79・かみってなに?
「僕の名前はエンジュリオス・ペルセフォネ。……ミドルネームは国家の機密事項のために伏せさせて頂くことを、ご容赦ください」
エンジュリオス王子は証言台に立ち、困ったように笑われました。
そりゃ、実家を追放されて隣の国に来てみれば、わけわからんお家問題に巻き込まれてわけわからん裁判に引きずり出されたのです。
もう笑うしかないよなあと思いました。
「僕は今、王子としての身分ではなく、ヒーラー職に就いている一般市民としてこの場に立っています。……ですが、聖ペルセフォネ王国についての深い話には国家機密のため黙秘させて頂きますことを、ご理解くださいね」
「わかりましたわエンジュリオス王子。それでは、弁護側、どうぞ尋問くださいまし」
パンドラに言われ、私はエンジュリオス王子の元へ近付きます。
「エンジュリオス王子。ここ数日は色々とお世話になりました。……ぷきゅのすけ様……いや、キャサリンさんのお世話係をされていた貴方のお話を聞かせてください」
「……ええ。わかりました」
エンジュリオス王子はそう言って一呼吸置いたあと、傍聴人達の視線を一身に集めながら証言を開始されました。
「僕は、クローバー家にヒーラーとして雇われて、医務室で働きながら、ぷきゅのすけ様――キャサリンお嬢様のお世話係をしていたんです。……ここにいる皆様はご存知だと存じますので申し上げますが、キャサリンお嬢様はクローバー家襲撃事件の被害者です。……ですから、心に大きな傷を負っておられます。……僕は、そんな彼女の心身の調子を整えるため、お嬢様に仕えておりました」
エンジュリオス王子は「……ヒンドリー卿と交わした雇用契約書を提出いたしますね」と係官のシスターに紙を渡されました。
書類の提出が終わったあと、私は
「『心身の調子を整える』……とは? 具体的にどういったことをされていたのですか?」
と話を深掘りします。
「そうですね。……キャサリンお嬢様から色々とお話を伺ったり、お食事を共にしたり、体調を崩されたときは看病したり……といった感じです。……あ、勿論、僕は男性ですのでお嬢様に近づき過ぎないよう気を付けておりましたよ。お嬢様と距離が近くなるお世話はすべてシスター達が行ってました。…………まあ、僕は異国から来た旅人のお兄ちゃんヒーラー……という感じで、気さくに接する相手というわけです」
……正直、こんな美形のヒーラー王子様がお兄ちゃんみたいな態度で接してきたら、妹どころか弟も秒で恋に落ちてまうぞと思います。
実際、捜査二日目の早朝にて、キャサリンさんはエンジュリオス王子に『お時間ですよ。お部屋にお戻りください』と言われたとき、バチバチに恋した顔で『うん……』と返されてましたし。
そんな魔性の王子の証言について、私はより深くお尋ねしました。
「『体調を崩されたときは看病したり』……ですか。……例えばどんな?」
「……そうですねえ。……例えば、夜眠れず睡眠不足でお風邪召されたり……とかでしょうか」
「夜、眠れない……ですか。……その理由について、心当たりなどはありますか?」
「先ほど申し上げた通り、やはりクローバー家襲撃事件ときに負った心の傷が原因ですね……。一度負った心の傷は、数年程度では癒えません。……それこそ、酷い時は死ぬまで苦しむことになります」
確かにそうです。
実際、シドウさんはコーカサス炭鉱爆破事故で生き残った唯一の被害者として、心に傷を負ってしまい、寝付けの薬を服用されています。
「ええ。存じております。知人が数年間寝付けの薬を飲んでいますから。…………と言うことは、キャサリンさんも何か、『お薬を服用されている』のですか?」
キャサリンさんの部屋から出たゴミにあった、プルキノ・クルェスケという薬の包装から、キャサリンさんが服用されているのはこのアホみたいな名前の薬で間違いないでしょう。
ただ、問題はそれを証言で認めさせなければならないのです。
