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78・パンドラの『箱』

パンドラが裁判官として準備をするため、裁判は一旦休憩となりました。



リヒトさんは被告人として裁判官のパンドラと色々話をしなければならないため、この場にはいません。



少し静かになった弁護側控室にて私はシドウさんにお聞きしました。





「……と言うか、パンドラはそもそもどうやって釘を打たれて完全封印された箱の中から脱出出来たんですか……? 私、見てましたよ。箱の蓋に釘をガンガンされて、地中深くに埋められたところを……。一体、何がどうなって」





パンドラは確かに、箱に入れられ蓋に釘を打たれまくり、地中深くに埋められました。


しかも、生き埋めにされていたというのに、あの女の顔は健康そのものと言った様子。これは一体何なんですか!?





「……これは俺の推測だが」





シドウさんが顎に手を当て真剣な顔でお話しくださいます。

低く艶っぽい響きのある独特の色気のある声を聞くと、私は臨戦態勢から一気に『きゃぅう〜〜〜〜ん♡ ペロペロッペロペロッ』と腰が砕けてしまいそうになりますが、今はそんな場合ではありませんので我慢しました。





「あの女はまず、あらかじめプロメの花の蜜で体内の粘膜を焼き血を吐いて倒れたあと、ゴムボールかなんかを脇に挟んで脈を止めたんだろう」


「……え!? そんなんで脈って止められるんですか!?」


「ああ。良くあるんだ。一度死んで生き返りました〜みたいなことをして、人を騙して悪さする奴を俺は何人も見てきた」





確かに、シドウさんは元公安部隊です。

とんでもない夢のようなことをやってのけ、人々を騙してお金や心を奪う悪い人達をたくさん戦ってきたのでしょう。





「そんで、脈を止めて協力者のシスターに『死んだ』と報告させた」


「……クローバー家にそう言われたら、いくらロマンさんでも『死体を調べることは宗教的に不可能』ですからねえ」





そもそも、こんな子供騙しの手品で警察騎士の目を欺けるのですか!? と思いますが、警察騎士――ラネモネ家の仕事はあくまで『事件の捜査と犯人の逮捕と国家の治安維持』のみ。


死体を扱うのは宗教的な領域として、クローバー家の管轄なのです。


だから、パンドラ達クローバー家は、服毒して倒れたルイスとその護衛達の体を回収出来たわけです。


亡くなった方のご遺体を調べられる制度があれば良いのですが、現在この国で許されている解剖は、一般市民階級かつ本人と家族が強く望んだ場合のみですからね。





「……そんな感じで警察騎士の弱点をついてまんまと死んだ振りをしたパンドラは、自身を棺……いや、『仕掛けのある箱』に入れさせたんだ」


「仕掛けのある……箱? ですか?」


「ああ。……簡単な話だよ。『上の蓋は釘でゴンゴンして閉めておいたけど、横の壁は何もされてない』だろ?」


「……まさか、地中深くに埋められたあと、横の壁をパカッと開けて出て来たってわけですか!?」


「そゆこと」





棺は上の蓋を釘でゴンゴンして塞ぐもの。


そういう思い込みが、パンドラの箱の仕掛けの目眩ましになっていたわけですね。


パンドラの箱……なんて人をコケにした代物なのでしょう。





「んで、後はもう簡単だよ。……協力者のシスター達にあらかじめ地中深くに抜け穴を作らせて置いて、そこを通り人目につかない場所に建てさせた小屋に入り現場が落ち着くまで待ったあと、さっき脱ぎ捨てた金髪ショートヘアのウィッグを被って変装して、どっかの高級ホテルで出番が来るまで優雅に豪遊して時間を潰した……そんなとこだろ」


「……私達がヒイコラ捜査して足で情報を稼いでいた間、あの女は高級ホテルで悠々自適に過ごしてたってわけですか。高級ルームサービスで贅沢三昧だったわけですか」


「……まあ、さすがにルームサービスは身バレする可能性があるから我慢してたとは思うが」


「……エンジュリオス王子と話したとき、ほんの少しでもあの女に同情した自分に垂直落下式を食らわせたいです」





エンジュリオス王子の話を聞いて



『少しだけですが、ほんの少しだけ、パンドラが可哀想だと思ってしまいました。


小さい頃に母を亡くし、本当のお母さんみたいに思ってた義理の叔母を拐われ、その娘であり義理の妹であるキャサリンからは『悪役ざまぁ』と言われる始末。


知り得た情報のみだけで判断すると、パンドラはとても孤独だったのでは、と思いました。』



と思った自分がアホみたいです。



……ちなみに、垂直落下式とは相手を逆さまに持ち上げたあと、そのまま床に倒れ込み相手の脳天を垂直に叩き割るという技です。





「お前格闘技の技良く知ってんな」


「花嫁修業でジル先生から習いました。ちなみに私達が風邪引いたときリヒトさんにしたバックドロップもその時習いました。……私、花嫁修業学科での格闘技の科目だけはぶっちぎりの一位だったんです。嫌がらせをしてくるクソ令嬢共を授業の一環でボコって気絶させられたのですごく楽しかったんですよ! 料理とか裁縫とかそこら辺はカスでしたけど」


「……まあ、運動は健康には良いからな」





シドウさんは引きつった笑顔でそう言ってくださいました。くぅ〜!! お優しいですねえ!!





