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85・怪物

「シドウ。月並みな表現だが、随分と想像力が豊かだねえ。……物語を書いてみることをオススメするよ。……あ、でも警察騎士は副業禁止だから、趣味の範囲でね」


「とぼけんじゃねえよあんた!!! というかなんでこんな手の込んだことを!!」


「……手の込んだこと? なんのことだい? そもそも、私は一度でも『キャサリンの部屋に忍び込んで来い』なんて言ってないよ? 


私は


『人に話を聞く前に、まずは【行動してみろ】。お前は人に話を聞いて回っているが、まだ【行動はしてない】だろう?』


『お前が【心優しい警察騎士のシドウさん】のままじゃ、この事件は解決しないよ』


『今はお昼寝中らしいね、この世界の作者様は。……作者が眠ると、この世界も時が止まるのかな?』



とは言ったけど、『一言もキャサリンの部屋に忍び込め』だなんて言ってないよね?  



全部お前が勝手に解釈したに過ぎないだろう?」


「……それは」





シドウさんが言葉に詰まりました。


そんな、シドウさんが論戦で負けるなんて。


なんとか、なんとかしなきゃ。



私は





「ヘンリエッタ様!! そもそも何故貴女が直接家宅捜索させなかったんですか!? というか、貴女もしかしてキャサリンさんの部屋に何度か忍び込んで『毒入りの小瓶』のこと知ってたんじゃないですか!? だから私達にわざわざ忍び込ませて発見させ、家宅捜索を願い出るよう誘導したんちゃいますの!? ェエ!?」


「……一度に大量の質問をするもんじゃないよ。……まあ、事件解決に協力してくれたんだ。少しだけ付き合ってあげるよ」





ヘンリエッタ様は検事席から証言台へと歩み寄って来ます。


優雅な御姿は、今はただ怖いだけ。





「さて、質問だよプロメさん。……私は誰でしょう?」


「はぁ!? そんなんラネモネ家の当主、ヘンリエッタ・ラネモネ様やろが!? このタイミングで何言うねん!?」


「正解だよ。……私はヘンリエッタ・ラネモネ。……ラネモネ家の当主なんだ。…………ラネモネ家の当主……つまり一国家の国王に等しい最高権力者が、クローバー家、つまり他国の姫君の部屋の家宅捜索なんて願い出たら…………どうなるかな?」


「……『おんどれウチのシマで何さらしとんど』って、ラネモネ家とクローバー家の戦争の火種になりかねない……」


「そう。見事だプロメさん。……そもそもね、警察騎士と言えど所詮はラネモネ家の兵隊だ。……しかもウチは『武力を持つ危険な公爵家』と他の御三家から睨まれる立場でね。……毎年面倒なことに劇でもして腹でも見せとかないと、因縁をつけられタツナミ家とクローバー家の連合部隊に潰されかねないんだ。…………今回の事件、私は身動きが取れなくてねえ。困ったんだよ、ほんと」


