第119話「闇の鴉」
翌日の日曜から先輩らによる強化訓練が始まった。
まずは、土嚢を入れたリュックを背負って外園の円路を数周走らされた。
「重いですね。走り難い」
「亀仙流の修行かよ……」
「カメセンリュウって何ですか?」
「気にせんで! 今は一個だけど、徐々に増やしていくらしい」
「午後は、体術でしたっけ?」
「体が動かないと剣術しても意味無いんだと」
「先長いなー」
そんな事言いながら、二キロ分くらい走っていた。
何故俺がヴォルフを誘って修行してるのか……。
ブルジェナ嬢に告る日までに、あいつに自信を付けさせるのが目的ではない。それは副産物のきっかけに過ぎない。
おぼっちゃん……。こいつ、ゲームじゃ一番弱いらしい……。
お姉らが「おぼっちゃんは役に立た無いよね」「ラスボス戦は、防御回復担当で終わるからね。MP切れたら使えないし」
こんなん思い出したら一緒に修行したなるよ。
二年時。学園を退学になったジェルトリュードは、家族を殺す。帰省していた俺は巻き込まれる形で。帰省しないならしないで、ラストバトルで黒いドラゴンになったジェルトリュードにプチっと踏み殺されるか、ガブッと食い殺されるか……。腹の中から助けだされても、やっぱり死ぬみたいだし。
少しでも強くなっておかないと。そして戦力は少しでも強化しておかねば……。
*
水曜日放課後。少しの時間だけ、トレーニングを休ませてもらい、俺は眼鏡先生のもとを訪ねた。
実験棟の東隣に教員宿舎のがある。建物自体はそれ程大きくない。
二階。北側の東側の角部屋の隣のドアをノックする。
「カルヴィン・クラインです」
「どーぞ」
ドアを開けて中に入る。
「失礼しまーす」
そんなに大きくないベッド。窓際に机。木製の本棚には、ぎゅうぎゅうに詰まった沢山の書籍と乱雑に置かれた書類の束。天井には、魔力で光る照明の魔具が狭い部屋を薄く照らしている。
ベッドの壁に小さな木製フレームに入った切り絵が飾られている。上に右を向いた女性の横顔と、左を向いた子供の横顔。先生の奥さんと子供だろう。
学生の部屋と比べると狭い。必要最低限の環境。建物は空調機能の魔法が施してあるので、ここも寒くはない。
木製の椅子は普通の椅子だ。ここが日本の学校なら先生は回る椅子なのだろうけど。
「で、どういう質問?」
「えーと。先日もお断りさせてもらいましたが、他の学生には聞かれたくない質問なので……。複数個です」
「短めに頼むね。長くなると別料金取らないといけなくなるから」
「まず。属性相性の件です」
前にヴォルフに話した「元素属性は人間にインプット済説」を披露した。
先生はうんうんと真面目に聞いてくれていた。
「それに近い説は昔からあるんだよ。でも、証明しようがないから天与説が通説なんだ」
「天与説ではなく、さっきの説で話します。ヴォルフとブルジェナ嬢の関係です。ヴォルフの妹のクラリッサは水属性に目覚めたそうです。それだとヴォルフも水属性を持っている事になり、今火属性のブルジェナ嬢と一緒になった場合、子供の無属性になります。でも、クラリッサが水属性に目覚めたのでなく、水の紋章持ちになってた場合、どうなんでしょうね?」
先生の眉間にしわがよる。
「あくまで仮説ですよ、仮説。もしそうだったら、兄のヴォルフには関係ないかなって。ただ、子供は二種属性持ちになるかな」
「頑張って調べたんだ」
「はい。冬休みに」
「自分の事ではないのに熱心だね」
「自分の事でなくとも、俺らの友人の事なので」
いや、半分俺の事です。あいつらの幸せの上に俺の生存確率が乗っかっている以上、無視は出来ない。
「仮説としておくけど、やってみないと判らない、としか。なにせ二十五年毎にしか現れない人達だから。魔力無しや無属性相手なら分かり易いんだけど、紋章持ちの元素属性が出なかった場合もあるから。アカデミーも調べきれてないし」
「そうですか。わかりました。で、次の質問です。この学園に存在しない属性について」
ティーダ先生の顔つきがまた変わった。
「それは?」
「闇属性です」
先生は沈黙する。少しの間を置いて息を吐いた。
「闇属性について、まだ教えてないよね」
「三年でちょろっとですよね。社会的にタブーになっている属性です。でも、魔法の種類を見る限り、そこまで禁忌扱いされるような事なのかと。中にはめちゃめちゃ便利な魔法があるのに」
「闇属性の魔法は、光属性と対比する魔法だ。それ故に女神に近い扱いされる光属性に対して、冥界の闇や瘴気と混同されている……」
「闇属性魔法を使える人を俺はまだ一度も見た事はないです。そもそも、闇属性って、王立学院にいた時に同級生から初めて聞いたくらいです」
王都にある王立魔法学院。魔力持ちで貴族と金持ちの子女が通う学校。小学校中学年から高校一年くらいまでの年齢の奴が通う。
我が家は俺だけが通ってた事がある。十歳くらいの頃。王都にいる数ヶ月は通ってみるかと入学した。が、大した魔力もなく魔法もろくに使えないくせに、爵位や出自マウントばかりが激しく、「こんな所にジェル姉は通わせられない。こいつらに毒されて性格捻くれたら俺の命がやばい!」と、判断して一週間しか通わなかった。
そこにいた連中が悪口の煽りで「薄汚い闇属性だろ!」とか「汚らわし闇鴉」と罵ってたからだ。先生らが、「その暴言は言ってはならない!」と激しく叱っていたが、闇属性者を庇う的意味ではない。
勿論、あの学校に闇属性魔法持ちなど一人もいなかった。
「瘴気対策魔法なら、光属性のより闇属性のに強力なのがあったり、全属性唯一の魔法“瞬間移動”、こんな便利な魔法使えば良いのにとしか」
「どちらも高位魔法だ。全ての闇属性の者が使えるわけではないからね」
「大昔、闇魔法使いが王族や貴族のお偉いさんを暗殺しまくってたから排斥されて今に至るみたいですけど。それも変な話で、暗殺家業なら全属性万遍なくいたでしょ」
「根付いてしまった価値観は、社会通念に溶け込んでどうしようもない事もあるんだよ」
「うちの父が『移動が大変だから闇鴉一匹欲しいんだけど』みたいな話を他の貴族のお偉方としてた事があって。なのに、彼らの移動や所属は制限されている」
「領主貴族による反乱防止かな。簡単に移動出来ると兵隊連れて王都で暴れられたら困るから」
「そんなもんすかね。俺も馬車の移動大変なんで、便利なら家来に一人欲しいすよ」
「彼らが何処に居るか知ってるかい?」
「アカデミーの近くの辺境伯領でしたっけ。資料だと農耕酪農、養蚕して暮らしてるってありました」
「アカデミーの南西、ジルバーナ辺境伯領にいるよ。アカデミーに研究協力の為に出入りしている。それは国から許可が降りてるから」
「先生は闇属性の闇鴉に会った事あります?」
「あるよ、アカデミーに出入りしてたら見かける。昔はこの学園にもいた事があるんだよ。学生としてね……」
先生の顔がちょっと曇った。昔を懐かしむ様で、それでいて淋しげで。
「じゃ、闇属性ついでに教えて下さい。これが最後です」
「何かな?」
「“元素精霊の淑女”について。それも闇属性の紋章持ちの事です」
ティーダ先生の目の奥が険しくなった。