表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/295

91・夢の中で見つけたもの

「……プロメちゃん、シドウちゃん……無事やろか」





避難民が逃げ込んだクローバー宮殿の一階にて、ロマンは建物の外に水守の膜を張ることに集中していた。


外からはドスンドスンドスンドスンという大きな地響きが聞こえてきて、正直足が震えるほど怖い。



何がどうなってるとかはわからんけど、多分風の精霊シルフの時と同じことが起こっているのはわかった。



風の精霊シルフの時も、すごく怖かった。

宙に浮いた巨大なクラゲがわけのわからん金切り声をあげて大暴れしやがったのだ。


あの金切り声ば長く聞いとったら、こっちの精神がイカれるだろう。


あんなバケモンを前に、シドウは少しも怯まなかった。


それどころか、シドウは風の精霊シルフをぶっ殺してしまったのだ。

いくらプロメちゃんを媒介に炎の精霊の加護を得たからとは言え、風の精霊シルフをぶっ殺すまで可能なのか? と疑問である。



シドウは一体なんなんだろう。


もしかしたら、伝説の英雄となんかの生まれ変わりなのだろうか。


それともただの超強え一般人なのか。



それに、プロメちゃんもプロメちゃんだ。


加護人の騎士とは、近くにいる加護人を媒介に加護無しが精励の加護を得るものなのに。


プロメちゃんは半透明で宙に浮いたじゃないか。



その姿はまるで。お伽噺に出てくる……。





「精霊」





そう一言呟いた瞬間。





「怖いよぉおおおぉおうわぁぁぁあああんっ!!!」





小さい子がこの緊急事態に耐えられず、泣き出してしまった。


こうなったら厄介だ。他の子供も「うわぁぁああぁああ」と泣き出してしまう。


すると、大人達が舌打ちをして露骨に苛立ちを見せ始めるから大変だ。





「クローバーランドなんか来なきゃ良かったぁぁあああ!!! うわぁあぁあああ」





子供達はそう騒ぎ始めてしまう。


そりゃそうだろう。子供達は遊園地遊びに来ただけなのだ。


それなのに、こんなわけわからん恐ろしい事態になって、一生の心の傷にならないだろうか。



ロマンだってそうだ。



仕事でクローバーランドに来れて幸せ〜〜!! ヒヒィィィイイイイとか浮かれてたらこのザマなのだ。





「ブラッニー……」





ロマンにとってのクローバーランドは、まさに故郷だったのに。



現実が嫌になって引きこもりになってから数年経った頃、パパが『ロマン、行きたいところがあるんだ。一緒に行ってくれるかい?』とクローバーランドに誘ってくれたのだ。


リヒトガチ恋勢の厄介クソ女に切られた髪も肩まで生え揃った頃である。


そうなるまで、パパはロマンが引きこもっても何も言わなかった。

しかも、『時には一人で引きこもり真理を追求する時間も必要なのだよ』と受け入れてくれたのだ。


そんなパパが初めて言った外出の誘い。

断れるわけなかった。



クローバーランドに着くまで、ロマンは

『所詮はフォティオン教で得た非課税の収入で作った箱物施設やろ。自分のことをお姫様とか王子様とか勘違いしたキラキラした連中がバカ高い飲み物やクソまずい飯を貪りながら、しょうもない乗り物に乗るため長時間並ばされるバカ専用の商業施設。情報弱者乙』と心の中で死ぬほどバカにしていた。



だって、ロマンの髪を切りやがったクソ女が、『リヒト様にクローバーランドのクローバー宮殿の前でガラスの靴を履かせて欲しい〜』とアホみたいな大声で盛りながら話していたのを聞いたことがあったからだ。



でも、いざクローバーランドの敷地内に着いた瞬間。



『うわぁぁぁ〜〜!!!』と声を出してしまったのを覚えている。



絵本の中をそのまま表現したかのような可愛くて楽しい光景に、ロマンは手首がネジ切れるほど手のひら返しをしたのだ。



しかも、ご飯は美味しいし飲み物も美味しいし、乗り物はどれもこれも楽しかった。

待ち時間は長かったけど、それだけパパとたくさん話せて幸せだった。



部屋から出て、ここにまた来たい。



そう思えたからこそ、ロマンは引きこもりを辞められたのだ。



……でも今は、正直言うと部屋に帰りたい。



キャサリンさんが糸を吐いて倒れたグロ過ぎる光景なんて、さっさと忘れたい。





「糸……。操り糸まみれの人形劇……か」





裁判中、キャサリンさんが言っていたことを思い出す。



『持ちつ持たれつの、馬鹿馬鹿しい操り人形劇さ。観客として見ればまるで人形が生きてるみたいな夢の舞台かもしれないけど、その舞台裏には、操り糸と舞台を動かす歯車だらけ』





