87・刑事の勘だーーーッ!!!!
いくつもの巨大な歯車によって動いていた舞台と、人形を操るたくさんの糸に動かされ、私は愛と夢に満ちたハッピーエンドを迎えました。
クローバー家は悲しい過去を乗り越え仲睦まじくなり、リヒト王子は見事無罪放免となったわけです。
……なった、わけです、が。
「納得出来ん!! どうしても納得出来んのだ!!」
リヒトさんは先程から『肉料理のパイナップルが俺を呼んでいるんだ!!』と鳴いており、どうにも落ち着かない様子です。
そんなリヒトさんを連れて、私達はパンドラが血を吐いて倒れた舞台――私達が演劇をした舞台の控室に来ていました。
それは、裁判のあとクローバー家次期当主として大地の精霊の引継ぎの儀を行うため、舞台の控室で祈りを捧げているキャサリンさんと話をするためでした。
控室にいたキャサリンさんは、あの時倒れたパンドラと同じように白く長いベールを被っており、衣装も魔法少女のようなドレスではなく、フォティオン教のシスター服の豪華版のようなお衣装でした。
正直、あの素っ頓狂なドレスよりも良く似合っていてお美しいです。
「やあ。プロメさん達……。一体どうしたのかな?」
「キャサリンさん……あの、私達に……話したいこととか、ありませんか?」
「話なら全部裁判でぶちまけたさ。……私にはもう、何も無いよ」
豪華なシスター服をきて、白く長いベールを被るキャサリンさんは、まるで花嫁のようです。
でも、そんな可憐な衣装と真逆に、お顔はすごく悲しそう……というより絶望し過ぎて疲れたような顔をされていました。
そんなキャサリンさんは、クローバー家の当主となると自動的にフォティオン教の教皇となってしまいます。
クローバー家は国教――フォティオン教を管轄する公爵家ですから、それは自然の流れですけど……!
「お願いします、キャサリンさん。……貴女がクローバー家の当主となれば、貴女はフォティオン教の教皇となり、私達は二度と個人的に貴女に会えなくなるんです……! だから、これが最後なんです。お願いですから話を聞かせてください……キャサリンさん!」
「……君の目的は、そこで『肉料理のパイナップルが俺を呼んでいる』と鳴いてるこの国の王子様を救うことでしょ? ……目的は叶ったんだ。……もう、良いじゃないか」
「……でも、そんなにお辛そうな顔をされているのに放っといて帰るわけには行きませんよ……!」
「辛そうな顔? ……あはは、君が全てを穿り返したせいじゃないか。……まあ、君に喧嘩を売って負けた私の責任だから、それに関して咎める気は無いけど」
キャサリンさんのお言葉に、私は何も言い返せません。
だって、彼女を餓鬼畜生のような手段で打ち負かし、地獄のような事実を穿り返したのはこの私なのですから。
「それじゃあ、お前達親子にハメられた俺が聞こうじゃないか。……なあ、キャサリン。お前、クローバー家襲撃事件の『真実』を知っているんだろ?」
「何を根拠に? 肉料理のパイナップルの叫び? そんなもんが聞こえるなら私を問い詰める前に病院にでも行「警察騎士刑事部隊隊長の勘だ!!!!!」
リヒトさんが女性に……しかも十七歳の少女に声を荒げるなんて。
椎茸の切れ目のような瞳孔が輝く緑の目はいつもより真剣で、リヒトさんはハメられたことに腹を立てているのではないとわかります。
「ロックウッド卿は無能でも、その下で働く刑事部隊は無能じゃない! 奴らは優秀なんだ!! だから、どう考えても、クローバー家襲撃事件は違和感しか無い!」
リヒトさんの悲痛な叫びに、シドウさんは
「……先輩、この娘は……ずっと辛い目に遭ってたんだ。……せめて、声の音量は落としてやってください」
と言い、リヒトさんの肩を叩きました。
「シドウ……ありがとう。……すまないキャサリン。……だが、俺はロックウッド卿のせいでカナリヤの炎の仕業となったクローバー家襲撃事件も、ヒンドリー卿が語った事件の真相も、どうにも納得出来ない。……ずっと、違和感がこびり付いて離れないんだ」
リヒトさんはそれを警察騎士刑事部隊の勘とおっしゃいます。
正直、私には何が何だかわかりません。