「だから、私達……、いや、御三家に何も関係の無い私を、操ってたってことですか」


「操った、なんてとんでもないよ。……君は愛と正義と勇気の力で、リヒト王子を救ってくれたんだ。後で、感謝状を贈らせてくれ」


「……そりゃ、おおきに。……感謝状って裏白いやろ? …………八つ裂きにしてメモ紙にでもさしてもらいますわ」


「メモ紙が必要なら君の旦那様に言うと良い。資料室ならいらない紙もたくさんあるからね」





ヘンリエッタ様は私の睨みなど全く気にせず、「次だ」と言い人差し指を立てて話し始めました。





「君は私が『キャサリンの部屋に何度も忍び込んでいたのでは?』と言ったね?」


「ああ、そうや。あんた、最初から全部知っとったんやろ」


「……恥ずかしい話。実は私、極度の方向音痴なんだ」


「はあ?」


「……クローバー宮殿は、広い。広くて広くて広くて。……迷い込んでしまったんだ」


「はぁあ!? あんたそんな言い訳通じるわけないやろ!!!!」


「……リヒト王子は『すまない。道に迷ってしまったんだ』とシスターやヒンドリー卿に言ったそうじゃないか。……私もね、リヒト王子と同じく、道に迷っただけだよ?」


「……嘘……やろ……」





ヘンリエッタ様はこの事件の検事さんです。


つまり、ヒンドリー卿や見回りのシスターからその話を聞いていても何ら疑問はありません。



でも……よりによって、こんな回りくどい手段で、突然牙を剥くなんて。



なんなんですかこの人。……シドウさん、女の趣味悪くないですか。





「今からキャサリンさんには趣味の悪ィことを言うが、許してくれ……」





シドウさんがキャサリンさんの前に立ちはだかり、ヘンリエッタ様に向かって言いました。


シドウさんとヘンリエッタ様が向かい合うと、体の大きな男性であるシドウさんの方が『強いはず』なのに、ヘンリエッタ様には絶対に勝てない絶望的な感じがするのは何故なのでしょう。





「キャサリンさんは、今までせん妄状態で自分を『この世界の作者であるぷきゅのすけ』と名乗ってたんですよ。……そんな彼女に……その……つまり」





シドウさんさんは後ろ手に手錠をかけられたキャサリンさんをちらりと見て、苦い顔をしました。





「……シドウ、お前は正義感が強く心優しい気質をしているが、その反面『自分が悪役になる』ことから逃げようとする傾向があるね。……なに、どんな人にも短所はある。……だから、代わりに私が言ってやろう」





ヘンリエッタ様はシドウさんに近付き、シドウさんの左胸を人差し指で突きます。





ヤク漬けになって自分はこの世界の作者だとか抜かしてた頭のガンギマッたクルクルパー女に、『責任能力なんてあんのかよ?』と言いたいんだろ?」


「そこまでは言ってません!!! ただ、彼女の心理的な事情を考慮したら、いきなり逮捕だなんて」


「キャサリンの責任能力なら、たった今、君の愛しのプロメさんが証明したじゃないか」


「!?」





シドウさんは勢い良く私へ振り返ります。



私も急に話題に引きずり出され、もう何が何だか分からない状態です。





「あの、一体、私が、なんで」


「君は裁判で見事、キャサリンに『私はぷきゅのすけではありません。キャサリン・ノーミード・クローバーです。ヒンドリーとフランシスの娘です』と言わせたじゃないか。……しかも、彼女はプロメさんと話している時は『落ち着いた様子』『しっかりした様子』を見せていた。…………それどころか、自分の症状を的確に言語化してみせたんだ。……これのどこが『責任能力が無い』のかな?」





