第12話「新年会のだるまさんがころんだ!」 後編
スタート位置に皆スタンバイ。
「じゃ、いきますよー。雪だるまさんが転んだ!」
急ぎすぎると前のめりになる。茶髪に青いジャケットの子供が止まりきれずに数センチ動く。
「はい、青ジャケ。アウトー!」
「えーっ」
しぶしぶやって来て、俺の左小指に自分の小指を引っ掛けた。
こいつ、毎回止まれないんだよなー。
「雪だるさんがころんだ!」
誰も動かない。心なしか、黒髪の少年が、俺から見て左の壁側に進んでた。
「雪だるまさんが、ころんだ!」
ころんだ部分で早口で振り向く。
「姉上!」
「うっそー」
「髪の毛動きすぎ」
「女子の髪の毛はセーフて言ったじゃない!」
「あんたのは動きすぎ!」
彼女もしぶしぶ子供の小指に自分の小指を引っ掛ける。
黒髪の少年が右の壁側にいた。
「だるま」で、すぱんと小指が切られた!
振り返って、テンカウントしながら唖然となる。
黒髪少年が、最初に捕まえた男児とジェル姉を両脇に抱え、凄い速さで逃げたから。
えっ!? だるまさんがころんだって、捕まった奴抱えて逃げてええんやっけ?
「ストップ!」
壁まで逃げきれなかった子供達。
どん詰まりの壁まで、二人抱えて逃げた黒髪。
「抱えて逃げるの有り!? はっ?!」
「ダメだとは聞いていないぞー」
金髪の王子様、ニコニコしながら応えた。
王子様の差し金かよ。
初めて見たわ。捕まった奴を抱えて逃げたなんて……。小さい子抱えられても、逃げれねーよ。あんなに速く!
とりあえず逃げたガキを捕まえるべく「何歩?」
「一歩!」「一歩!」「一歩!」
大股でも届かねーってんだろが――!
プラス一歩ずつにして、逃げ遅れた子供らの頭をタッチ、タッチ、タッチ。
靴投げルール無しなので、行き止まりの連中は捕まえられず。
「この中でオニしたい人?」
「やだー」「やだー」「やだー」
はい、再度俺がオニやります。クソガキが――。
定位置に着くと、王子様中心に子供らが集まってひそひそ話している。
作戦会議?
くっそ。むりくりに三人以上捕まえてやる。
さすがに、三人抱えては無理だろ。
甘々でスルーしてんだよ。厳ししたったら、三人以上余裕よ!
そしたら、三人まとめて連れ去られた!
チビッ子両脇に抱えて、姉御を背負い逃げ去った。
ガキ共は、きゃーきゃー大喜び。
「ストーっぷ! お前らええ加減にせえよ! そんなんしたら、チビッ子がわざと捕まる為に、変に動いてまうやろが! 黒髪のにいちゃん、チートやんけ!」
「うーん。困ったね。それでは、デリックにオニをやってもらうか。それで良いかい?」
「それなら、ええっすよ、王子様」
ここで、黒髪の奴がデリックだと知った。
選手交代。
で、気がついたら、全員捕まってた。三ターンで殲滅されてやんの……。
「一ターンで一名とは聞いていませんので」
だからって、一気に三人確保すんな!
なんで容赦ないんだよ。
だるまさんがころんだには、ちょっとしたコツがある。
「だるまさんが」で前に進み、「ころんだ」で停止する。
これで、確実に前に進めるのだが。
デリックの動きが速すぎて、対応しきれなかった。
俺も全員逃がすために、オニに近づき過ぎたという敗因はあったが、ギリギリのところで手刀する前に振り向かれた。
「カルヴィン様」
俺、アウト!