でも、シドウさんは「ンなこと言われても……」と何やら考え込んでおられ、その隣のロマンさんも
「リヒト先輩は正直、ロマンよりも頭の回転が速かけん。……でも、速かだけ。……速すぎる思考力に言語能力が追い着いとらんのよ」
と仰います。
そんな私達を見て、キャサリンさんは諦めたように笑いました。
「……なるほどね。……ホラー作品の常套手段だ。……悪夢が終わったとみせかけて、安心したところで本当の悪夢で殴ってくる。……良いよ。受けて立ってあげる。……でもね、私にはもう時間が無いんだ。……クローバー家当主……フォティオン教の教皇になれば、私はもう俗世とはおさらばなんだ」
「俗世と、おさらば……なんですか?」
思わず聞いていました。
フォティオン教の教皇様となれば、一般人が滅多に会える相手ではありません。
でも、俗世とおさらば……というのは、どう言うことなのでしょう。
「ああ。フォティオン教の教皇は、フォティオン人の太陽そのもの。大地の精霊ノームの花嫁として、一生身も心も精霊様と共に生きることになるからね。これから私はフォティオン王国の北の最奥にある、フォティオン大聖堂で一生を過ごすんだ。……だから……君達に会うのも、これが最後になるだろう」
「そんな……一生を過ごすって、あの、ご家族とも……会えないってことですか?」
私がそう聞くと、キャサリンさんは『まるで救われたような笑顔』で
「そうだよ」
とお答えされました。
「……プロメ・ナルテックス。シドウ・ハーキュリーズ。……君達二人は、見事『悪夢』を打ち破ってお友達を助けた。それに関しては見事ハッピーエンドさ。……でも、リヒト王子。……貴方は現実の事件の真相に疑問を持っている。…………それなら、最後の相手は君ってわけだね」
「ああ。お前にとってのラスボスは、俺だ」
リヒトさんはキャサリンさんに向き合い、「この俺が……刑事部隊隊長として、クローバー家襲撃事件を解決してやる。……だから、信じてくれ」と力強く言いました。
「良いよ。わかった。……それじゃ、私からの最後の挑戦だよ。…………『ママを見付けて』」
「! ……お前、まさか」
キャサリンさんの泣き笑いのような笑顔に、リヒトさんは目を見開きました。
「…………ママさえ見付けたら、クローバー家襲撃事件は全部解決するよ。……リヒト王子、貴方が勘付いてた違和感の一つはこれじゃないかな?
『階段から蹴り落とされたキャサリン――つまり私の悲鳴を聞いて【すぐ】駆けつけた使用人達によって呼ばれ、【素早く現場に駆けつけた警察騎士がいたのに】…………カナリヤの炎に略取されたというフランシスを救えなかったのは何故だったのか?』
……また、ヒンドリー卿が語った真相では『【フランシスは使用人と逃げた】と言ったが、それじゃあ何故【すぐ現場に駆けつけた警察騎士は、使用人と逃げたフランシスを発見出来なかったのか】』…………ここに引っ掛かってるんじゃないかなあ」
キャサリンさんの悲鳴を聞いて、『すぐ』に使用人が来て、警察騎士を呼んだ。
そして、警察騎士は『素早く』現場に駆けつけた。
確かに、裁判中ヒンドリー卿は
『フランシスはキャサリンを蹴り落として使用人の男と逃げたあと、
キャサリンの悲鳴を聞きつけた他の使用人やシスター達が駆け付け、
【近場の派出所】にいる警察騎士を呼びました。
そして、【すぐ】に到着した警察騎士達によってキャサリンは病院へ運ばれ、私は警察騎士駐屯基地へ行ったのです」
と言っていました。
事件が起こってから警察騎士が駆けつけたのは、そう時間は経っていません。
ヒンドリー卿の発言について考える私の隣で、シドウさんは
「…………数日前、ヘンリエッタ様に風の精霊シルフと戦った際にぶっ壊れた中央裁判所についての始末書を提出したときにな。クローバー家襲撃事件について話をしたんだよ。
『キャサリンの悲鳴を聞きつけた従者が【すぐ】に現場へ駆け付け警察騎士に連絡したものの、犯人を現行犯で捕まえることは出来なかった。』って、俺もそう記憶してた。
……でも、正直、従者が警察騎士を呼ぶまでの間に、集団で女一人を拐うなんざ余裕じゃねえのかと俺は思うが……。リヒト先輩は、違うのか?」