責任能力の有無。


少しだけ聞いたとこがあります。


正確な意味は知りませんが、この国における責任能力の有無について簡単に言うと『意識がしっかりしていて自分の罪を自覚出来るかどうか』ということになります。



……その判断基準をキャサリンさんに当てはめると、



『自分の名前どころか両親の名前もしっかり話せて』


『自分の症状もきちんと言語化出来て』


『パンドラに対する感情も正確に説明できる』



というキャサリンさんは、『責任能力がしっかりある』と言わざるを得ません。





「ヘンリエッタ殿……あんた、プロメがキャサリンを倒すことまで想定してたのか。

……あんたの真の狙いは『キャサリンは責任能力がある』と『この裁判で証明すること』。

そして、見事プロメがキャサリン自身にぷきゅのすけという存在を否定させて、キャサリンが『実はまともで聡明な少女だった』と裁判で証明する。

そうすりゃ、あとは頃合いを見てキャサリンの部屋にあった毒入りの小瓶をパンドラ毒殺未遂事件の証拠として提出すりゃ良いだけの話……。

なあ、そうなんだろ? それに、もしプロメがキャサリンを倒せなかったら、あんた自らが写真を燃やしてキャサリンを崩してもよかった。

……あんたもさっき、プロメに『私と同じことをやるなんて』と言ったもんな!? どうなんだよ!?」


「君がそう思うなら、そうなんじゃないかなあ?」





キャサリンさんの責任能力の証明。


それが、ヘンリエッタ様の真の狙いだった。



だから、前もってキャサリンさんの部屋に忍び込んで大体を把握したあと、

シドウさんにわざわざキャサリンさんの部屋に忍び込むよう仕向け、

自分が発見した証拠品を私達にも見つけさせ、

でもそれを持ち帰ることが出来ない私達が正式な証拠品としてそれらを裁判に持ち出すため、

家宅捜索を願い出るのを予想した。


そしてあとは、私がキャサリンさん自身にぷきゅのすけを否定させ、彼女の責任能力を認めさせれば良いだけ。



こんなの、まるで操り人形劇じゃないですか。



私達みんな、ヘンリエッタ様の糸に操られてただけってことですか!?





「でも、その毒の小瓶に何が入っているのかヘンリエッタ様は知ってるんですか!?」


「うん。知ってるよ。君と同じ名前の『プロメの花の蜜』の超濃度の原液。……これは危ないよ。……こんなの飲んだら、喉の粘膜が焼ききれて呼吸困難で死んでしまうだろうね」


「……それじゃ、パンドラが飲んだ毒のこともヘンリエッタ様は」


「鑑識部隊隊長のロマンくんから報告をもらってるよ。……ああ、彼女を責めないであげて。知り得た情報は上官に報告する。これは警察騎士の仕事だから。君を裏切ったわけじゃない。…………ロマンくんもリヒト王子もシドウも、知り得た情報は私に報告するのが義務なんだ。…………そうだろう? シドウ」





ヘンリエッタ様は蛇のような青い目で、シドウさんをじっと見詰めます。



シドウさんはまるで毒でも飲まされたような苦しげな顔で、顔を背けて「……はい」と答えました。





「……と、言うわけだ。……キャサリン、今からこのヘンリエッタ・ラネモネ検事騎士の反対尋問だ。……しっかり答えてもらうよ」





ヘンリエッタ様はシドウさんに「どけ」と言って押し退け、後ろ手に手錠をかけられ絶望の顔をしているキャサリンさんを見下ろしながら、氷の微笑を浮かべて言いました。





「君は、パンドラ嬢に毒を盛ったんだろう?」


「違います、私、何も」


「さっき言ったよね? 夢で何度も見た、と。……それなら、『寝惚けて毒を混入したことも可能』だよね?」


「! た、確かにそう言ったけど、でも、本当に分からなくて」


「……君は五年間プルキノ・クルェスケという強い副作用を起こす薬を飲んでいたのに、随分と聡明に物事を話せているじゃないか。……分からない、というのは……全部演技なんじゃないのかな?」


「!? そんなの、言われたって……」


「質問を変えよう。あの毒の小瓶見覚えは?」


「わかりません、私、プルキノ・クルェスケを飲むと直前の記憶は無くて……。私の記憶がしっかりしてるのは、寝てる間に薬が切れる朝だけなんだ!」





ああ、だから。


だから、キャサリンさんは朝にお会いしたときは落ち着いてらっしゃったんですね。


私は、フランシス様のお墓の前でお会いしたキャサリンさんを思い出しました。



でも、今はそんな場合じゃありません。



ヘンリエッタ様の追求に、キャサリンさんは完全にパニック状態になっています。


リヒトさんをハメた犯人ざまぁなんて毛ほどに思えないです。

寧ろ、キャサリンさんをこのままなんか出来ません!





