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第17話「紫キツネと桃色タヌキの夜のお茶会」

 八時過ぎ。

 あまりに腹が減っていたので、ジェル姉の部屋へ。

 女子寮エリアは、三階へ上がる前の階段近くにある受付に許可を取れば実の兄弟なら侵入可能である。

 ジェル姉の部屋。魔具の小さいシャンデリアが天井にある。一人部屋より広い。というより、特別室で、普通の二人部屋より広いらしい。窓際に勉強用デスクセット。反対側に鏡台。デスク横にベッドが二つ。簡易の天蓋があるのがジェル姉ので、ないのがメイドのエマ用だ。女子らしい良い匂いがする。

「クッキー下さい!」

「もう無いの」

 小さな丸テーブルに座っているジェル姉がクッキーぽりぽり、空になった丸缶を見せつける。

「ひどいー! 姉御ならおやつ持ってると思ったのにー!」

「仕方ないじゃない。今日の献立あっさり過ぎだからもの足らなくて」

「なら、バラジャム下さい。持ってきてるでしょ」

 メイドのエマっちに目配せしたが、

「絶対あげませーん!」

「ケチー!」

「ええ格好しいして、女の子にご飯あげちゃうからでしょ」

「しゃーないやん。あんなん見たら渡さないかんやん」

 結局、諦めた。

 ルール上、階段まで姉妹が兄弟や家族を見送ることになっている。姉付き添いで階段に向かっていた。

 ぎぎっ

 小さくドアが開く音がして「あのー」と、聞き覚えのある声が俺らを呼び止める。

 振り返ると、階段に近めの部屋のドアの隙間から、ピンクちゃんが覗き込んでいた。

「どちら様?」と姉御。

 小さ目の平べったい青い箱を持って部屋の主が出てきた。

「夕食、譲っていただいてありがとうございます。お腹減ってるんじゃないかと思って。よろしければこれを……」

 差し出した箱を少し開けて見せてくれた。

「クッキー!?」

 丸とか四角とか花みたいなのが六種類入っている。

「わー、美味そう! マジでくれんの?」

 目を輝かせる俺を無視して、

「ねぇ貴女。私のお部屋でお茶、一緒にいかがかしら?」

 にこやかな姉御。ライバルキャラの癖に、主人公をナンパしよりました。

 再度、ジェル姉のお部屋。

 メイドのエマが三人前のお茶を淹れてくれた。

 小さい丸テーブルに頂き物のクッキーとお茶。椅子二つに女子学生二人。俺は、エマっちが使ってるベットの端に座りクッキー食ってた。

 なんか姉1がよく作ってたクッキーに似てるなと思ったが、それよりか美味しい。

「貴女、見かけない顔ね。でも、スカーフ留め同じだから同じ一年生よね。あっ、自己紹介遅れたわ。私、クライン公爵家の長女、ジェルトリュード・クライン。こっちは弟のカルヴィンよ」

「私は、パトリシア・アンジールと申します。今日、学園に来たばかりなんです」

「そうか、貴女だったのね。転校生って。この前、同じ学年の人から『実は、転校生ですか?』って聞かれて。いえいえ、入学式前からいましたわよって答えたのよ。士官学校からの転校生もあるそうだし。途中入学なんてのもあるのかしらね?」

「予定より入学が遅かった理由あんの?」

 俺はエマっちからカップを受け取り、ローズヒップティーをずずっと啜った。

「私。昨年の秋口に魔力が覚醒して。村長さんからは神職に就くよう薦められたんですけど、領主様の計らいで、アカデミーと相談された結果、私、学園に進学することになりました」

「神職? ってことは、光属性なのかしら?」

「はい」

 もじもじしながらパトリシア嬢が答えた。

「まあステキ! 光属性の人、それも同じ年代の人初めてよ。お友達になりましょう!」

 オイオイオイっ! お前、この女、お前の婚約者を恋愛攻略対象にしようとしてる乙女ゲームの主人公よ! あんたのライバルよ! ヤバない!?

