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96・蜘蛛の巣(ヘンリエッタ視点)

「……わたくし、うっかり忘れてましたの。……『これから飲む聖水にプロメの花の蜜……いや、【滋養強壮で血行促進の栄養剤】をぶち込んだことを』……だって、愛しいルイス様が亡くなってしまって、わたくし何を食べても吐いてしまって体を壊してましたから」





パンドラは悲しげな顔で目を伏せると、そのすぐ後にっこりと笑って言葉を続けた。





「いくら滋養強壮で血行促進の栄養剤だとしても、何度も吐いた体でそれを飲んだら、体内の粘膜に傷が付いて血くらい吐きますわよね」


「……へえ」


「壇上で気絶してから目を覚ましたら大変でしたわ。だってわたくし箱に閉じ込められてしまったのですもの。……そうしたら、『偶然』箱の側面が開いて『偶然』抜け道があって、『偶然』近くに小屋があって『偶然』金髪のウィッグとお衣装がありましたわ。……あ、ちなみにこの小屋、裁判前にはもう無くなってましたわよ。きっと誰かが取り壊したのね。一体誰かしら~」





まるでお茶会でも楽しむような雰囲気で、パンドラはくすくす笑いながら話している。





「……わたくしが生きていたと知れば、すぐに警察騎士の皆様に連れて行かれてしまう。……わたくし、疲労困憊でお話出来る状態じゃなかったから、変装して近くのホテルでお休みしてました。……そうしたら、あら大変。目が覚めたら裁判当日。これはいけないと思って、わたくしは皆様に会いに行きましたの」


「…………それが真相だと言うのかい? ……それじゃあ、聖水にプロメの花の蜜を混入した写真を撮ったのは何故?」


「わたくし、当主になれるのが嬉しかったから。だから、記念写真を撮っていただいたの。……でも、お義父様はキャサリンを当主にしたかったみたいね。……ああ、やっぱり実の娘の方を愛してらっしゃったのね。お義父様……」





目の前で目薬を差したあと、パンドラはわざとらしく涙を流した。



そんなパンドラを前に、ヘンリエッタはいつも通り氷の微笑みを浮かべている。



ここが取調室じゃなけりゃ、まるで美少女と美女のお茶会だった。





「君は……最初から警察騎士―――つまり私をハメるつもりだったのかな? 私がもし武力にモノを言わせてキャサリンをパンドラ毒殺未遂事件の犯人としてを逮捕してたら、後でその写真と小瓶を提出する。……そうすりゃ、私はロックウッドのハゲと同じく誤認逮捕の笑い者だ。……ラネモネ家にとって、権威の失墜は一番の痛手だから」


「そんなつもりはございませんわ! わたくし、本当に『自分が飲む聖水に栄養剤を入れたのを忘れてた』だけなのです! これが……ラネモネ家のやり方ですのね……あんまりだわっ!!」





パンドラはヘンリエッタを舐め腐ったように嘘泣きをしながら、わざとらしく怯え始めた。


とびきりの美少女がやると、本当に怯えているように見える。





「恐らく、君はヒンドリーと組んだのだろう。……君が当主になって彼が驚いたのも全部演技。……そうすれば、まず、君に毒を盛ったのが『娘を当主にしようとしたヒンドリー』か『当主の座を奪った君に恨みを持つキャサリン』のどちらか? と考えてしまう。……その時、私がヒンドリーでもキャサリンでも誰かを逮捕してしまったら、君の罠にかかるというわけだ」


「誤認逮捕が起こらなくて良かったですわ~! ……ただでさえ、この間の火事でプロメ様が誤認逮捕されてしまったのですもの」


「……それに君は、誤認逮捕されたプロメさんとその仲間達が自分を追って来るだろうと最初から予測してた」


「何のことですの?」


「君の標的は、ラネモネ家の当主である私と、君を追ってクローバー家に突撃してきたプロメさん達。……そして、『クローバー家そのもの』だったんだろう?」





ヘンリエッタは人差し指をピンと立てて、まるで教師のように滑らかに語り続けた。





「……まず、私だ。……私がヒンドリーかキャサリンを誤認逮捕して権威を失墜すれば、ラネモネ家は末代まで笑い者になって、タツナミ家以上に力を失う」


「……標的だなんて恐ろしいわ。……でも、良かったですわね。キャサリンを武力にモノを言わせて逮捕せずに済んで。……まあ、証拠不十分で逮捕出来なかったら出来なかったで、『ヘンリエッタ様は自白した犯人を有罪に出来なかったダメ局長様』となってしまいますから。……『解剖の権利を寄越せ』だなんて。ギリギリのところで権威を保たれたのね。すごいわ!」