「ヘンリエッタ様!! そんな威圧するみたいな聞き方をしたら、キャサリンさんどころか誰だってまともに受け答」





瞬間。



ドンッッッッッッ!!! と、ヘンリエッタ様は証言台を拳でぶっ叩きました。





「黙れ」





ヘンリエッタ様は、国一番の美女に相応しい可憐な笑顔のまま……



証言台をぶん殴って大きなヒビを入れました。



私は腰を抜かしてフラフラと地面に座り込みます。





「キャサリン、お前随分と意識がはっきりしてるじゃないか。……賢い子だね。……そんなお前だ。本当は五年前に何が起こったのかも知ってるんじゃないのか?」


「!? 知らない、覚えてない!! 私は、私は何も覚えてなんか」


「五年前のクローバー家襲撃事件、あれは私の背後の傍聴人席にふんぞり返っている先代局長のハゲが指揮した事件でねえ。……当時の私はまだ小隊長でしかなかったんだ。…………あのハゲ……失礼、叔父上様は随分と単純明快なお考えの持ち主でね。……私はどうにもクローバー家襲撃事件が納得出来ないんだ」


「納得出来ないって、そんなこと言われても」


「お前、何か知っているだろう? それがお前にとって耐えられない事実だった。だからずっとお前は夢に逃げて忘れたふりをしていたんだ。……その証拠に、お前はしっかりとここ五年間のことを言語化した。……そんなお前が『事件だけは忘れました』……なんて、認めるわけないだろう?」





ヘンリエッタ様の追及は、正直言って無茶苦茶な言いがかりです。

外野から聞けばそうだとわかるのですが、当のキャサリンさんからしたらどうでしょう。



自分の発言の揚げ足を取られ続け、机をヒビが入るほどぶん殴られ、ひたすら威圧され続ける。


しかも、十七歳の少女が。です。



こんなん、耐えられるわけ……ないじゃないですか。





「さあ、言え、キャサリン。……お前は、五年前のクローバー家襲撃事件の真相を知っているはずだ。…………お前は、クローバー家襲撃事件の『真犯人』を知っているッ!!!!」


「……やめて……助けて……。私、本当に何も」


「……それなら、質問を変えてやろう。…………昨日の夜、お前、『誰』と『何』してた?」


「!? き、君…………まさか、昨日の夜も、私の部屋に?」


「あの部屋で微かに鼻に付いた香りがしてねえ。…………やるじゃないか、お姫様」


「……やめて」


「お姫様の相手は王子様だと、古くからのお約束だからねえ……。……ここで、昨日の夜、お前が『誰』と『何』をしていたか、当ててやっても良いんだぞ」


「やめて」


「それを言われたくなければ白状しろキャサリン!!!!! お前は!!! クローバー家襲撃事件で何を見たッ!!!!」


「やめてぇええええぇええええッ!!!!!」





ヘンリエッタ様の顔から、可憐な乙女のような笑顔が消えていました。



宝石のように美しい瞳は、蛇のようです。


表情を無くし、目だけが蛇のようにぬらりとギラついたヘンリエッタ様は、人の姿をした怪物のようでした。



まるで、麗しい見目と声で人を油断させ、そのままガブリといくような。


そんな怪物が、海にいると聞いたことがありました。





「……もう、おやめください」


「…………パパ……」





ヒンドリー卿が、悲しげな顔で俯きながら、証言台へとやって来ました。





「キャサリンはクローバー家の次期当主ですよ。……逮捕するなら、証拠不十分じゃありませんかね?」


「……ヒンドリー卿、何か、お話したいことでもあるのかな?」





ヘンリエッタ様は元の氷の微笑を浮かべ、ヒンドリー卿に向き直りました。



もしかして、ヘンリエッタ様は……ヒンドリー卿を引きずり出したかった……のでしょうか。


私が口を挟んだら証言台をぶん殴って『黙れ』と威圧したのに、ヒンドリー卿が口を挟んだら元に戻られた。


父親を引きずり出すため、娘を痛めつける。


……正直、私が検事騎士でヘンリエッタ様と同じ立場だったら、多分やってると思います。





「お話しましょう。……クローバー家襲撃事件の『真実』を」





ヒンドリー卿は諦めたように口を開き、こう言いました。





「クローバー家襲撃事件の真犯人は、私です」





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