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81・悪夢のような泥仕合

ヒンドリー卿の自白に、私もシドウさんも傍聴人も全員『マジかよ』と言う顔をしました。



……でも、検事席に立つヘンリエッタ様は、相変わらずニコニコしたままですし、裁判官席のパンドラも不気味な笑顔を貼り付けたままです。



……あれ? もしかして私のやったこと、実は全く大したこと無かったりしちゃいましたか?





「ただし、ぷきゅのすけ様に」





ヒンドリー卿は穏やかに笑うばかりです。



この瞬間、あ、終わった……。と思いました。





「ぷきゅのすけ様にはキャサリンの記憶が残っております。……当然ですよね? だってこの世界を書いた――つまり、キャサリンもぷきゅのすけ様が書かれたキャラなのですから。……当然、キャサリンに異世界転生して来たぷきゅのすけ様には、キャサリンとしての記憶が残っていますが……それは、貴女もよくご存知では?」


「……それは」





私は、キャサリンさんと会話したことを思い出します。


キャサリンさんは『異世界転生するまでのぷきゅのすけとしての記憶は忘れちゃった☆』と仰いましたが、『キャサリンとしての記憶は無い』とは一言も言っておりません。





「それに、エンジュリオス王子は先ほど証言で申されたではありませんか。


『一度負った心の傷は、数年程度では癒えません。……それこそ、酷い時は死ぬまで苦しむことになります』と。


しかも、プロメさんも


『ええ。存じております。知人が数年間寝付けの薬を飲んでいますから。』


と仰いましたよね?」


「あ……あああああッ!」





確かに、私は言いました。


エンジュリオス王子の証言を裏付けることをハッキリ言いました。





「ぷきゅのすけ様は、ただでさえご自分で書かれたキャラなのに、よりによって異世界転生してしまったせいで、キャサリンの記憶を覚えていらっしゃるのです。……それは、心の傷を引き継いだも同然。…………ならば、せめて『娘の体に異世界転生したぷきゅのすけ様の気を落ち着けるため』にも、プルキノ・クルェスケという薬を飲ませる行為に、何かおかしな点はありますか?」


「ぅ……う……うわぁぁあああ!!!」





私はヒンドリー卿にクリティカルヒットを喰らいました。



最終打ち合わせのとき、




『ヒンドリー卿ってもしかして、キャサリンさんにずっと【ぷきゅのすけでいて欲しい】んじゃないですか? だからプルキノ・クルェスケを飲ませ続けて、彼女の【書き換え】のときにはアドリブの手品で応えていた……なんてことはありませんか?』




と考えを話しました。




すると、シドウさんは




『……確かに、【一理ある】な。……もしヒンドリー卿がこの裁判に勝てば、ぷきゅのすけは法的にこの世界の作者だと認められてしまう。

すると、クローバー家は御三家の政治カードバトルで【法的に認められたこの世界の作者のであるぷきゅのすけ】という最凶のチートカードを使えるんだ。

この線でいくと、ヒンドリー卿は何が何でもキャサリンをぷきゅのすけにしておきたいだろう。……これは、あくまで俺の推論だ』




と仰ったのです。



ちなみに、その隣でリヒトさんは『……何か、何か引っかかるんだ。……鍋に放り込まれた昆布には無く、肉料理に放り込まれたパイナップルにはある、何かおかしな違和感が』とおかしなことを言っていたので無視しました。




……でも結局、ヒンドリー卿は『キャサリン――ぷきゅのすけにプルキノ・クルェスケを飲ませることは何の問題も無い』と私やエンジュリオス王子の発言を使って証明してしまいました。


もし、『いやでもプルキノ・クルェスケなんて副作用の強い薬、娘に飲ませんなよ』と反論しても、『それだけ心の傷が深い。後はエンジュリオス王子の言う通り』と返されて終わりです。



……こうなったらもう、最後の手段です。



私は、恥もプライドも全てを捨てて、『あのお方』に一縷の望みを託しました。





「弁護側は以上です! それではヘンリエッタ様!! 反対尋問で論破お願いします!!!」





私はヘンリエッタ様に向かって直角に腰を折り頭を下げました。





「……検察側は、聞きたいことは特に無いかな」





私は腰を直角に折ったまま地面に倒れました。





「ぇえ……? そんな、だって反対尋問は警察騎士の仕事のうちじゃ」


「そもそも、今我々が行っている裁判……つまりこの物語は、全てぷきゅのすけ様の書いたお話なんだろう? ……それじゃ、ぷきゅのすけ様が書いたキャラであるヒンドリー卿を崩したところで、それもぷきゅのすけ様の物語のうちなんじゃないかな? ……だったら、ヒンドリー卿に話を聞いても時間の無駄だからね」