「……現実なんて、わかってたはずなのに」





クローバーランドで見た宝石のように輝いていた夢が、実はただ石っころでしかなかったと思い知った、その瞬間。





「みんな〜!!! 元気だそう!!! ブラッニーと一緒にアッセンブラッニーを踊ろうよ!!」





ブラッニーとその仲間達が、クローバーランドで売っているお菓子やジュースを持って避難部屋に現れたのだ。



その瞬間、子供達はピタッと泣き止み、「ブラッニー!!!」とはしゃいでしまう。

苛ついていた大人達も、ブラッニーやホワイニーから食料やお土産を貰いながら「逆にレアな体験だよね! これぞ最高のお土産話!」と洒落を言われてしまうと、緊張が溶けたように顔を緩めていたのだ。



部屋中のピリピリした空気は、ブラッニー達のおかげで明るく楽しい雰囲気へと変わっていった。



そして、案内人と呼ばれるスタッフさんたちが、アカペラでアッセン・ブラッニーの歌を歌いながら子供達やクローバーランドガチ勢オタクと踊り始めると、避難部屋は一気に夢のような楽しい空間へと色を変えたのだ。





「あの、警察騎士様。……大丈夫ですか?」


「え?」





水守の膜を張ることに集中していたロマンは、案内人さんからジュースとお菓子を貰った。





「あ、ありがとうございます。お腹すいとったけん、助かりました」


「そうですか。良かった良かった! 足りなくなったらそこら辺の店から取ってきますから、遠慮無く仰ってくださいね!」





こんな緊急事態でも、案内人さんは笑顔だった。


この人だけじゃない。ここにいる案内人の人達はみんな笑顔なのだ。



確かに、夢の世界の舞台裏は金と秘密と欲望にまみれた操り糸と歯車だらけの世界だったかもしれない。



でも、その夢を支えていた人々の心は本物だった。





「……」





ロマンはクローバーランドに惚れ込んだきっかけを思い出した。



クローバーランドで売ってた可愛いウサ耳のカチューシャをパパに買ってもらって、付けるために鏡を見ようとした瞬間、一気に怖くなったのだ。


切られた髪はどうなっただろう。きっと見れたもんじゃないだろう。



そんな風に体が固まってしまったら、ブラッニーと案内人さんが来てくれたのだ。


案内人さんはロマンの頭に優しくカチューシャをはめてくれて、ブラッニーはギュッとハグしてくれた。




『可愛いね! よく似合うよ!』




そう言ってブラッニーが見せてくれた鏡には、笑顔の自分がいたのだった。





「ブラッニー……。ロマン、ここだけは……命に代えても護っちゃあよ」





ロマンはブラッニーのポシェットのベルトをぎゅっと握ったその瞬間だ。



ピーンポーンパーンポーンという気の抜けた音が聞こえ、



『すみませんロマンさん!! 案内人の皆さ〜ん!! デウス・エクス・マキナ号の動かし方を教えてくださ〜い!!』



とプロメちゃんの柔らかい声が避難部屋に響いたのだ。





◇◇◇





『こちらロマン! こちらロマン! 今からデウス・エクス・マキナ号の動かし方について説明するけん!! まずは園内放送のマイクの傍にあるレバーば上げんね! ガラス戸には鍵がかかっとるけど、シドウちゃんなら叩き割れるやろ!』





園内放送で応答してくれたロマンさんの指示に従い、シドウさんはガラス戸をぶん殴って叩き割り、レバーをガチャンとあげました。



デウス・エクス・マキナ号の調整室の外からは、大地の精霊がドスンドスンドスンドスンドスンドスンという足音を立てながら私達を追い掛けて来るめちゃ怖い足音がして来ます。



右側の足を二本失った水饅頭蜘蛛野郎はバランスがうまく取れないのか、私達を追いかけながら何度も何度も転んでおりましたから。



そんな鈍臭い水饅頭蜘蛛野郎が、シドウさんの足の速さに勝てるはず無かったのです!!





