2 「花の蕾と春の嵐を呼ぶ女」
内園の庭園に置いてある鉢植えのまだ小さいバラの苗を見た後、外園の庭園に向かう。
「せっかく蕾が付いてるのに、取らないといけないのが、心苦しいのよね」
「そのままだと根っこが張らないらしいから。しゃーないよ。人間も同じ。早熟が良いとは限らない。じっくり育てられるならそれがええんや」
外園の庭園。
四月になってすっかり春だ。色とりどりのバラ以外にも春のお花が咲いている。花に興味がないので、お受験対策で習わないお花の名前を俺はよく知らないのである。
そんな春麗らかな場所。
娯楽の少ない学園において、数少ない憩いの場所でもある。
いくつかあるベンチ。いつもなら何組かの学生が同性異性の組み合わせ問わず座っている。
庭園入口から見えた。
今日は一組。同輩学生の男女。
おぼっちゃんことW。そしておひぃさんことB嬢だ。
俺らは二人にバレない様に、植え込みに隠れて様子を伺う。
彼らはお互いの片側と片側をピッタリくっつけて寄り添っている。
手は繋いでいない。お昼寝なのか、眩しいのか、目を閉じて春の日差しを受けながら、この世の細やかな幸せをしみじみと全身で感じているかの様。
どっかで見たなー。こんな感じのを。
あー、あれだ。前世にて。昔貰った円盤のアニメだ。白いカバみたいな自称妖精が、似た様な女子のカバみたいのと時々二人寄り添って丸太ベンチに座ってたな。互いのしっぽを絡ませて。
ちくしょー、リア充爆発しろ!てか、俺だっていつかピンクちゃんと!
「いいなー。私も殿下と二人きりで日向ぼっこしたいなー」
小声でジェル姉がぼやく。
「お前ら、特権で庭園貸し切ってイチャイチャしてるんちゃうの?」
「イチャイチャって、人聞きの悪い!」と、ほっぺた膨らませる。「いつも誰かしらお付きの人が近くにいるのよ。Dや家来の誰か。でなかったら護衛の方がいるし。本当の意味で二人きりなんて……無理よ……」
さいでっか……。姉御も姉御で大変なんすね。
二人で、同級生らをしばらくデバガメ、でなく観察。
誰もいないと思って、キスでもせんかなー、してたら後でからかってやろうくらいの気持ちはあった。
そんな気配は全くない。二人はただただ寄り添って幸せそうに座っている。
北側から誰か来る。
女子だ。胸元が白い紺色のワンピース。背はピンクちゃんくらい。左の一部を少しまとめてぴんぴんさせた長めの髪の毛はWの髪色と似てる。
「「えっ?」」
女子はキョロキョロ辺りを見渡す。
「あいつ、もしかして……」
やばい!
あの女があいつなら……。
女はベンチの二人を見つけると、肩を揺らしドスドスとそっちに向かっていった。
姉御と顔を見合わせた。
無言で「だよね」と、確認。
そして姉弟同時に立ち上がる。
彼らの所に着く前に、件の女が二人の前に立ちはだかった。
「お兄様! その女、何者なんですか?」
両手を腰に仁王立ちでWを兄と呼ぶ女。
「やぁ、クラリッサ。もう来たんだね!」
「ええ、来ましたとも。で、そのお兄様にベタベタ馴れ馴れし女はどなたですの?」
おひぃさんはきょとんとしながらも、ベンチから立ち上がる。
「あっ、あなたがW様の妹さんなんですね。初めまして、あたしW様の同輩のB・サンチと申しま」
「そんな事を聞いてるわけではありません。何故、貴女はお兄様と馴れ馴れしくされてるのですか?」
Wが立ち上がって、「彼女は僕の友達だよ」
「ええ。お友達です」
二人ともニコニコだ。
「はぁ?!」
そりゃ、そうだろ。
どう見たって、仲の良いカップルだ。
「友達? ウソつけ!」と、なるがな。
しかし、あいつらは友達なのだ。二月に俺が告らせた。というか、お互い関われなくなってしまってにっちもさっちもいかなくなったから。
あいつらは友達だ。そして友達のままお互い「好き」でいる。ので、付き合ってはいない。
だから矛盾はない。たぶん……。
「クーちゃん。久しぶりね」
「ジェル姉さま!」
Wの妹が振り返る。
「お前、デカなったな」
「ええ。大きくならましたわ!」
ふふんと胸を張る。
こいつや、「ブラコン」は!
クラリッサ・チェインバー。Wの妹! 俺ら姉弟は「クーちゃん」と呼んでいる少女。
去年の誕生会の時は、おひぃさんよりチビやったくせに、この一年で十センチも伸びてやんの。
どうりでわからへんはずや。ゲームで見た時と、最後に見たクーちゃんの姿は違い過ぎた。