第130話「あなたとダンスを踊るのは」
舞踏エリアのど真ん中は、踊りが得意な学生の独壇場である。
ダンスに自信のない者は、真ん中より外側で踊らねばならない。
二曲目でど真ん中きめてた王子様とうちの姉御だが、相手に合わせて外側で踊っていた。
「こうやって踊るの久しぶりだよね」
「入学前に練習したきりやな」
「足を踏まなくなった。えらいえらい」
「それって、いつの話!?」
たった三分。長いようで短いようで……。
姉御とミサンガを交換する。彼女の右腕には白と銀色の糸で組まれたミサンガが輝いていた。交換が終了すると皆エリアから退場する。
次の曲までおよそ一分。
「ヴォルフ、探さんと」
「殿下のとこに行ってくる。ヴォルフ見つけたら、ドリンクテーブルの近くの壁際にいてねって伝えて。あんたも付き添ってね」
そう言うと、ジェル姉は王子様達の所へ行ってしまった。
俺はどこかにいるはずのヴォルフを反時計回りに探した。
まあなんだ。一生懸命意中の人物を踊りに誘おうとやっきになってる者。誘われるのわかっててお高く止まってる女子。
なんか諦めて壁の花やススキになりかかってる学生。
南側の真ん中の壁際に一人で佇むモスグリーンのドレスを着たキャロリンの前を通る。似非姫二人がいない……。てっきり、壁の花やと思ったのだが……。
皆、諦めんな!と思いつつ、パトリシア嬢を誘いたいのに彼女もいない。手洗いか?
指令台のあたりに先生方がいた。
メガネ先生に女学生達が集まっていた。
「まだ始まったばかりだろ。誰か誘えば?」
「でもー」「今年で卒業なんですー!」
ティーダ先生は子持ちの既婚者である。
イケメンは既婚者でもモテモテだな。
「先生、お願いします!」「お願いします!」
野太い声に囲まれてたのは、医務のディアナ先生。シンプルな黒いドレスの上に白いカーディガンみたいのを羽織っている。
「だからさぁ、七時半まで頑張って誰か誘いなよ」
「先生がいいんです!」「ディアナ先生、お願いします」
非モテの士官学校組とヒョロガリのボンボン達。
あれか、踏まれてご褒美とかそんなんか……。ディアナ先生、ドSっぽいし。
「学長、お願いします」「最後ですからー」
「困ったのー」
先輩女子に囲まれてたのは学長。
さっき厳しい口調と覇気で、馬鹿学生に処分下してた老人とは思えない。
若いねぇちゃんに囲まれてデレデレですやん……。
以上、学生にモテモテの先生方でした……。
って、違うわ!
楽隊の前を通り入口へ向かう。
手洗いは、講堂校舎一階と、宿舎、実験棟一階が解放されている。室内訓練場の更衣室横の手洗いは学生は使えないからだ。
出入口から外を覗こうとした時だ。
「うわっ!」
俺とぶつかりかけたのは、ヴォルフだった。
「すまん」「いえ」
「お前どこいってたん?」
「サラを誘おうとしたら、先輩方に阻まれて」
「人集りになってたからな」
「違うんです。サラ目当ての先輩達の仲間に邪魔されてました」
「うわー。策士!」
「それでパティが気を利かせてくれて、舞踏エリアに逃げたんですけど……」
「また捕まった」
「外に連れ出されて、何故かさっき解放されました」
「王子様に連れてかれたからね、おひぃさん」
「そうですか……」
俯き加減で俺から視線を反らす。
「あっ、そや。姉御からの伝言。『ドリンクテーブル近くの壁際にいてね』だとさ」
「ジェル様が?」
「踊りの誘いか? あの人も立場上、変なんに誘われたら色々と困るから」
「わかりました」
六曲目が始まる。
目的の場所に近い舞踏エリアにデリックとブルジェナ嬢がいた。
ヴォルフが立ち止まった。
「……。取り敢えず、行くぞ!」
俺はヴォルフの袖を引っ張って、ジェル姉指定の場所に向かった。
壁際は既に人がいる。
食い意地がはってんのか、壁ススキに成り下がってんのか、ガタイの良い人らが軽食コーナーに集まっていた。そいつら横目に、舞踏エリアを眺める。
黒い騎士と緑の姫……。
世界むかし話なアニメですかね……。
次回の太陽祭で一つお話こさえましょうか……。
二月の仲直りからヴォルフは変わった。俺や他の男子学生とおひぃさんが話していても、何とも思っていない感じだった。
でも、あいつに対しては違うらしい。
二人から視線を外し、俯いて別の所を見ている。
重いオーラを放つ友人の隣にいる俺。こっちもしんどいんやが……。