とお考えを話されました。
「ああ違う。……俺は刑事部隊隊長だ。奴らの優秀さは俺が一番良くわかってる。…………これはもう、刑事部隊隊長の……刑事の勘なんだ」
「……言語化出来ねえ違和感がまだまだあるってことか」
「…………ああ」
私とシドウさんは、リヒトさんを救うためにご自分をぷきゅのすけと言い張るキャサリンさんを倒す事だけを考えていました。
そして、掘り返してしまった真実である『キャサリンさんはお母様に蹴り捨てられてしまった』という事に打ちのめされてしまったのです。
だから、この『悲鳴を聞いて【すぐ】駆けつけた従者に呼ばれ【素早く駆けつけた近場の警察騎士達】が、どうして逃げたフランシス様を発見出来なかったのか』という違和感に気付けなかったのかもしれません。
そもそも、賊に押し入られた家族の悲劇という面に注目してしまうと、この『どうしようもない違和感』に気付くのはとても難しいと思います。
情が深くお優しいシドウさんなら特に、『家族の悲劇』に注目してしまい、お心を痛めてしまうことでしょう。
それに、シドウさんは公安部隊の出であり、現場を捜査すると言うより情報を収集したり秘密裏に悪い奴を倒したりするのが専門で、事件を捜査し解決するのが専門ではありません。
……でも、リヒトさんは違った。
刑事部隊隊長として、共に事件を捜査し解決に導いてきた部下達の優秀さを信じる彼は、事件の違和感にずっと勘付いていた。
まさに、刑事の勘と言わざるを得ませんね。
「それじゃあ、私はもう行くね。……さよならだ、不屈の悪役令嬢に、警察騎士諸君」
私達を置いて部屋から出て行くキャサリンさんの横顔は、絶望に染まりきっているようでした。
◇◇◇
「聖水よ……精霊様をお迎えするべくこの身を清め給え。……私は、精霊様の花嫁として、生涯を捧げるとお誓い致しましょう」
あの日、血を吐いてぶっ倒れたパンドラと同じセリフを、キャサリンさんは聖水を飲んだあと静かな声で言いました。
今度の聖水は毒も入っておらず無事なようで一安心です。
キャサリンさんの被った白く長いベールはまるでクラゲのようです。
そんなベールを見ると、風の精霊シルフを思い出してしまいました。
ルイスが血とともに吐き出した風の精霊シルフ。
その正体は、心を切り裂くような不気味極まる金切り声を発する巨大なクラゲ野郎でした。
こんな禍々しいものが本当に精霊なのか?
でも、誰も精霊の姿を見たことがないのだから、案外こんな気味の悪い物体なのかもしれない。
そんなことを考えたものです。
「キャサリンさん…………」
このままで、良いのでしょうか。
リヒトさんじゃなくても、まるで肉料理のパイナップルが俺を呼んでいると言いたくなってしまいます。
「大地の精霊ノーム様。……どうか、このキャサリン・ノーミード・クローバーの身体にお宿りくださいませ」
舞台上で下出に向かい手を組んで跪いているキャサリンさんの正面に、フォティオン教のシスターが豪華な装飾の施された瓶を持ってきました。
キャサリンさんはそれを恭しく受け取り瓶の蓋を開けて飲み干されます。
……というか、精霊様を宿すのに、また水を飲むんですかね?
私の想像では、なんかこう光がふわっとキャサリンさんを包んでなんかするような、そんなファンシーでメルヘンで美しい光景を想像していたのですが、現実では水を飲むだけなのでした。
「私は、慈愛の乙女クローバーの後継者として……大地の精……!?」
瞬間、キャサリンさんは手にしていた豪華な瓶を落しました。
「ぅ、うぐ……ぁ……ァア゛っ」
「!? キャサリンさん!?」
なんと、キャサリンさんが下腹部を押さえて舞台にしゃがみ込まれたではないですか!!!???
突然の事に、私は席から立ち上がりキャサリンさんの名を呼びました!!
「痛い……痛い……何、これ……!? これが、精霊様を……宿すという……ことなの…………ゲホッ…………!? ッ!? なに、何これ……何で、『私の口から糸が!?』 ……ぅ、げほっ……うぇ……っおぇっ!!!」
下腹部を押さえて苦しげに咳き込むキャサリンさんの口からは、確かに『糸』が吐き出されました。