「……私がクローバー家襲撃事件の真相をキャサリンに迫ったのは、想定外だったみたいだね。……もし、あそこでキャサリンが全部秘密をぶちまけたらヒンドリーは終わっていた。だから、ヒンドリーは虚偽の自白をして手打ちにしようとしたんだ」





それはつまり、ヘンリエッタが『クローバー家襲撃事件について何も疑問を持たない無能』と舐めてかかったからだろうと予想できた。



パンドラの標的だったヘンリエッタは、逆にヒンドリーの秘密を揺さぶり罠を回避したのだった。





「…………いや、君が本当にぶっ壊したかったのは、クローバー家そのものか」


「何を仰るの?」


「君はクローバー家襲撃事件の真相を知っていた。だから、この事件を追わせたかった。……でも、クローバー家の養女が真相を話しても、クローバー家の巨大な権力に潰されるか、そもそも相手にされないかのどちらかだ。……ならば、交流会とその後に行われる当主引き継ぎの儀を利用して、どうせ自分を追ってくるだろうプロメさん達に事件を穿り返させ、ついでに私も社会的に抹殺しようとしたんだろう?」


「そんな恐ろしいことを、わたくしがやったと言いますの!? 酷いわヘンリエッタ様……!」





パンドラはまた目薬を差して泣き出した。



世界一意味の無い涙だろう。





「君はヒンドリーの犯行を警察騎士に暴かせたかった。……自分から申告してもクローバー教の権力に握り潰されかねないから。君は賢いし、ヒンドリーに溺愛されている。でも、それだけ。それ以外に何の権力も今流行りの小説にあるようなチート能力的なものも無い……。君は、他者を利用して標的を破滅させることしか出来ない」





ヒンドリーの姪であり養女であるパンドラは、彼にとても溺愛されている。

でも、それ以外に何の権力も無い。


例え、クローバー教の全シスターを掌握していたとしても、あくまで裏で暗躍するだけ。


それに、ルイスの妻としてタツナミ家に認められても、弱体化したタツナミ家の権威はクローバー家に到底敵わない。

だから、タツナミ家もクローバー家に擦り寄るためパンドラをルイスの妻と認めたのだ。





「君は、最大の標的だったヒンドリーにこう言ったんじゃないかな?


『次の当主引き継ぎの儀に、毒殺未遂事件をでっち上げてラネモネ家のヘンリエッタを破滅させよう。……そうしたら、タツナミ家もラネモネ家も弱体化して、クローバー家一強の時代になる』とね」


「まあ面白い作り話ですこと。まるで出来損ないのミステリー小説みたい!」


「もし私がキャサリンでなくヒンドリーを逮捕したら、すぐに君は聖水にプロメの蜜をぶち込んだ写真をバラ撒いて私を破滅させていただろうね」





それにもし、ヒンドリーが逮捕されクローバー家の権威が地に落ちたら、その時にクローバー家襲撃事件の真相を警察騎士に垂れ込めばいい。


クローバー家はそこで終了である。





「次の標的はプロメさん達だ。……君はルイスの件で彼女達が自分を追って来ることを予想した。……しかも、御三家交流会では警察騎士の演劇がある。……あの四人はこれを利用して来るはずだ。


それなら、その後にやる当主引き継ぎの儀で、一発派手に毒殺されてみるか。 


……そうしたら、プロメさん達は自分の死を追ってヒンドリーとキャサリンにたどり着くだろう。


そして、自分の葬式のときに『この世界の作者』と自称するキャサリンが現れたら、この謎を追ってキャサリンが被害者になったクローバー家襲撃事件を確実に穿り返す。


その際、プロメさんかリヒト王子かどちらかの『向こう見ずで後先考えないアホ』がキャサリンに食い付き、キャサリンに負けて破滅すれば良い。だって、彼女は『彼女にはどんな証言も証拠も証人も無効』なのだから。