さて、エンジュリオス王子はどう出るでしょうか。
「いくら裁判と言えど、個人が服用されている薬を本人かその保護者の承諾なく公にすることはヒーラーとしての規約に反します。……この件については、黙秘させてください」
エンジュリオス王子の毅然とした態度に傍聴席がザワつきますが、別に彼はおかしなことを言ってはいません。
寧ろ、ここで『実はプルキノ・クルェスケって名前からしてヤバそうな抗不安薬を飲んでて〜、なんか大変そうですよね〜』とか個人の秘密をベラベラと話す方がヒーラーとして『アカンやろ』案件ですからね。
……でも、エンジュリオス王子はこれ以上口を割らないとなると、もう他の切り口で行くしかありません。
「ありがとうございました。……それでは、次はヒンドリー卿についてお話を伺ってもよろしいでしょうか? 彼はキャサリン様のお父様で、今はぷきゅのすけ様の従者であらせられるお方です。……彼について、お話をお願いできますか?」
「ええ。かまいませんよ」
エンジュリオス王子は今度はヒンドリー卿についてのお話を開始してくれました。
「ヒンドリー卿は、とても正義感と使命感に満ち溢れたお方です。……特に、子供や子犬や子猫と言ったか弱い存在に対し深い情を持っておられる方で、それは子供の頃からそうだったと聞いております」
「それは初耳です。……そう言えば、ヒンドリー卿は今でも孤児院の慰問に出かけておられますからね。……さすがは慈愛の乙女クローバーがお越したお家に生まれた方ですね」
「ええ。……パンドラ裁判官のお母様であり、ヒンドリー卿の姉君でもある亡きシヨウ様は、こう仰っていたそうです。『ヒンドリーは子供や子犬や子猫と言った小さな存在を慈しみ可愛がるのが好きな、素晴らしい人格者で、子供の頃はよく子犬や子猫を抱いて寝ていた』……と。お優しい方ですよね」
「そうですね……。他に、ヒンドリー卿のご趣味や、得意な事……なんかはご存知ですか?」
最終打ち合わせの際、シドウさんは言いました。
『キャサリンが【書き換え】をして、シスター達を骸骨にして元に戻したり、ガチョウを生き返らせたりしてたとき、そもそもキャサリンは決めポーズをとって口上を名乗ってた以外に【何もしてなかった】よな』
と。
『キャサリンの【書き換え】に沿った手品を傍で実行していたのは、すべてヒンドリー卿だ。
……それに、シスターを骸骨にしたとき、キャサリンは【今から、このモブシスターを殺しまぁす☆】と言っただけで、
【具体的にどう殺すかは言ってない】よな?
それに、ガチョウのときも【な〜んの罪もない、動物だよ】と言って、ヒンドリー卿がガチョウを連れてきた【あと】に
【可哀想なガチョウさん。リヒトさんの我が儘のせいで、死んでしまいます】
って言ったんだ。ガチョウについても、【どう殺す】かは言ってない。……つまりだ』
シドウさんはこの悪夢みたいな『書き換え』の力を根底からひっくり返すようなことを仰いました。
『キャサリンの曖昧な指示を、ヒンドリー卿という優れた手品師がアドリブで実行する演技をしていただけ……なんじゃねえのか』
つまり、手品慣れしたシドウさんから見たら、ヒンドリー卿は優秀な手品師、ということになります。
……だから。
「ヒンドリー卿の特技とか、色々と教えて欲しいのですが……如何ですか?」
ヒンドリー卿の手品について何か言い出せないかと思ったのですが。
「ごめんなさい……僕も彼についてはそこまでは詳しくなくて。……ただ、彼は家族思いで、特に子供に対する正義感が強く、例えば子供が親から雑な扱いを受ける演劇などに触れただけでも『反吐が出る! こんな下品な話を喜ぶ連中の気がしれない!』と激しく怒っておられましたから」
「……そうですか……なんか、大変ですね」
ヒンドリー卿は実は手品がすごく得意でした〜と言ってくれりゃ楽なのですが、残念ながらそうはいかずです。
まあ、ヒンドリー卿の人柄を詳しく知れただけでも良しとしましょうか。