『レバーをあげたら、今度は横のボタンば上から一回ずつ押さんね! そしたらまたガラス戸に守られた最終スイッチがあるけん、そいばぶっ壊してスイッチば押して!!!』





シドウさんは素早くボタンを押していき、最終スイッチを守るガラス戸をぶん殴り、叩き割りながら押しました。



すると、デウス・エクス・マキナ号はゴウン……と音を立て、まるで眠りから覚めたように動き始めます。



調整室の外に出ると、ライトアップされたデウス・エクス・マキナ号のレールを支える巨大な歯車がグルングルングルングルンと動き始めていました。



これだけクソデケェ歯車達なら、水饅頭蜘蛛野郎……大地の精霊ノームを擦り潰してぶっ殺すのも可能でしょう。





「……あの水饅頭蜘蛛野郎……来やがったな!!」





水饅頭蜘蛛野郎は二本の足を失った状態でドスンドスンとこちらに迫りくると、ビュンッッッと飛び跳ねて私達を押し潰そうとしてきます!



そんな時、デウス・エクス・マキナ号のコースターが動き始めたので、私達はそれに飛び乗りました。



デウス・エクス・マキナ号が走り出したおかげで水饅頭蜘蛛野郎の落下攻撃は避けられました……が、一度走り出したデウス・エクス・マキナ号はぐんぐん速度を上げていきます。


そんな中、座席に立ち安全バーを降ろすもクソもない状態のシドウさんは、レールの山を支えるバカデケェ歯車の位置を確認し、





「来やがれ水饅頭蜘蛛野郎ッッッ!!!!」





と声を荒げて挑発しました。





水饅頭蜘蛛野郎は「hnontmhnontmhnontmhnontmmngrsmngrsmngrsmngrsmngrstcykstcykstcykstcykstcykstcyks」と金切り声をあげながら、デウス・エクス・マキナ号のコースター目掛け飛び跳ねて、落下攻撃を仕掛けてきます!



しかし、落下攻撃はキマるまでが遅く、その間にデウス・エクス・マキナ号は凄まじい速度で落下攻撃の射程範囲から駆け抜けて行きました。



……ですが、落下攻撃を受けたレールの山は大きく曲がってしまい、爆走するデウス・エクス・マキナ号も大きくグラついてしまいます。



そんなデウス・エクス・マキナ号を捕らえるため、水饅頭蜘蛛野郎はレールの山の側面を蜘蛛のように這い回りながら強酸の糸を吐いてきますが、シドウさんは炎を纏う街灯を槍のように振るって焼き払います!





「シドウさん!! もうすぐ急降下からの一回転の場所に着きます!!! 安全バーでも何でもいいので掴まってください!!」


「!? わかった!!! それを越えりゃ、いよいよレールの山の頂点……!!! そこには! 巨大歯車がある!!」


「はい!! その巨大歯車に挟んで擦り潰してぶっ殺して差し上げましょう!!!」





シドウさんはすぐに糸を焼き払えるよう進行方向とは逆を向き座席に片足を乗せて立つと、片手には街灯もう片手で安全バーを掴み、急降下と一回転に備えましたその瞬間!



ガクン!!! とデウス・エクス・マキナ号は急降下し、私達を振り落とさんばかりに今まで以上の爆走を始めます!!!


景色がすごい速さで流れ、もう何が何だか分かりません!!





「ぅぐっ!!!!」





さすがのシドウさんも座席に立ちながらデウス・エクス・マキナ号の急降下を喰らうとキツイのか、苦しげに呻きながらも、私達を押し潰そうと急降下を仕掛けてくる水饅頭蜘蛛野郎が放つ強酸の糸を炎を纏った街灯で焼き払います!!





「こりゃ三日は乗り物酔いが続くだろうな……ッ! リヒト先輩の気持ちが良くわかる……! うわっ!」


「あの人……そういやめちゃめちゃ乗り物酔いしますもんね……」


「歩く絶叫コースターみてェな野郎なのになッ!!!」





水饅頭蜘蛛野郎の落下攻撃を爆走するデウス・エクス・マキナ号は一回転して避けましたが、落下攻撃を食らったレールの山はぐにゃりと曲がってぶっ壊れてしまいます。



デウス・エクス・マキナ号はまたグラつきますが、コースターもレールの山も頑丈な作りなのでしょう。レールから外れることなくついに頂点に登って来たのです。



ここからしばらく頂点の景色を乗客に見せ、恐怖と期待と焦燥を煽りながら焦らしていき……再び急降下するという仕掛けになっていました。



急降下前の光景はとても綺麗です。ライトアップされたクローバーランドの夜景は美しく、こんなロマンチックな場所でシドウさんに愛の告白をされてチューでもされたいものですね。