「ま、まあそうっすけど……」





私は地面から起き上がり土を払い立ち上がりました。



私は『詰んだ。ロマンさん風に言うとオワタ』と天井に描かれた慈愛の乙女クローバーの笑顔を見上げました。


確かにパンドラに似てはるわあ〜と現実逃避をしていると。





「それでは、弁護側も検察側も何も無いようですし、ヒンドリー卿はお下がりになってくださる?」





慈愛の乙女クローバーによく似た慈愛の乙女パンドラは、裁判官として木槌を下ろしてヒンドリー卿を下がらせてしまいます。



私は捨てられた子犬のように項垂れながら、トボトボと弁護士席に尻尾巻いて逃げ帰ったのでした。



正直、絶体絶命です。



ヒンドリー卿の後に来る大ボスの証人――ぷきゅのすけ……いや、キャサリンさんとの戦いに備えて、それなりにヒントを得たかったのですが。



大ボスのキャサリンさんの前で、中ボスのヒンドリー卿にボコボコにされて終わってしまいました。



こんな調子で、大ボスのキャサリンさんと戦えるのでしょうか。



リヒトさん……ごめんなさい。


もし有罪になったらすぐに風に乗って逃げてください。


そんなことを思いながら、弁護席に帰った私はシドウさんに泣き言を言いました。





「ごめんなさいシドウさん……。私じゃ、ヒンドリー卿に歯が立ちませんでした。……こうなったらもう、金の力でリヒトさんを国外逃亡させるしかないかもですね……」


「ま、まあ……。正直かなり絶望的だよな。……『どんな証拠を出しても』『どんな証人を出しても』『全部ぷきゅのすけの物語だから』で済まされて、『キャサリンはぷきゅのすけではない』と証明が出来ない」


「……これ、完全に詰んだんじゃ……。ロマンさんがタイプライターで打つと『オワタ\(^o^)/』ですよね」





私は両腕を上に広げて\(^o^)/のポーズをしました。





「でも、さっきヒンドリー卿は認めたよな。……『ぷきゅのすけには、キャサリンの記憶がある』って」


「……そりゃそうですよね。……だって、キャサリンさんはぷきゅのすけなんかじゃなくてキャサリンさんなんですから」


「ああ……。なあ、プロメ。もしかしたら、俺達はずっと『ミスリードされてたんじゃないか?』」


「え? ミスリード? ……それって、ミステリー物語でよくある、わざとそれっぽい物を出して読者を混乱させるアレですよね? ……まさかシドウさん、貴方まで……この世界はぷきゅのすけが書いた物語とか言うんじゃ」


「違う違う違う。大丈夫。落ち着け。……カッコつけた言い方をして混乱させちまったな。すまん。……俺も全てがわかったわけじゃねえが、どうにも『証拠を見つけてヒンドリーやキャサリンを論破する』のは無理だと思うんだ。……だって、俺らが見つける物全ては全部ぷきゅのすけの物語のうちなんだろ?」





どんなに足掻いても、ぷきゅのすけから逃げられない。


これ、もう最悪の悪夢なんじゃ……と思います。


ほら、風邪を引いたときって、夢の中の自分が夢を見ててその中の自分が夢を見てて……みたいなぐちゃぐちゃな悪夢を見たりしますから。



そんな悪夢、どうやって抜け出せたら良いんですか。



こんなワケのわからん悪夢、さっさと覚めてしまいたい。



そりゃ、シドウさんとのドスケベな夢ならずっとその夢の中にいたいですけど、こんなわけのわからねえクソ詰まらん悪夢なんかさっさと覚めて欲しいです。



ここ数日間、ニワトリのようにうるせえリヒトさんに叩き起こされていたのが恋しいなんて。





「夢なら覚めて欲しいですよ……。夢なんか、早く覚め」





『キャサリンお嬢様を、夢の中に閉じ込めてしまったのかもしれませんね』



捜査一日目に聞いたエンジュリオス王子の言葉が、頭に浮かびました。




『貴方たち二人がリヒトさんを救うためには、キャサリンお嬢様の夢を覚まさなければならないのでしょうね』




確か、このようなことを仰っていた気がします。





「夢……を覚ます……ですか」





どんな証拠も証人も証言も無効の悪夢の様な裁判で、キャサリンさんに『自分はぷきゅのすけでは無くキャサリンだ』と認めさせるためには。





「シドウさん。わかりましたよ。…………この悪夢から抜け出す方法。……どんな証拠も証人も証言も無効の悪夢みたいな裁判で勝つ方法が」


「! ……マジか」





驚くシドウさんに、私は言いました。





「私達の最強の証拠は、キャサリンさん本人です」




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