第131話「久しぶりのあいつ」
食堂近くの手洗いが混んでたから、実験棟一階の手洗いに行く。
教務課の隣の給品部。マリオン商会の髭のジョニーさんが商品の片付けをしていた。
手洗い終えて、給品部に寄る。
「今晩は! もう店仕舞いですか?」
「今日はもう学生さん達も来やしませんから。申し込み等は受けますよ。明日の昼迄はいますし」
「そうですか? マリオンさんは職員さんみたいにプロムに出ないんですね?」
「ハハハハっ。ワタシは出ませんよ。ところで、クライン様。例のご注文の品は三月末迄にはお届け致しますので」
「了解です。おにゃしゃす」
実験棟を後にし、食堂に向かう。
立ちっぱなしで疲れた学生達が、椅子に腰掛け談笑している。
カウンターでお茶を貰い、アルコールを抜く。大したアルコール量ではないんだが。
「王子様や五剣の人達と踊れないよね」
「先輩が優先だし」
「紋章持ちの子は、一年なのにさ」
「「いいよねー」」
二年生らしい。同輩のよしみはないか……。
カップ返して、食堂を出る。
扉を開けて進んだら、人にぶつかった。
「うわっ!」「すんません」
ん? どっかで聞いたことある声……。
赤いジャケットの正装。でも、学生ではない……。
俺はぶつかってしまった人物の顔を見た。
「行商っ!」
「ちーす」
マリオン商会の髭の親父さんの息子。糸目のジョセフ・ト二ー・マリオン。ピンクちゃんの攻略対象者だ。俺、カルヴィン・クラインより攻略難易度が高い人物。
「も、もしかして……プロム参加すんの?」
「ええ。七時半から来てくれと。これも仕事の一環なんで」
糸目を弧にしてニヒヒと笑う。
そういえば、「ワタシは出ませんよ」ってたなマリオンさん……。
ワタシは出んけど、息子は出るよって事やったんや……。
「会場に行かれますか?」
「あぁ、戻る予定や」
「一緒に行きましょう」
二人で室内訓練場に向かう。
行商の左腕には、五本のミサンガがあった。赤、黄、白の組糸。
「ダンスの参加が仕事なんや」
「オレっちは平民なんで、ご令嬢から誘いやすいんす。ミサンガ消費要員っす」
「そうなん」
「親父も昔はオレっちみたいに参加してたらしいすっよ」
えっ、あのずんぐりむっくりのお髭の配管工さんみたい感じで。世界一有名な配管工さんは二十代半ばらしいけど……。
「びっくりでしょ? 独身時代は痩せてたらしんすよ」
行商がまたヒヒっと笑う。
渡り廊下を渡ると遠くから「貴様ら! 建物内に入れ!」と、副学長の怒声が聞こえた。
「逢い引きっす!」
俺の耳元で行商がボソッと教えてくれた。
「お年頃だからさ、先生も学生の管理大変だよな」
「そおっすね」
会場に入って行商と別れた。
早速、お姉さま方にダンスのお相手をせがまれる糸目の行商。
難易度高くても攻略対象者故か……。
それより……。
俺はゲームの主人公、ピンクちゃんを探さねばならない。
一本でも多く告白フラグを立てとかないと……ん?
舞踏エリア。
ピンクの髪に桃色のドレスの見知った女が、白髮白髭黒いローブの老人と踊っていた。
はっ!?
なんで学長と踊ってんの!?
演奏が終わる。
祖父さんと孫娘みたいな取り合わせが、指令台近くに消えていく。
俺は人混みくぐり抜け、指令台に小走りで向かう。
「いやはや、楽しかった」
カッカッカと笑う学長。
「ありがとうございました」と、お辞儀をするピンクちゃん。
「パトリシア嬢!」
「あっ、カルヴィン様!」
彼女の元へ駆け寄った。
息を切れ切れ「俺と踊ってくれる?」
「はぃ……、あっ」
斜め上に視線をやるピンクちゃん。
「すみません。ミサンガ全部使っちゃった……」
「……。はっ?」
「学長と踊ったら無くなってしまいました」
学長は攻略対象者ではない。なんで、貴重なミサンガを!
「ヴォルフ、学長、……。他の誰? 王子様? レオ先輩?」
「デリック様……」
ガ――――ン
デリックルートも、俺の死亡フラグ立つやつやん……。
なんでデリックと踊ってんの! あいつは、おひぃさん除いたら、先輩女子で埋まるやろ。
「なっ、なんでよりにもよって学長と踊ってたん!?」
「指令台近くにいらっしゃる王子様とジェル様の所に行って、デリック様と踊った後、学長にお誘いいただき、断る理由がなく……」
断る理由はあるやろ……。俺と踊るのは……。
「先約頂いてたらお断りしたんですけど……」
そうだ。確かに約束はしてない。でも、この一年いっぱい接点あったやん!
「なら来年! 来年や。俺の死亡フラグ全折り出来たら、絶対な!」
「あっ、はい。って、死亡フラグって何ですか?」
「うちのポチ知りませんか」では、あの人は学園に来てました。
かぁくんと会わなかっただけです。