俺が思うに、うちのメイドのエマっちとポチは超ポーカーフェイスだ。
鉄面皮と俺は評しているが、それでも驚いたたり焦ったりする時は表情はある。
ポチは普段分かり易い表情をしやしない。勝負事の時は、静かに闘志を燃やす目がヤバいが。
西村の宿で俺にぶち切れた以外、子供の頃から雰囲気でしか感情が判らない。
でも、今はわかる。
楽しいのか嬉しいのか、少し表情が優しい。
おひぃさんもなんか楽しそう。
見たないよな、こんなん……。
演奏が終了した。
舞踏エリアの二人が、互いのミサンガを交換する。
おひぃさんは次誰と踊るのか……。王子様の家来なら、火か風属性の奴か……。
と、思ったら、デリックがブルジェナ嬢をエスコートしてこっちに来る。
「おひぃさん来たぞ」
俺はヴォルフの肩を揺さぶった。
「えっ?」
ヴォルフもてっきり、ブルジェナ嬢はエリオット殿下の元に行くと思っていたようだ。
「カルヴィン様、ブルジェナ様をお連れしました」
「ブルジェナ様なんて、あたしは平民ですから……」
「貴女は“元素精霊の淑女”。この国では特別な女性ですので」
「今日だけにしときや。おひぃさん、その立場で扱われるの苦手やから」
俺は苦笑する。
「それでは、失礼いたします」
一礼すると、指令台近くにいる主の所に戻って行く。
「デリック様、次はわたくしと踊っていただけませんでしょうか?」
「いえ、私と!」
早速、五人くらいの女子に囲まれてた。
「申し訳ございません。まず主の所に戻りますので」
丁重にお断りを入れ足早に立ち去ろうとするが、女子達はぞろぞろとポチに纏わりつくように、彼の後に続いた。
「……」
「さすが王子様の騎士。モテる男は違うね……」
「あたし、踊って良かったんですか?」
「ええんちゃう。あんた特殊仕様の女子だから」
「サラ……」
「はい!」
「次、僕と踊ってもらえるかな……」
自信なさげにヴォルフが尋ねる。
「もちろんです!」
おひぃさんの目が輝いた。
「あたし、喉が渇いてるので、何か飲み物取りにいきませんか?」
「そうだね。僕も喉渇いちゃった」
二人は手を繋いでドリンクテーブルに向かった。
配膳係の黒髪眼鏡ちゃんが、二人に飲み物を渡した。
エイミー嬢ら四人で軽く談笑している。
「もう時間ですよ」と、急かされて二人はグラスの液体を一気に流し込む。黒髪眼鏡ちゃんが二つのグラスを受け取った。
二人の同級生に見送られ、ヴォルフ達は手を繋いでスキップする様に舞踏エリアに向かっていった。
再度飲み物を貰いに行く。
「びっくりでしたね?」
エイミー嬢が俺にグラスを渡してくれた。
「姉御達が気を利かせてくれてて助かった」
「予め接点がないと、お誘いしても断られる確率高くなりますから。受けたら受けたで、別の軋轢が生まれるし」
エイミー嬢が苦笑する。
「エイミー嬢! お暇ならオレと踊って下さい!」「いや、おれとおれと」
「今、仕事中です! リリもです!」
間髪入れずにお断りする同輩女子。すごすご撤退する先輩男子達。
「あたし達はカフェテリアのお仕事で、色んな学生と顔馴染だから」
「軽いのが来るのね……」
「ええ。ブルジェナ嬢は、剣術大会のランチにリレー大会とか濃い接点がありましたから。立場違えどぶっちぎりでエリオット殿下の勝ちですよ」
「一緒に踊っただけで、恋愛フラグ立つか?」
「お誘いがあったら多少なりとも意識しますって。ましてや、手と手をとって三分間向かいあってたら」
そうか。なら早ピンクちゃん探さないと。
「ねぇねぇ、リリ。デリック様とヴォルフ様、どっちがブルジェナ嬢とお似合いだと思う?」
エイミー嬢が友人に尋ねた。
「えっ!? どっちって……」
急に話を振られて黒髪眼鏡ちゃんがキョドっている。
「カルヴィン様的には、ヴォルフ様とブルジェナ嬢が良いですよね……」
「カルヴィン様関係ないじゃん」
「いやまあ。ヴォルフは俺の友達やし」
そやねん。
"ヴォルフルート"が開通してしまうと、俺は死ぬらしいので、おひぃさんが最後にヴォルフと踊ってくれるが大変ありがたいのだ。
「付き合いが長い友達を応援しちゃいますか」
「うん、まあ」
デリックの方が先にブルジェナ嬢を好きだった。俺の命になんも関係ないなら、貴族のしがらみがない平民出身のポチを応援していたかもしれない。
本当に申し訳ないなと思っている。