第112話「パンの味」
「恩人……? おひぃさんが? 一体、お前の何を助けるの?」
「……。子供の頃の話です。殿下のお側に仕えるずっと前。オレの両親は他界して、祖父母に引き取られました。祖父は、落ち込んでるオレを見かねて、近くの港の春祭に連れていってくれました。丁度、進水式もあり、初めて目にした大きな船に魅せられて。気が付くと祖父母とはぐれてしまいました。町に着いた時、はぐれた場合の待ち合わせ場所を教わっていたはずなのに、忘れたと言うか聞いてなかったというか……。祖父母を捜しましたが見つからず、精神的にも疲れてお祭のエリアから離れた通りの薄暗い建物の前で座り込んで泣いてました。オレは無属性でも魔力持ちです。『魔力持ち子供は拐われる。拐われたら二度と家族に会えない』実際、魔力持ちの子供が拐われる事件はありますし……。それを思い出したら怖くて怖くて」
「お前みたいな奴でも、怖いモノがあるんやな」
「ええ。人並みに……。独りぼっちの寂しさでどれくらい泣いていたのかはわかりません。そんなに時間は経っていなかったのかも……。お腹は空くしで。そしたら、『こんなところで何してんの?』女の子の声でした。顔を上げると、青い繋ぎズボンに白いシャツ。斜めかけの麻カバン。緑のポニーテール。自分より年下っぽい女の子が棒の飴を口に咥えて、オレを見下ろしてました。『迷子になって、待ち合わせの場所がわからない』そう言い終わらないうちに、彼女、咥えてたさくらんぼサイズの飴をオレの口にねじ込んできて。しばらくグリグリされた後、飴を引き抜かれて。ぶっきらぼうに『元気出た?』そのまま手を引かれて丸い噴水のある広場に連れていかれました。噴水の縁に二人並んで座って。一方的に彼女はオレに話していました。でも泣いてるオレは全然聞いてなくて。そんなオレの鼻先にハムを挟んだ丸いパンを差し出して『食べな! 二つあるから』と。腹も減っていたので遠慮なくパンを受け取りました。パンをかじりながら、彼女は、実家はパン屋で、今両親は出店で忙しい。兄は店の手伝い。弟は小さいから近所のおばちゃんの家に預けられた。自分は暇な友達を探しながら、迷子を見つけたら憲兵さんに届ける仕事をしてるのだと……。」
なんとなく見えてきた。
「パンも食べ終わり、彼女の水筒を飲み回していると、オレの祖父母がやって来ました。嬉しさと心細さのぶり返しで祖母に抱きつい泣いていたら、「よかったね」と、彼女が立ち去ろうとしていて。お礼を言って名前を教えてくれとオレは言いました。『あたしの名前長いから、みんなはサラって呼んでる。それじゃあね、泣き虫さん!』ニカっと笑って、そのまま駆けていってしまいました」
そういう事か。
「それから祖父の知り合いの剣術道場に通って、オレは剣の修行に邁進しました。再びあの子に会った時、ちゃんとお礼がしたいから。そして、もう二度と『泣き虫さん』と言われない為に、強くなりたかったから」
いや、多分、その時からポチはフィジカルは強かったと思うぞ……。
「しばらくして、オレはエリオット殿下の御学友に推薦されて。百人程いた候補者の中から上位に残り。そのまま御学友として過ごした幾人の中から護衛も兼ねる役割を与えられました」
「だから、恩人……」
「自分を選んでくれた殿下と、あの時助けてくれた女の子は、オレにとって人生最大の恩人なんです」
「で、その女の子がブルジェナ嬢と同一人物とはわからんよな」
「剣術大会でいただいたサンドイッチが、あの時食べたパンの味と似てました。もしかしてと思って。でも、あの人に出身を聞く機会がなかなかなく。リレー大会の後の景品で、カフェテリアにお誘いしました」
「五歳違いの兄貴と弟。実家がパン屋。エストポート出身……」
「彼女のミドルネーム、サラと言います」
そう言えば、学年名前一覧でおひぃさんの名前の真ん中にSが付いてたっけ。それにピンクちゃんが「サラちゃん」ってたな。親しい人にだけミドルネーム呼ばせてたんか……。
俺は勘違いしてたんや。
ゲームでヴォルフが言っていたのは「皿を盗られちゃった」ではなく「サラをとられちゃった」だったんや……。
皿、皿ってたから、てっきり河童の話かと……。
英語とラテン語が混ざった様なこっちの言葉と日本語で思考してるから、ごっちゃになっとったんや……。
ゴホンと咳払いして俺。
「で、ここまで来ちゃってどう帰るつもりだった?」
「それでしたら、徒歩で戻ろうかと。あの人が歩けないなら、オレが背負って戻れば帰れます」
本当、こいつフィジカル化け物かよ。
「まじで? 泊まりなら?」
「うーん。この村の宿なら、夜行訓練後に手洗い場を借りられる事になっているので、手持ちはなくても学園経由で払いは可能かと。勿論、オレは毛布を持って部屋の外で寝ますよ」
「そっ、そうか……」
漫画版のお前らはなんやってん……。意味わからんわ……。
「ところでさ、お前さん、婚約者さんとどないなってんの?」
「……。マドレーヌ様ですか? 毎月一度手紙は出していますが……」
「進展してないとか……」
剣術大会の時にめっちゃ目立ってたのに、あのオレンジ姉ちゃん。
「夏にお会いした時、何故か素っ気なかったですね。あー、剣術大会の後から手紙の返事も来なくなりました」
「それって……」
「まあ、政略結婚的意味合いしかないので、そんなものではないかと」
「そんなんでええの?」
「はあ……」
「エリオット殿下に言って、婚約解消してもらえば?」
「……」
「その人の事好き? 俺には、お前もその人も一緒になっても幸せにしてる未来が見えないんだけど……」
「そう思われますか?」
「うん。そう思う。殿下も言ってはったやろ。『悩みがあるなら聞くよ』って。なら言え!」
「解消する理由が……」
「剣の修行に集中したいとか。貴女を幸せにする自信がありませんとか。その辺りは殿下に上手に立ち回ってもらえ。向こうにも立場があるから」
「はい……」
なんやかんやで、ポチとの面談は終わった。
25/01/02
あけましておめでとうございます!
今年もよろしおねがいします。