第15話「邂逅!? ピンクちゃん」
授業が始まって一ヶ月あまり経つ。
眠い座学に、アホみたいに外園を何周も走らされる体力強化、室内訓練所で跳び箱みたいの跳んだ飛び降りたり、剣振るったり毎日こんな感じ。
魔法の実践訓練もあるが、ある程度出来てるのだ。
"地"の魔法はそれなりに使えるもんだから、俺にはちょっと物足りなさがあった。
今日まで、主人公であるはずの「ピンクちゃん」に該当しそうな女は、全く現れていない。
悪役令嬢であるはずのジェルトリュードが普通にいいとこの令嬢化して、世界線が変わったならそれでいい。むしろ何もなく過ぎてほしいものだった。
この日の放課後。上級生のお姉さま数名にのせられて、俺は畑の手伝いをさせられていた。
地の魔法で、空の畑の土を耕したり、"泥の傀儡"展開して薬草畑で草抜きしたり。
本来、学園内で、魔法の私的使用は禁止去れている。使えば、結界のセンサーに引っ掛かってばれる。魔痕で使用者も特定される。
が、畑や馬場での使用は、教職員許可の下なら可能だ。主に「地」の魔法が……。次が「水」。
大中小サイズの土人形に、草を抜かせてそのまま体内に取り込ませる。
複数体の操作は、それなりに難しい技だったらしく、三体、しかもサイズ違いを一気に操る俺は、お姉さまらから驚嘆された。ちょっと、鼻高々よ。
肉体労働って程でもないが、魔法の使用は疲れる。
ある程度、抜いた草を取り込んだ土の傀儡らを、畑の空き地に集め術を解除した。
「このままにします? それとも土人形に取り込ませて、畑の奥深くに埋めますか?」
「草まとめて、乾燥させたいんだけど」
草の混ざる小さな土山から、土だけ"泥の傀儡" で土の傀儡を作る。土人形に草だけまとめさせた。
「ありがとう。カルヴィン様。助かりましたー」
お姉さま方の感謝の声にホクホクして、俺は一人で内園に戻った。
わかってるよ。ええように使われてんのは。
でも、姉御以外の綺麗なお姉様から頼られたいんや。ちやほやされたかったんや! こういう時以外、綺麗な女子と関わる機会ないんや!
綺麗なお姉さんは好きですか?
ハイ! 大好きです!
それだけや!
内園南門を抜けて、室内訓練所裏の庭園を通らず、校舎側から講堂に向かおうとした時だ。
南東の古い塔の辺りで、男子らがワイワイ騒いでる声がする。
楽しそう感じではない。
低木や普通の樹木なんか生えてる所に、微妙な広場みたい場所がある。校舎裏で、放課後なら目立ちにくいのだろう。
「地の魔法なんて、外でないと役立たずじゃねーか!」
「国土防衛には、地の魔法が一番だぞ」
「風は、どこでも使える! 風こそ一番だ」
「水だ! 水が無ければ生き物は生存出来ない!水こそ一番だ!」
しょーもな。
そりゃ「地」は、土のあるお外でないと使えないよ。
でも、乾燥してる砂漠では「水」魔法"水錬成"は使いにくいし、「風」魔法も、空気に鮮度が必要だから、そんなことで揉めてもなぁ。
で、喧嘩勃発。殴り合います、男子だから。
拳と拳で理解しあえんのか、あいつら?
赤と青。スカーフ留めの色から、一年生と二年生ですかい。
ハトハトハトハト大乱闘! じゃないわ。
「ちょっと、皆さん止めましょうよ!」
十人もいない集団乱闘の中、俺は割って入った。
ゴチーン
一人の男子学生の拳が俺の顎に直撃。
俺はふらふらと後ろに下がると、そのままひっくり返ってしまった。
ギリギリ受け身取ってたので、頭は地面に打たなかったが。
「誰、こいつ?」
「あっ、クライン公爵家の」「偉いさんとこ? やっべーじゃん!」「逃げろ!」
蜘蛛の子散らすように男子学生が逃げていく。
介抱してくれー!
顎からこめかみ辺りまでが痛くて動けない。
痛みがひくまで、寝とくか。
俺はそのまま目を瞑った。
大して時間は経ってないとは思う。
目を閉じているのに妙に明るい。そして、暖かい。痛みが引いていく。
"地の癒し"、"風の癒し"、"水の癒し"どれにも該当しない治癒魔法だ。
誰?
俺はうっすら目を開けた。なんか二つのお山でお顔が見えない。
「大丈夫ですか?」
くぐもったような女の声。キャピキャピした風ではなく、可愛らしさと大人しさが合わさった感じ。
俺の顔を覗き込んだのは女子学生だ。スカーフ留めが赤。俺らと同じ学年。白い肌。キツネ顔の姉ジェルトリュードと比べると丸っぽくてタヌキ顔。濃い桃色の瞳。少しウェーブかかった桃色の金髪に赤いヘアバンド。
「ピンクちゃん!?」
俺はガバリと起き上がる。
「ぴっ、ピンク?!」
彼女は戸惑っている。
「誰ですか? 魔法を使ったのは?」
植え込みの陰から年配男性の声がする。
庭師兼見回りのおっちゃん職員だ。
「助けてくれて、ありがとう。あんた、早よ、逃げて。職質されてややこしなるから」
「えっ、……はい」
よくわからないという顔をしていたが、ピンクちゃんは講堂の方に駆けていった。
彼女の姿が見えなくなるのを確認して「俺です。怪我しました。助けて下さい」と、おっちゃん職員に手を振った。