第120話「主人公があれやったら、悪役令嬢はそれに決まってんだろ!」
静まり返る狭い部屋。ただカチカチと時計の針が刻を刻む音だけが響いていた。
そんなに時間は経っていない。一分以下だと思う。けれども長く感じられた。
「君は“元素精霊の淑女”にご執心だね」
「二十五年毎に出てくる特殊な人らですよ。しかも同級生がそれだった。興味持たない方がおかしいじゃないっすか? それに」
「それに?」
「今回があれなんでしょ? 五十年毎に現れる光属性の紋章持ちの出現タイミングって」
「……」
「すると、光に対しての闇、闇属性の紋章持ちの出現タイミングでもある。なら何処かで光属性と闇属性の人に会えたら面白いかなーって。駄目ですか?」
「研究者としての好奇心は止めない。でも、個人の無闇な興味は関心しないな」
「俺は昔から正しく面白い事が大好きなんです。だから間違ってると思ってません。先生がはっきり仰っしゃられないなら、俺の仮説聞いてもらえます?」
「仮説としてなら」
「光の紋章持ちは、主に魔力を持たない庶民から現れる。これは光属性と大して変わらない。闇の紋章持ちは……闇鴉からと思いましたが、そんな文献はなかった。彼女達は、魔力を持った貴族の令嬢、それも上級貴族や王家の血筋の人」
「それで……」
「図書室でも閲覧制限されていたり、マリオン商会に取り扱い拒否された書籍や文献があったりで大変でした。家の者に頼んで資料の写しを送ってもらいましたよ。前任の闇の紋章持ちの方、今は無き公爵家のご令嬢のはず。しかもその家、王家の血筋でもあった。跡目争いに巻き込まれ不遇な少女時代を過ごし、なんの因果か闇の紋章を発現された。その後、闇魔法を解放し沢山の人を殺した。彼女は他の紋章持ちに討伐された。大量殺人を犯した闇の紋章持ちを排出した咎でその公爵家はお取り潰しになりました。当時の新聞では、『悪鬼闇の魔女を持ちを討ち取った美しき“元素精霊の淑女”達』と見出しが躍る記事がありました。が、後年、紋章持ち方々のインタビューでは『彼女の苦しみを早く救ってやれなかった事を未だに後悔している』とあったので」
「ここ数百年で出自がはっきりしてるのは、五十年前に現れた人と二百年前に王族と結婚された方だけだ。それ以外は『いたらしい』『会った事がある』『勇者に殺された』程度の情報しかないんだよ。王族とご結婚された方がいるので、闇魔法で危険行為や犯罪をしなければ、咎人の扱いを受けるものでは無いと考えるよね」
「俺心配なんですよ。闇の紋章持ちが心おかしくなって、闇落ちして黒いドラゴンになって大暴れしないかって」
「黒いドラゴン……? 変身?」
素っ頓狂な声を出すメガネ先生の眉間にシワが寄る。
「はい、黒いドラゴンです。闇の紋章持ちって、黒いドラゴンに変身するんでしょ?」
「……? 何言ってるの? 闇の“元素精霊の淑女”が扱う精霊は黒い蝶“闇の蝶”だよ」
「えっ?」
「えっ?」
妙な沈黙。
「黒い蝶……?」
「そう、黒い蝶」と、ティーダ先生が、自身の親指を交差させ掌をパタパタさせる。
「五十年前、闇の紋章持ちは黒い蝶を無数に放って“精気吸引”を行った。生命力の高い人で助かった人もいたけれど。『みんなみんな、全部壊れてしまえ! こんな世界、大嫌い!』と叫びながら。だから殺意有りとみなされて。君、太陽祭で黒い蝶の話してたから、てっきり知ってるかと……」
「あっ、あれ? ドラゴンになると思ってたから、黒い蝶の事見落としてたかな……」
冷や汗かいて頭掻き掻き……。
「闇の紋章持ちは“闇の蝶”。月の虹の様に漆黒の羽に虹色の光沢を纏っているそうだ。因みに、光の紋章持ちは“光の鳥”。これ三年のテスト範囲だからね」
「はははははっ。そうなんですか、すみません。今日は長々とありがとうございました」
メガネ先生にお礼を言って退出した。
屋内訓練所にある更衣室に向かう。
なんかわけわからんくなった。
パトリシア・アンジールが光の“元素精霊の淑女”なら、物語の構成上、ジェルトリュード・クラインが闇の“元素精霊の淑女”のはずだ。
俺がゲームのラストバトルで見たのは、黒いドラゴンと化したジェルトリュードが「みんな大嫌い!」と喚き散らしながら、主人公達に襲い掛かるシーンだ。時々、黒いゴブリンみたいの出したり、口からコウモリみたいなバタバタ飛ぶのを出したりして、攻撃していた。
あのコウモリだと思っていたのは黒い蝶だったのか……。
そもそもなんであいつ、黒いドラゴンに変身してた?
もしかして世界線変わった?
未来で待っているのは、アホみたいにデカい黒い蝶に変身したジェルトリュードが、鱗粉撒き散らしながら大暴れするとか?
それって白い蛾ならぬ黒い蛾ですか?
小さい美人二人に歌ってもらうか……。
って、なんでやねん!
更衣室。
体操服に着替えて、土嚢入りリュックを背負う。
友人は今何周くらいしてるだろうか?
建物を出て俺は西門から外園に出た。
今はただ、自分に出来る事をやるだけだ。