「あんたさー、チビッ子いるんだよ。こういう遊びは、チビッ子にお接待するつもりでやんなきゃならんのよ。分かる!?」
「殿下からの指示はありませんでしたから」と、すまして応えやがった。
あーこいつ、王子様の忠犬なんやなーと悟った。そして、もしかしたらこいつが「ポチ」じゃないかと思った。この時点では確証持てなかったのは、エリオット殿下には何人かの御学友がいたからなのだが。
そんなこんなしてる間に、大人達が子供達を探しに来た。
「こちらにいらっしゃいますよ」
王宮の女使用人が叫んだ。
うちの両親含め数名の大人達がやって来る。
「うちの娘知りませんか? 水色のドレスで、ジェルトリュード様と同じくらいの背格好なんですけど」と、ご婦人に聞かれたが、「王子様達除けば、最初からこのメンバーです。女子は、姉上とピンクのドレスのチビッ子以外いません」と答えたら、真っ青な顔でお付きの人と別の場所を探しに行ってしまった。
そして俺達は別室に連れていかてれ事情聴取。
「あなたって子はっ!」
ヒス声で怒鳴りながら、ジェル姉の髪の毛を左手で鷲掴みにし、右手で彼女の頬をパチンと打つ。
「ごめんなさい。お母様」と、涙声のジェル姉。
「叩くなら俺を叩けよ! 俺が誘ったんや!」
「この子はお姉さんなの。きちんと弟の面倒を見ないといけないわよね。それなのによそ様のお子様を」
「俺が誘い出したんや! 姉ちゃんは悪くない。それに、子供らほっぽって知らん顔してる他の親は何してた?! 走り回って、テーブルクロス引っ張り落としたり、給仕の人らにぶつかったりしたら危ないやろ。だから、安全確保した上で子供ら連れ出して遊んでたんだよ」と、俺怒鳴る。
「あのー、よそ様のご家庭の方針に口を挟むのは差し出がましいと思いましたが、躾と称して暴力を振るうのは、端から見ていて大変不愉快です」
王子様の言葉に、一同凍り付く。俺はザマーと思ってたけどな。もっと言ってやって王子様!
「彼らは、小さい子供が遊んでいるうちに迷子にならないよう、自主的に楽しく子守りをしていただけですよ。それ以上何も言わないであげて下さい」
諭すようにエリオット殿下が言ってくれた。
「かしこまりました」と親父が応えた。後ろで母親は気まずそうに小さくなっていた。
「次回から子供用の託児部屋を要求しまーす。楽しい玩具と美味しいお菓子と飲み物用意して、面倒見てくれるも人数名用意して下さい。で、なかったらお子さまなんか連れて来るべきじゃないと思いまーす」
「責任者に掛け合ってみるよ」
王子様はにっこり笑ってた。
帰りの馬車で。
両親と子供。対面で座っていた。俺は姉御の左手隣。俺の向かい側にいる母親が、ジェル姉をきつい目で睨んでいた。
「あなたのせいで私は恥をかいたのよ!」
膝に手を置いてジェル姉は小さくなって振るえていた。
「だから、怒るなら俺にも怒れよ! 王子様に指摘されてる時点で、母上のやり方がイカれてるのに!」
「もう止めないか」めんどくさそうだが、家長の威厳を保つためか親父殿が窘めに入った。
「馬もびっくりしてしまうよ」
馬の耳から離れとるやろ。馬車の中から聞こえてもどうも思わねーよと、心の中で呆れの突っ込み入れた。発言する気も起きない。
「姉上への叱責や折檻があっても、俺への体罰が殆どないのはどうしてですかね?」
簾の様に頬骨の辺りまで覆われた左の髪の毛をかき上げて、母親なる人を俺は見据えてやった。
左の額から頬にかけて斜めに伸びる茶色い傷跡。痛みはしないが、今でも触れると表面が他の部分よりもざらりとする。
姉ジェルトリュードに付いていたかもしれない傷だ。
息子に傷を付けてしまった人は、俺から視線を逸らした。
その年の春の終わり。急遽、領地の本邸に戻って来た父親から、ジェルトリュードがエリオット殿下との婚約内々定した知らせを聞いた。
めったに褒めないし、自ら抱きしめるなんてことしない母親が、「良くやりました。自慢の娘よ!」と、ジェル姉御をひしっと抱き締めて涙流しながら大喜びしていた。彼女も嬉しがっていた。
何人か候補がいたが、エリオット殿下がジェル姉を指名したのが決め手となったらしい。
ただ、社会情勢や外交情勢で、婚約が白紙になる可能性もあるので「心しておくように」と、親父に釘を刺されたが。
「良かったな、ジェル姉! やっぱり気高い女がプリンセスに選ばれるんやで! 傲ったらあかんぞ! ええ女でいろよ」
俺も釘刺した。
あの時点でも、ジェル姉は良い娘だった。
学校で悪さして婚約破棄された挙げ句、闇落ちして黒いドラゴンになって大暴れするなんて絶対考えられないくらいに。