私はパンドラに「弁護側、以上です」と伝えると弁護士席へと戻りました。
そして、今度はヘンリエッタ様の反対尋問が始まりまったのです。
◇◇◇
「エンジュリオス王子。……貴方は、キャサリンさんがぷきゅのすけ様なるこの世界の作者を名乗る事実を、どうお考えですか?」
ヘンリエッタ様は相変わらず余裕たっぷりに笑ったままです。
一歩間違えばヘンリエッタ様の代で末代までの笑い者になる絶体絶命の戦いだと言うのに、ヘンリエッタ様は『自分の勝ちを確信している』ような落ち着きっぷりでした。
「そうですねえ。……僕は、キャサリンお嬢様は酷い事件に巻き込まれたせいで夢の世界に逃げてしまった人。……としか思えません。……まあ、これもぷきゅのすけ様からしたら『君はそう言うトリックスターな役割だからね!』と言う事かもしれませんが……」
エンジュリオス王子は目を伏せて、悩まれながらお答えされています。
そのお姿はなんだか色っぽく、傍聴席の視線がより強くなった気がしました。
「僕は、正直どうお答えしたら良いのか……という具合です」
「なるほど。……確かに、貴方は隣国の『聖ペルセフォネ王国』出身です。……しかも、聖ペルセフォネ王国は『神を信仰する』国ですからね。……貴方達ペルセフォネ人にとって、神とは『我々が信仰する精霊以上の絶対的な存在であり、まさに世界の創造主に他ならない』……生まれながらに神を信じる貴方からしたら、ぷきゅのすけがこの世界の作者と名乗っても、我々以上に理解に苦しまれることでしょう」
ヘンリエッタ様のお話は、何一つわかりませんでした。
かみ? カミ? 紙? ……一体なんのことなのでしょう。
困ってしまい隣のシドウさんを見上げると、シドウさんも「隣国の概念について聞いたことはあるが……。紙を信仰ってのは……紙幣こそ絶対……的な?」と良くわかっておられないご様子。
「……ヘンリエッタ検事騎士様。貴方は僕の祖国について随分とお詳しいのですね。……何故です?」
「十代の頃、交換外交官制度でそちらに渡ったことがありましてね。……そこで、色々と学ばせて頂いたのですよ。……詳しいことは申し上げませんが、聖ペルセフォネ王国の文明については目を見張る物がありました。……特に、目にガラスのレンズを被せて視力を矯正する、コンタクトレンズと言う名の医療器具には、驚きましたよ」
目に、ガラスのレンズを被せる……ですって!?
そんな危ないことをしたら、逆に失明してしまうのでは!?
シドウさんも「目の中にモノを入れるなんて……そんなん拷問かよ……」と絶句しております。
傍聴席もざわついておりました。
ヘンリエッタ様はそんなざわつきを全く気にせず話を続けます。
「私もコンタクトレンズを使用しておりまして。……この国ではまだ認可されてはおりませんが、実験台という体なら使用出来るのですよ。……お蔭で助かっております」
「そうですか、それはどうも」
ヘンリエッタ様……目にガラスのレンズを被せることが出来るなんて、凄すぎる……。
私は言葉を無くしました。
「そんな進んだ文明をお持ちの国の王子であり、『神』を信仰する貴方からみて、ぷきゅのすけ様という存在はどう思いますか?」
ヘンリエッタ様の言葉に、エンジュリオス王子は答えました。
「……神は我々の世界を創造されました。……それは絶対的なことです。……でも、ぷきゅのすけ様がそれすらも物語として書いたというなら、僕にそれを否定できる証拠はありません」
「それならば、貴方がたの神を侮辱することになるのでは? フォティオン人としてもそれはなりません。……ペルセフォネ人の神に謝罪をしたいのですが、『聖ペルセフォネ王国の神の名』を、お答えくださいませんか?」
ヘンリエッタ様は氷の微笑を浮かべたまま、エンジュリオス王子に聞きました。
エンジュリオス王子は、手元にあった紙を口元に当て、にっこりと妖艶に微笑み、こう答えたのでした。
「国家機密です」