「良い眺めだ……こんな状況じゃなきゃ……好きな女にキスの一つでもしたくなるもんだなッ!!」





シドウさんは『こんな時でもヘンリエッタ様かい! あんなクソ怖え女のどこがええの!?』とガン詰めしたくなることを言うと、デウス・エクス・マキナ号が『巨大歯車群の上に着いた』のを確認し、レールと乗り物の間に街灯を差し込んで、腕力に物を言わせてコースターの動きを緩めます。


すると、デウス・エクス・マキナ号はギリリリリィィィイイイイッッッ!!! と火花を散らしながら動きを鈍らせました。



急に移動速度を緩めた私達を狙って、水饅頭蜘蛛野郎はレールの山の側面を這い登ると、レールの上に六本の足を器用に乗せて、



「prmtus!!! hnontm!!! mtmtkrs!!! tbstkrsttcubu!!!!」



とわけわからん金切り声を発してからヒュンッと飛び上がり……





「今だ!!!!」





シドウさんは乗り物とレールの間に挟んだ街灯を引き抜くと、デウス・エクス・マキナ号はすぐに速度を取り戻し、再び走り始めました!



そして、私達を乗せたデウス・エクス・マキナ号の速さに追い付けなかった水饅頭蜘蛛野郎の落下攻撃は空を切り、激突したレールはひしゃげて曲がってしまいます!!



瞬間!!!





「mpjg? !!!??? jgm.gdagtdp.ddptgdgw!!!!!!!」





水饅頭蜘蛛野郎の足が回転する歯車に引き込まれ、どんどん巻き込まれたではありませんか!!!





「npapdatlgewpdgdatm!!!! pjgtAdgweawggwdjgmgwmmatga!!!!」





ブチャブチャブチャと水饅頭が押し潰される音を聞きながら、私達はやったか!? と一息付いた――――その瞬間。





「……そう言えば……キャサリンさんは」


「確か……水饅頭蜘蛛野郎の、半透明の本体にある……繭の中……!!!???」





シドウさんはすぐにデウス・エクス・マキナ号から飛び降り、レールの上を走り抜け歯車に潰され奇声を発する水饅頭蜘蛛野郎の元へ飛び降ります!


半透明の本体の上に着くと、炎を纏った街灯で下突きを繰り出し本体をジュゥゥウウウと溶かしながら一気に繭へと近付きました!!



そして、迫りくる糸を炎を纏った街灯で焼き払いながら、半透明の本体に血管の如く広がる糸が集まる中心部の繭に街灯を突き刺し無理矢理こじ開けます!!!





「キャサリン!!!! 俺だ!!!! 聞こえるか!!!!」


「キャサリンさん!!! 起きてください!!! 起きて!!!!」





無理矢理こじ開けた繭の中には、胎児のような姿勢で体を折り曲げたキャサリンさんがいました。


糸に巻き付かれ繭に埋まっているようなキャサリンさんは、ぼんやりとした光の無い目でこちらを見上げてきます。







「……プロメさんにシドウさんか……。なに、何か用?」


「キャサリンさん!!! 急いでここから出ましょう!!! 出なきゃ歯車に押しつぶされてしまいます!!!」


「ああ、そう。……それなら、それで良いよ」


「え!?」




私の呼びかけに、キャサリンさんはどうでも良さそうに答えられました。


虚ろな目をしたキャサリンさんに、私の言葉は全く届きません。





「っ!? クソが!!! 糸がどんどん狭って来やがる!!!」





シドウさんは迫りくる糸を街灯で薙ぎ払いながら、キャサリンさんに



「このままだと死ぬぞ!? 良いのか!?」



と怒鳴ります。



そんなシドウさんに、虚ろな目をしたキャサリンさんは疲れたような笑い顔で言いました。





「クローバー家襲撃事件の真相を聞きに来たんでしょ? それなら……教えてあげるから、もう帰って」




そう言ったキャサリンさんは、私達に『クローバー家襲撃事件の恐るべき真相』を語り始めたのでした。























評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