……それに、例えプロメさん達がキャサリンを倒しても、そうなったら本命の標的であるヒンドリーの社会的抹殺は確実だ。……そう思ったんじゃない?」





パンドラのやり方は、はっきり言って穴とガバだらけだ。


でも、それは仕方ないのかもしれない。


何の権力も無いチート能力も無い少女が、この国の宗教を司るクローバー家を潰そうとしているのだから。



それに、実際パンドラは最大の標的であるヒンドリーを破滅させることには成功したのだ。



まるで、蜘蛛の巣のようだとヘンリエッタは思った。


張り巡らせた蜘蛛の巣にヒンドリーとキャサリンという蝶を引っ掛けることで油断させ、プロメ達四人に加えてヘンリエッタまで捕らえようとしたのだから。





「君は、クローバー家を破滅させて何がしたいの?」


「そんな酷いこと致しませんわ!! わたくし、こんなことになって悲しんでますのよ!」


「ねえ。……君はさっき『ホテルで一休みした』って言ったよね。……実はね。……君と話す前に、部下から『ここ数日のクローバーランドのホテルの宿泊客を調べた方が良い。【死んだと見せかけた手品師が紛れ込んでいるかもしれないから】』と言われてね。急いで調べさせたんだよ。…………ねえ、『ルイーズ・ヒースクリフ』さん」





高級ホテルの受付係は『耳の聞こえない女性が手話で名を名乗った』と言っていた。


その偽名は随分と警察騎士を舐め腐ったものである。


ルイーズ……ルイスの本名を名乗るなんて。



それに、確かヒースクリフというのは、クローバー家の使用人だったと記憶している。


まだ少女だった頃、御三家交流会の際にフランシスと仲の良さそうな使用人がいたのだ。


その使用人はとても優しい性格をしていて、ヘンリエッタに親切にしてくれたのを覚えている。





「それにね、さっき取り調べをしていた部下二人、ロマンくんとリヒト王子から報告を受けて考えたんだ。……クローバー家襲撃事件の真犯人はヒンドリーだったとしても、『その裏で糸を引いていたのは君』だったんじゃないの?」


「……警察騎士って酷いのね。……権力を使って人を長時間閉じ込めて、思考力を奪いながらどんどん罪をふっかけ続ける……。恐ろしいわ、ラネモネ家……」





くすんくすんとパンドラは泣いている。

自分の容姿の可憐さを完全に分かりきった嘘泣きだ。





「まず、キャサリンに『招待状を書き換える』よう誘導した。次にヒンドリーには『フランシスとヒースクリフがヒンドリーの金を持ち出して逃げようとしている』と揺さぶった。……これは、間違い無いかな?」


「ええ。そうよ。……キャサリンには、お義父様とフランシス様が仲良くなった姿を見せてあげたかったの。……それに、お義父様には『ヒースクリフには気を付けて。あの男はお義父様の部屋にあるお金に気付いてるみたいだわ』と教えて差し上げたの。……それが何か?」


「その金は、一体なんの金なのかな?」


「わたくしの学費とお衣装代と遊興費……その他諸々ですわ。……お許しになって。養女にお金を渡すのは秘密裏じゃないと、要らない噂がたってしまうもの」





ヒンドリーの部屋には、パンドラに与えるための金があった。



ヒースクリフとフランシスはそれを知った。


それは何故か。





「君は、フランシスにもこう言ったんじゃないかな? 『ヒンドリーの部屋にはわたくしへの愛情の証である莫大な金がある』とかなんとか。……ヒースクリフの人柄を考えると金に飛び付くとは思えない。……だから、フランシスの欲を揺さぶった」


「……わたくし、もう帰って良いかしら? ……ヘンリエッタ様の夢物語に付き合ってる暇は無いの」


「次にヒースクリフだ。彼の優しい人柄を考えると、金で動くとは思えない。……ならば、娘だ。……君はとっくに気づいてたんじゃないか? キャサリンの本当の父親はヒースクリフだと」


「まあ! そうだったの……!? なんて悲しい事実なのかしら。わたくし、涙が止まりません……っ!」


「そんなヒースクリフの弱点は娘のキャサリン。それを知った君はこう言ったんだ。『若い娘を好むヒンドリーは、いずれキャサリンが自分の娘でないと気付くだろう。……そうなったとき、美しく成長したキャサリンは激昂したヒンドリーにどんな酷い目に遭わされるだろう』とね。…………そうしたら、ヒースクリフはこう思うだろう。『フランシスとキャサリンを連れて、クローバー家から逃げなくては』とね」