 俺はドン引きして硬直していた。パトリシア嬢も唐突な申し出に困惑してる。

「貴族の方とお近づきになれるのは大変名誉な事とは思いますが、めっそうもありません」

「先生も言ってたじゃない。『この学校で差別はいけません』って。せめて、ここにいる三年間くらい色々な立場の人達とお知り合いになりたいじゃない」

 姉御、ほんまに変わらはったな。俺が知ってるゲームのあんたは、「平民?その辺の草でも喰わせておきなさい」ばりの特権階級丸出し悪役令嬢だったのに。

「このクッキー、何処のブランドかしら?」

「私のお手製です。お口に合いましたでしょうか?」

「めっちゃ美味いよ! お店出せるんちゃう?」

「ぁははっ。ありがとうございます。本当はパティシエになりたかったんです。神職就いてしまうと、その夢叶わないので。学園に行ったら、まだパティシエになれるかなーって」

 ぎこちなくパトリシア嬢がはにかんだ。

「そうだ。ステキな物いただいたから、私のステキな物、バラジャム味見していって」

「おい! 俺にはくれんのに、知り合ったばかりのピンクちゃんには出すのか!?」

「当たり前じゃない! パトリシア嬢は、大事なお友達なんだから!」

 エマっちが、食器棚の横の小さな冷蔵棚からジャムの瓶を取り出す。綺麗な小皿にジャムをのせてスプーンを添えてパトリシア嬢に差し出した。

「美味しい! 噂には聞いていたんですけど、本物食べるの初めて!」

「カルヴィンが、バラはジャムにしたら食べられる。バラの実もお茶になるって言い出して。父に頼んで、海外から食用のバラを取り寄せてもらったのよ。で、最初は本邸の庭で育てて。今は近くの農園に作らせてるの。今は実験用バラ園だけど、そのうち商品作物として扱おうかって計画してるのよ」

「ワインみたいな色をした酸味のあるお茶もバラですか?」

「ローズヒップティーよ。美容にも良いんですって」

 キョロキョロと部屋を見渡し「バラ、お好きなんですね」と、パトリシア嬢。

 ジェルトリュードの部屋の装飾品は、全体的にバラモチーフの物が多い。次に草花。次が蝶かな。

「昔はそんなに興味なかったのよ。ある時から『バラの似合う気高い淑女になれ!』って、この人が」と、俺を指す。

「バラが似合う感じするでしょ? 我が姉上は。だから、バラ由来の物をですね、摂取していただこうと。そうしてなんやかんやで、気が付けば、王子様の婚約者ですよ」

「おっ、王子様の婚約者さっ様!? えっ、そんな方とお友だちなんて」

 パトリシア嬢は、あわあわしている。

「あんた、俺の恩人やん。腹減ってるところにクッキーくれたし」

「あれは夕食のお礼で」

「怪我治してくれたしさ。これもなんかの縁と思って、姉上をよろしくお願いします」

「……。はい」

 貰ったクッキーは、俺が缶ごと部屋に持ち帰る。一時、姉御と取り合いになったんだが。それ見て、ピンクちゃん引いてたし。

「機会があればお作りしますからー」で、姉御大喜び。

 缶は返還してほしいとのことなので、後でエマっちに頼むとして。

 男子寮は、食べ物の持ち込みが禁止の為、俺は缶を服の下隠して自室に帰還。

 残りのクッキーをポリポリ考える。

 存在しないと安心してた主人公登場。

 よりにもよって、悪役であるはずのジェルトリュードと仲良くなる。

 そもそもゲームの細かい内容を知らない俺には、どうしようもないのである。

 もし、ジェルトリュードが豹変して、パトリシアに嫌がらせをしたら。

 もし、パトリシアが実は嫌な奴で、ジェルトリュードを貶める様なことをしたら……。

 色々思うも、何したらええんかさっぱりだ。

 明日から、ゲーム本編がスタートする。

 俺の死亡フラグが一つ立ってしまった気がした。

製菓職人の女子は「パティシエール」ですが、元日本人の彼の感覚では男女関係なく「パティシエ」なのです。以上。

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