第110話「だって、まかりなりにも主人公だし」
パトリシア嬢が顔を引きつらせている。
「もう一度聞こうか? あんたも紋章持ちなんやろ?」
俺は自分の左肩を指で突付いた。
「わっ、私は光属性なだけで紋章なんて持ってません……」
目を合わせないって、思いっきり怪しいやんけ!
「しらばっくれますか? なら俺の推測いきましょう。まず、光属性者は同属性同士の子供を除いて、魔力なしの庶民からしか出ない。それも、0歳から三歳迄に判明する。ごく普通の家庭なら、教会の司祭さんらに百日祝いか三歳祝いの祝福を受ける時に判明するから。お前、あの時何って言ってたっけ?『去年の秋口に魔力が覚醒して』って。ありえないんだよ。パティシエ目指す様なご家庭の娘さんが、三歳までに属性が判らないなんて。それとも、君、貧民窟出身か? 違うだろ?」
「……」視線を斜め右下に落とすピンクブロンドの少女。
「それに神職薦められるならまだしも、領主のシルキリス侯爵とアカデミーが出張ってきて学園入学薦めるって。ブルジェナ嬢の件。ヴォルフの妹クラリッサの飛び級の件。学長らの様子。高位魔法の光のリボン。辻褄合わせれば、あんたは光属性の紋章持ちだ!」
パトリシア嬢は沈黙したままだ。
「パティ、本当?」
不安げにブルジェナ嬢が友人の顔を見つめる。
「教えてあげた方が、ブルジェナ嬢の為でもあると思うけど」
「凄いですね。私達の事、色々調べて……そこまで推理された……」
恨めしげに俺を睨むパトリシア嬢。
やばい! 嫌われると大変やばい!
「申し訳ない。でも、二人共、俺にとって大切な姉上の友達だから。気遣いなく付き合うには素行調査必要だった。姉上の立場があるから。許して!」
俺は手を合わせて頭を下げた。
ピンクちゃんがため息ついてちょっと笑った。
「そうです。私は光の紋章持ちです!」
「パティ!」
「ごめんなさい。学長から口止めされてて。時期を見て発表する事になってるの。だから、サラちゃんにも明かせなかった」
「良かった。あたし、独りじゃなかった」
ブルジェナ嬢がパトリシア嬢に抱きついて泣いた。ピンクちゃんが緑色の髪の毛をよしよし撫でる。
「あのー、私の事は誰にも言わないで下さい」
「当たり前や。こんな恐い事言えんよ」
だってー、ピンクちゃんは光属性の紋章持ちよ。もしうっかりそんな事バレたら、全学年の男子学生から狙われるやろ!
光属性は属性相性全対応よ! そりゃ、王子さまをも攻略対象に出来ますよ!
そうでなくても、バレたら集って来る野郎の数、おひぃさんの比じゃないぞ。
口が裂けても言えるか、こんなん!
「でさぁ。紋章ってどう出すの?」
「えっ? み、見たいですか?」
「先生からあかん言われてるけど、ここ学園じゃないから」
紋章持ち同士、視線で会話してる。
「ここのお宿代、俺が出したんすよ。ちょっとサービスしてくれてもええんちゃうすかねー?」
家電屋さんで無茶な値引きを要求するおばちゃん、もしくはお水なお店で夜のお姉ちゃんにカスハラするおっさんみたいな口調の俺。
二人の紋章持ちの淑女は、お互いをチラチラ見ている。
「わっ、わかりました!」
おひぃさんがブラウスのボタンを二つ開けた。そして、左手で左側の襟元を広げる。
胸元からチラりと下着が見えたがそっちは極力見ないよう俺は視線をずらす。
火の紋章持ちは右の三本指を鎖骨の下に当てて、内から外に向けて擦った。
ふわっと肩の下が光る。銀色で赤みを帯びた光。
左側が短く右側が長い変形した菱形。短い側に扇が嵌っていた。羽の様にも見える。
「これです」
「そうか……。そりゃ、場所が場所だから見せられないか……。で、パトリシア嬢は?」
「えっ! 私もですか?」
「イエス!」
「……。わかりました」
ピンクちゃんは渋々ブラウスのボタンを外す。ボタン三つ目。
外し過ぎやろ……。
彼女は三つのボタンを外し終えると、ブラウスの両身ごろを少し開けた。
白ブラウス奥から、下着と白いメロンの谷間が……って違う。
光の彼女は、右の三本をみぞうち当て上に向かって撫で上げた。
淡く白く光る胸。下が短く上が長い変形した菱形。下のに扇我はまっている。
どこかで見た形。
教会や王宮で見る女神アレスのマークだ。上下対称に配置された変形菱。中央の長い羽を取り囲む四枚の羽。
女神の花やアレスの太陽と呼ばれているシンボル。
資料で見たから多少知ってたけど、あんなにキラキラ光るんやな。
「もうよろしいですか?」
恥ずかしそうなブルジェナ嬢。
「ごめん、ごめん。もうええよ。で、消す時はどないすんの?」
「さっきと同じく指先に魔力を込めて、逆向きになぞるんです」
おひぃさんは外側から内に、ピンクちゃんは上から下に三本指で紋章を撫でると、肌からすっかり光は消えた。
俺は両顔を覆って彼女らの着替えを待った。
「もういいですよ」
目を開けたら、二人はブラウスのボタンを上まできっちり留め直していた。
「結局さ、君らの覚醒条件ってなんだったん?」
二人は顔を見合せた。
「あたしは墓場の事件だったと思います。皆が危ないと思ったら、紋章の出た場所が痛くて。それで、サラマンダーを呼び出していたみたいです」
「私は近所の子供達と森でキノコ狩りをしていた時に、熊に襲われて……」
「そうか……」
身の危険に見回れた時が、"元素精霊の淑女"になる。
今回は凄い収穫だ。
「取り敢えずありがとう。何かあったら言って。俺ら隣にいるから」
俺は二人の部屋を出た。
さて、ポチの面談するか。