第105話「コミカライズR15」
宿舎に駆け込む。
受付カウンターで自室の鍵を受け取ると、俺は大急ぎで二階に続く階段を駆け上がった。
コミカライズ……。
元々漫画でない作品を漫画化した物だ。
お姉らがはまってた乙女ゲームには漫画版があった。
ダイニングで単行本を読んでいて、おかんと揉めていたのを覚えている。おかんは漫画とかアニメみたいなオタクコンテンツが大嫌い。何かしらあると「犯罪者になる」とかグチグチ言っていた。だから姉1や姉2が集めていた漫画とかを黙って捨てて、揉めていた。お姉らが大学生になったら少しは治まったようだが、それでも嫌味はあった。
ある日の夜。
「デジコミ版買ったよ」
キッチンで姉1が姉2にスマホを見せていた。
「漫画版は王子様とおぼっちゃんルート下敷きにしてるんだっけ?」
「そうそう」
「単行本持ってるのにわざわざデジコミ買ったの? 信者だねー」
「お布施も兼ねてるけど、デジコミ版だけR15版短編があがったんよ」
「えっ、まさか!?」
「おひぃさんとポチの一夜の話ですー!」
「まじでー!?」
「百八十ポイントしましたー!」
「金持ちやなー」
「ポイント買いですよ」
「見たい見たい!」
ねだる姉2に姉1は自身のスマホを渡した。
「うわー! 表紙からうわー!」
「残念ながら(作者自主規制)とか(作者自主規制)とか(作者自主規制)とかはない!」
「当たり前じゃ! これ健全な乙女ゲーム原作やぞ! あってたまるかっ!」
洗い物してる姉1と姉のスマホをいじる姉2。
アイスキャンディ食いながら俺はテレビをザッピングしていた。
しばらくして洗い物が終わった姉1は風呂場に行った。
「お姉ちゃーん。スマホ、テーブルに置いとくね」
「わかったー」と、遠くから姉1。
姉2は二階の自室に戻っていった。
ポツンと置かれたスマホ。
ロックされぬまま、画面は表示されている。
R15の言葉に惹かれ、俺はドキドキしながら姉のスマホを手に取った。
……。
線の細い少女漫画というか、レディコミみたいな絵柄で、黒髪の男とトーン貼った黒めの髪の毛の女が、ベッドの上で抱き合ってやることやっているだけの内容に、俺は宛が外れてショボーンした。
これだったら俺がこっそり見てる目眩く桃源郷の方がよっぽどええやんけと!
俺は電源ボタン押してスマホをダイニングテーブルの上に静かに戻した。
あの時の男女が、デリックとブルジェナ嬢だったんやーっ!
完全に寝取やんけ!
正直、俺は寝取りもんは割りかし見る。特に寝取調教系ならなお良……って違う!
寝取りちゅーのはな、知らん奴と知らん奴と知らん奴だから遠慮なく見れる。そして、野郎に顔はいらん!
それが、知ってる奴と知ってる奴と知ってる奴だったら……。
寝取られた奴並みに俺の脳ミソ焼き切れてしまうわー!
ヴォルフは一番古い俺の友人やぞ!
それに、おひぃさんがポチに寝取られたら……、高確率のヴォルフルートが開通してしまう。
だからゲームでは、ヴォルフは泣いてたんだ!
ついでに、おひぃさんとポチが出来ちゃったら、ラスボスの悪役令嬢ジェルトリュードの弟カルヴィンは確実に死ぬ!
いや――――――!
死ぬ理由はわかんないけど、絶対に駄目ーっ!
ガチャガチャ
なかなか鍵穴に入らない鍵。
手を震わせて何度もアタック仕掛けたら、なんとか鍵が穴に入る。
俺は自室の鍵を開けた。
「必要なのは……」
先立つ物。
デスクの引き出し奥から小さめの木箱を開ける。紐で口が縛られ、ぎっしり詰まった革袋が一つ。
革袋の中には光り輝く金貨がジャラジャラ。
本来、この学園で現金は滅多に使われる事はない。
カフェテリアの飲食代から給品部の購入品まで学生はサインすれば、学生の親に請求がいくからだ。
それでも学園外の町や村に外出する場合を考えて、親父殿には金貨を持たせてもらった。
それが、役に立つ日が来るとは……。
しみじみしてる場合じゃない。
金貨を十枚掴み、忘れ物の布の巾着に入れた。紐で縛り、制服の左の内ポケットに入れていた懐中時計と入れ替えた。時計は右のポケットに。箱は再び引き出しの奥に仕舞う。
そしてコート掛けから外套を掴むと、部屋を出る。急いでいると、鍵がなかなかかからん。
ドアノブガチャガチャ施錠を確認する。
「よっしゃ」と廊下を駆け、慌てて階段を下りる。
カウンターに鍵を渡し、パトリシア嬢の待つ内園西門に走った。