第126話「プロムにまつわる前日譚」
卒業式二週間くらい前から、宿舎の方は慌ただしかった。
毎日誰かしらの部屋に届く荷物。で、なかったら受付に「私の荷物は届きませんか?」と、問い合わせる女学生が訪れていて、なかなか自室の鍵が受取れない事があった。
荷物とは、プロムで着るドレスである。男の場合も正装用の一張羅なんだが。
製作期間もあるので、一年前から仕込んでた人もいるとか。
実は我が家も夏休み前から衣装は決めていた。王都の別邸に出入りしている仕立屋さんのカタログが届いており、そこから選ぶ事になる。
男のスーツのデザインなんぞ、似たり寄ったりだ。俺の髪の毛の色に合わせて、紺に近い紫色のジャケットのを選んだ。
カタログが届いた翌日の夜。姉御の部屋。
「これ、どうかなー」と、ジェル姉が見せてきたドレスに、俺は息を飲んだ。
首から胸元にかけて紫のシースルー。肩から腹部にかけて濃い紫色。真ん中は白のレースで、腰から足元にかけて薄くなっていく紫色グラデーションのスカート。
色を黒くすれば悪役令嬢どころか悪の女王様か、悪の組織の女ボスである。
そして、このデザインはゲームでジェルトリュードが着ていたドレスだった。
「やっ、やめよう!」
「えっ、なんで?」
不思議そうにジェル姉は俺を見つめる。
「いや。色が濃いからさ。ジェル姉の髪は薄紫に光るから淡い色のがいいんじゃね?」
「そっかー。ならー」
ペラペラページをめくる。
「これかなー」
ピンクのドレスを指差した。
「お前、ピンクあんまり似合わないんだよ。ピンク以外は割りとええ感じなんだけど……」
「んー、デザインが……」
「なら、ピンクから薄紫色というか淡いすみれ色にしてもらったら?」
「そうねー。あんたが言うなら。エマ、どうかしら?」
メイドのエマっちに話をふる。
「はい。素敵だと思います」
「じゃあこれに決定ね。髪飾りはバラのにしようかなー」
俺が胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。
そして、俺らの衣装が届いたのは、卒業式の一週間前だった。
「見て見てー!」
試着したドレスを俺に見せびらかす。
「ええやん。てっきり、バター食いすぎで採寸時より太って入らんかと思ったわ」
「あんた、失礼ね! むしろ、こっち来て少し痩せたわよ。ね、エマ?」
「体重は少し増えられましたが、お体は少し締まられました」
「……」
「それは筋肉がついたんや。胸が痩せてないなら尚良し!」
鎖骨がよく見えるスクエアカット。胸の谷間がチラチラと。
お前はそれで、王子様を悩殺しろ。
ゲーム中、メインキャラでお胸がデカいのは、ピンクちゃんか姉御だけだ。