第136話「優しい闇」
「何か光ってるけど……。これ何?」
「鏡、見てこい」
首傾げて、鏡台の前に立つ。鏡のカバー外して、自分の姿を見たジェルトリュード。
「何よ、これ?」
「黒いバタバタしたのは黒い蝶“闇の蝶”や。クズ共がぶっ倒れた理由は、闇属性魔法“精気吸引”のせい」
「だっ、誰がやったの……」
焦点が合い切らない彼女の目が俺の姿を追う。
「お前は、“元素精霊の淑女”。それも闇属性のな……」
「⋯⋯。うっ、嘘よ! 闇属性って、それも“元素精霊の淑女”って! だって、あれは稀代の悪女よ! いゃ……ふーん」
絶叫しかけたジェル姉の口を塞ぎ、鏡台の椅子に座らせる。
「落ち着け」頭ぽんぽんしてやる。
鏡に映る姉御は涙目になっている。
「闇属性魔法は何故か禁忌扱いや。おまけに先代の闇の紋章持ちは、“精気吸引”やらかして一族もろとも……。でも、お前、何も悪い事してないやろ」
彼女は静かに頷いた。口を塞ぐ手を離してやる。
「闇はだめか?」
「暗いし怖いもの……。何が潜んで居るかわからないし」
「なら、ずーっと太陽が出っ放しの夜の暗闇がない世界はええと思うか?」
「うーん。眩しくて寝られないかも」
「せやろ。夜の暗闇もまた必要なんや。明るい人が良いわけではない。その明るさに当てられて、自分はダメなんやって思わせて他の人を落ち込ませる可能性もある。根暗そうな人が嫌な奴とは限らない。実は落ち着いていて物事を静かに観察して判断出来る有能さんかもしれない。ぐっすり眠るには、夜の暗闇も必要。お前は、癒しの闇になれ。安心して眠れた後は、昼の光の中『今日も頑張ろう!』って思える優しい闇や」
「あんたは昔から上手に慰めてくれるのね」
涙を拭い、ちょっと笑うジェル姉。
「闇の紋章持ちは、王族か上級貴族の女からしか出てない。魔力無しの平民からしか出ない光と真逆なんよ。闇属性って冥界の闇に近い。それで普通の女には扱えないから、神様はジェル姉に託したんだよ」
「……」
「俺ね、ジェル姉って青いバラみたいと思ってるんだ」
「青いバラ? 馬鹿ね、それは存在しないって意味よ」
「ところがね、俺に時々面白い話してくれるピエロさんの世界では、青いバラってあんねんて」
「……。嘘でしょ」
「その世界では、遺伝子操作で青いバラを作っちゃったんだって。今までは『不可能』だった花言葉が『奇跡』や『神の祝福』とかに変わったんだと」
「そうなんだ。あるんだったら見てみたいな、青いバラ……」
なんとなく言ってみたが、実際の青いバラは全く青くない。
二十一世紀初頭。日本の飲料メーカーとオーストラリアの植物企業が共同開発して出来たバラだ。テレビで初めて見た時、「ちっとも青くないのに、なんで青いバラなん?」と首傾げたが、青いバラなのだそうだ。ぱっと見、薄紫色の花びらは、今にして思うとジェルトリュードの髪の毛の色にも似ていた。
紫が青の仲間なら、青いバラなんだろう。黒いバラが真っ黒ではなく、黒っぽく見えるから黒いバラみたいに。
「紋章の事はしばらく俺らの秘密な」
「先生に相談すべきだけど、闇属性だしね……」
「紋章持ちならブルジェナ嬢もいる。もしかしたら、クーちゃんも水の紋章持ちかもしれんのよ」
「そうなの? あっ、だから飛び級するんだ」
「折見て、闇魔法探求しよう。書籍は図書室にもあるし、マリオン商会経由があかんなら、実家から荷物として送らせればいい」
「うん。わかった」
すっかり元気になったようだ。
「で、光ってるのは、どうしたらいいの?」
「さっきと逆。魔力溜めた指で上から下になぞればいい」
ジェル姉は、早速指先で胸を撫でて紋章を消した。そして、ブラウスのボタンを締める。
コンコン
「はーい!」
「お嬢様、お茶のご用意いたします」
「開いてるから入ってきて」
俺はエマを迎えにドアを開けた。