルちゃんが、ルミちゃんのお人形取っちゃったの」
「はっ? お前、何してんの?」
「いいじゃない。私は領主の娘よ。領地の物はお父様の物で、ひいては私の物なんだからね」
「何言うとんねん!」
俺はすかさずジェル姉から謎の人形を取り上げる。
「これ誰の?」
高学年くらいのお下げの女の子の後ろに隠れていた四歳くらいの女の子が手を伸ばす。
「君のか。ごめんな」
人形を受けとると、強く抱きしめお下げの後ろに隠れた。
「何でよ!」
「人様の大事にしている物を、勝手に取ってはいけません!」
「素敵に見えたから、私が貰ってあげるのよ!」
「いけません!」
俺は両手を広げて姉のジェルトリュードを制止する。
「ごめんなさい。これはあげられないの。去年亡くなったお母さんの形見だから……」
お下げの子が申し訳なさそうに言う。
「ほら見ろ。そんなもん、取ったらあかんわ……」
「だって、素敵に見えたから」
いや、どう見てもボロ切れでこさえた手作り人形だ。素敵とは言いがたい。が……。
「あれが、素敵に見えたか……」
「うん」
「でも、その素敵は、あの子にとっての素敵で、お前にとっての素敵ではないぞ。あれは、ルミちゃんのママが最後に残したルミちゃんの為の素敵な物。だからお前が持ってても意味がない。素敵に見えた審美眼は凄いけど、諦めろ! 取ったら、あんたは酷い奴になるぞ、ジェル姉!」
うつむき加減で口をお山にし、俺を睨みあげる。
そんな顔してもだめっすよ!
俺もジェル姉を睨み返す。
「もし、良かったら、わたし作りましょうか? お母さんほど上手ではないけど」
「えっ、マジっすか」
「頑張って作ってみますね」
お下げの娘は、妹の手を引いて丘を下っていってしまった。
「マリちゃん、大丈夫かな?」
「マリちゃん、ママいなくて家事しなきゃいけないから、スゴく大変なんだよ」
女子らが口々に心配そうに言った。なんか申し訳ないなと思って、二人を見送った。
翌日の午前中。俺らは、マリルミ姉妹の家に行った。
姉のマリは庭先で洗濯をしていた。妹のルミは人形を片手に小石を摘まんで並べていた。
「こんちは」「こんにちは」
「あら、ジェルトリュード様、カルヴィン様こんにちは。ごめんなさい。お洗濯しなきゃいけなくて、遊べないの」
「手伝に来ました」
「はっ?」
「お人形の約束。おうちのことしてたら出来ないんじゃないかと思って」
「あくまで、お遊びの範疇だから気にしないでほしい」
お付きのエリーヌにも言ってある。あくまで遊びだと。労働ではなく、俺らが勝手にやってる遊びの範疇なので手伝わないでほしいと。
マリ姉の洗った洗濯物を二人で絞る。大きいのは二人で片方ずつ持って。小さいのは個別に。
ジェル姉がタオルを両手で握る様に絞っていたので、正規の絞り方を俺が教えてやった。
「あんたは、変なこといっぱい知ってるのね」
「ピエロさんが色々教えてくれましたから」
「いいなー。ピエロさん」
だから、ピエロさんなる存在はいないのだ が……。
この他にも、"泥の傀儡"で土人形を二体出して、斧持たせて薪割りしたりした。