8・その頃、悪役たちは(ルイス視点)
豚箱に放り込まれたプロメがシドウと無茶苦茶な理由で結婚をした一方。
ルイスはパンドラと教会で仲睦まじく過ごしていた。
パンドラに膝枕をされ髪を撫でられながら話す様は、恋人同士というより母と子のようでもある。
「パンドラ、ごめんね。……計画、邪魔しちゃった」
「いいえ。問題ありませんわ。これくらいのアクシデント、想定内ですもの」
パンドラの赦しを得たルイスは、安心したように息を吐いた。
「ルイス様、目標というのは四段階立てて置くのが成功の鍵ですの。……完璧・最高・可・及第点……、こんな感じに正確の基準を細かく決めておけば、多少のアクシデントで揺らぐことはありませんわ」
パンドラはにっこりと笑う。その笑顔は蜂蜜のように蕩けていて甘い。
こんな綺麗な人見たことがない、と思う。
「パンドラは綺麗だね。あの乙女像より綺麗だ」
ルイスは教会の最奥に位置する乙女像を指差す。
その乙女は百年前、大地の精霊と共にこの国を邪智暴虐の炎の精霊から救った英雄――――慈愛の乙女クローバーその人である。
背後のステンドグラスの光が反射して、乙女像には神秘的な美しさがあった。
まあ、パンドラほどじゃないけど。
「クローバー公爵家を興した人だから、パンドラのご先祖様だよね。でも、美しさでご先祖様に勝つなんてすごいよ」
「…………」
パンドラは微笑んだまま黙っている。
ステンドグラスよりも教会のシャンデリアよりもどんな宝石よりも美しい紫の瞳が、自分を映している。
これ以上の幸せは無かった。
「ねえ、パンドラ。私に初めて声をかけてくれた時を覚えてる? 吃驚したんだよ。慈愛の乙女の生き写しとすら言われてるパンドラが、私なんかに話しかけてくれて……嬉しかったなあ」
初めてパンドラと出会った時のことを思い出す。
自分以外は全て敵なのだと気を張っていたルイスに、美しいパンドラは優しく語りかけてくれたのだ。
自分を見つけてもらった。そう思った。
「私は君の為なら何でもするよ。だからパンドラ、あの成り上がりの炭鉱女が片付いたら結婚しようね。婚姻届だって、ほら」
ルイスは厳つい上着の内ポケットから、婚姻届を取り出した。
パンドラはそれを受け取ると、シスター服のポケットに丁寧に仕舞う。
「まあ、嬉しい。ルイス様。……ルイス様の妻になって差し上げるのが待ち遠しいですわ」
「私も同じ気持ちだよ」
やっぱり、結婚ってのは好き同士でやるもんだとルイスは思う。
クソ親父が勝手に押し付けた相手と結婚するなんて、そんなの家畜の交配と一緒だ。
自分は家畜じゃない。意思と権利と自由を持つフォティオン人である。
「それじゃ、そろそろ行くよ」
ルイスは長椅子から起き上がると床に跪いた。
そして、パンドラの片手をとって自分の頬に当てた。
パンドラの手は、よく見ると節が目立つ大きな手をしている。華奢な男性のような手、と言っても過言ではない。……まあ、パンドラは身も心も女性であるし、それはルイスが一番良く知っている。
「君の望みなら、何でも叶えてあげるからね。……だから、あの成り上がりの炭鉱女を狩ってくるよ」
ルイスはパンドラの手を離すと、ゆっくりと立ち上がり、恍惚とした笑顔を見せた。
……その背後には、いつもルイスが連れている護衛達がずらりと並んでいる。
「パンドラ、愛してる。……君のためなら、命だって惜しくないから」
「ええ。信じておりますわ。ルイス様。……わたくしのこと、命をかけて守ってくださいませ」
パンドラの蜜のような微笑みに、ルイスは蕩けた顔で頷いた。