「酷いわ! お義父様はそんな悍ましい方じゃありませんっ!! 警察騎士は一旦物語を決めたらそこに向かって何が何でも白を黒にすると聞いていましたけど、ここまで酷いとは思いませんでしたわ!!!」





パンドラの嘘泣きを無視して、ヘンリエッタはクローバー家襲撃事件の真相を推理し続けた。





「キャサリン、ヒンドリー、フランシス、ヒースクリフ……。君は、この四人の弱点を巧みに揺さぶって、四人を操ってみせた。糸を巧みに張り巡らせて、クローバー家を破滅させようとしたんだ。……でも、ヒンドリーが土壇場で『ぷきゅのすけ』という切り札を手に入れてしまった。……それなら、また頃合いを見て再挑戦すれば良い。……しかも、ヒンドリーは二人も殺している。切り札はこっちの手にある」


「……ヘンリエッタ様、わたくしのことがお嫌いなのね」


「そして数年後。……君は標的のヒンドリーとクローバー家を確実にぶっ壊すため、キャサリンを囮にプロメさん達と私を蜘蛛の巣に誘い込み、一網打尽にしてやろうと考えた。…………可愛い顔して恐ろしいことを考える子だね。……例え私とプロメさん達を取り逃がしても、本命のヒンドリーとクローバー家を潰せるなら問題無い。…………こんなところじゃないの?」





権力もチート能力も何も持たないパンドラという少女は、実家を潰して何がしたいのだろうか。


いや、それだけじゃない。


彼女はタツナミ家のルイスに近付き、あっさりその心を掌握してみせた。


そうして彼女はタツナミ家の夫人となり、事実上タツナミ家を手に入れたことになる。



そして今、当主代行のヒンドリーも、実はヒースクリフの娘だったキャサリンも、表舞台から姿を消したのだ。



そうなったら、自動的にクローバー家の当主になるのは誰だ?



当主代行だったヒンドリーの姉の娘……パンドラしかいない。



この娘は、周りを操りあっさりとタツナミ家とクローバー家を手に入れてしまったのだ。



となると……次の標的は。





「それじゃ、ヘンリエッタ様。わたくしもう帰りますわね。……これから、クローバー家当主の引き継ぎの儀をやらなきゃいけませんの。……でも、大地の精霊ノーム様はもういない。……寂しいですわねえ」





パンドラは立ち上がり、優雅に取り調べ室から出ようとした。


パンドラを拘束出来る罪は無い。


彼女はただ、『栄養剤を飲み水に入れて血を吐いた間抜け』なだけなのだ。



それに、これ以上彼女を拘束するには別の罪をでっち上げる必要があるが、彼女を別件で取り調べるのも不可能だった。





「風の精霊シルフ様も、大地の精霊ノーム様も、もういない。…………後は、ヘンリエッタ様がその身に宿している『水の精霊ウンディーネ様』だけね」





パンドラの光の無い紫の目が見開かれた。





「次に会うときは、当主同士仲良くしましょ? ……ヘンリエッタ」





そう言ったあと、パンドラは可憐に笑って部屋を後にしたのだった。





◇◇◇





「え、嘘、キャサリンって左利きだったんですか? ……困りますよ。そう言うのはちゃんと言ってくれないと」




クローバー宮殿の個室電話にて、エンジュリオスはタバコを吸いながら誰かと電話していた。




「それに、シドウについても全く聞いてた話と全く違いますし。……彼は『愛する女の幸せの為なら身を引ける健気な負けヒーロー』……貴女、そう言ったじゃないですか」




ふう、と美しい唇から煙を吐き出したエンジュリオスは、手にしていた携帯灰皿にタバコを押し付けながら話を続けた。




「シドウは獣ですよ。獣。愛する女を死んでも離さない心優しい最強の野獣。……女の子の夢の結晶である、甘ぁいスパダリ系王子様のエンジュリオスとは真逆の男。……これじゃ、プロメを落とすのは無理筋でしょ。キャサリンと違って。え? 嫌だなあ。別に騙したわけじゃありませんよ。同意の無い行為なんて嫌でしょ? ……ただ、向こうから一晩だけ一緒にいて、って告られただけです。それにね、僕、確かに言いましたから。『好きな人がいる。だから君のことは好きにならないよ』って。まあ、よくある事でしょ? 一夜限りの夢なんて」




エンジュリオスは馬鹿にするように鼻で笑い、話し続けた。




「それじゃ、取り調べお疲れ様です♡ 引き続きどうぞよろしくお願いいたしますね」





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