「……って垂直落下式から話を戻すが、恐らくパンドラは……もしかしたらもうクローバー教のシスター全員を掌握している可能性はあるな」


「え、……でも、パンドラはいくらクローバー卿の養女とはいえ、シスターとしての階級はそんなに高くないはず……。そんな奴に、全シスターを掌握なんて可能なんですか!?」


「現に、パンドラが箱に入って地中深くに埋められた頃に、ガンギマッたキャサリンさんがミャハハハハハって現れて、俺達に『書き換え』と言う名の手品を披露しただろ? ……箱からの脱出手品中のパンドラからしたら、キャサリンさんの登場は最高の目眩ましだってわけだ」





確かに、キャサリンさんのミャハハハハハはパンドラの葬儀をぶっ飛ばすほどの衝撃でした。



私達、特にリヒトさんがキャサリンさんの手品で『!?』となっていた頃、パンドラのクソ女は『ふぅ〜。やっと抜け穴から出られましたわ〜。建てさせた小屋で優雅に休憩でもしようかしら〜。ァハハ☆』とかほざいていたのでしょうか。


……ミャハよりも、めっちゃ腹立つわぁ。





「それじゃ、キャサリンさんもパンドラの協力者……とかですか?」


「……そこまでは分からない。でも、ヒンドリー卿があの時言ってた『キャサリン、もうお昼寝の時間だろう?』っていう言葉の通りなら、『協力者のシスターがキャサリンの部屋の鍵を開けて昼寝から起こし、あの場へ誘導した』って……のは、考えられるかな」


「……どちらにせよ、パンドラはクローバー教のシスターを完全掌握しているのは確かみたいですね。……ってことは、あの……ヒンドリー卿がクローバー家の次の当主を発表するとき、慌ててたじゃないですか。あれは……演技とかそんなんじゃなくて、本当に『次の当主は娘のキャサリンさんになる予定だったのに、養女のパンドラが知らん間に当主に決まってた』ってことなんですか……?」





ヒンドリー卿はパンドラが当主の座に付いたとき、卿は『違う、まさか、そんな、どうして、当主には、娘を』と酷く慌てておりました。


あれは、演技ではなくガチの事実だった……と言うことなのでしょうか。





「かもな。……ヒンドリー卿の可愛い天使が、いつの間にか知らん間にクローバー家を掌握しようとしてたんだろう。……こう考えると、もしかしたらキャサリンさんにとって、パンドラはざまぁされるべき悪役なのかもな」


「……パンドラとキャサリンさんの協力者説は消えましたね」





ますます事件の事が分からなくなりました。


色々な事実と推論に頭が混乱しますが、私達のやることは『キャサリンさんはこの世界の作者であるぷきゅのすけなどではないと証明』して、『リヒトさんを救うこと』です。



休憩の終わりを告げる鐘の音を聞いて、私は気合を入れ直しました。





◇◇◇





「それではまず、証人尋問から始めましょう」





んな無茶な……と言いたくなるほどの荒業で、タツナミ家の裁判官という地位を獲得したパンドラは、木槌を叩いて場の進行を始めます。



傍聴人達はザワザワしておりますが、肝心のタツナミ家がパンドラを認めてしまったのですから仕方ありません。



こんなのアリかいな……と思いながらも、私はリヒトさんを救うために勝負に乗ったのでした。



パンドラは、自分が被害者となったこの事件を、一体どう思っているのでしょうか。





「それでは検察側、ヘンリエッタ・ラネモネ様。冒頭陳述をお願いいたしますわ。わたくし、裁判官は初めてですから、お手柔らかにお願いいたします」





にっこりと微笑んだパンドラに、ヘンリエッタ様は「彼女に比べて口の利き方を良くわかってるね」と仰います。

そして……。





「今回の件は非常に不思議である。……我々の生みの親であるこの物語の作者、ぷきゅのすけ様に逆らったリヒト王子は、そこの裁判官……パンドラ嬢を毒殺した罪で有罪になるという物語を書かれてしまうそうだ。……物語の作者であるぷきゅのすけ様がリヒト王子を犯人として書いてしまうなら、犯人を捕まえ罪を立証する私の出る幕は無いと思うのだが、これは如何だろうか?」





改めて聞くと、無茶苦茶な話だなあと思います。


こんな夢みたいな話を通してしまったら、うちの国の司法制度の崩壊に他なりません。


まあ、すでにタツナミ家が崩壊寸前となり、司法制度もグラついているわけですが。





「ねえシドウさん。……もしこの話が成立してリヒトさんが有罪になったら、御三家の政治カードバトルの勝者は『警察騎士を超越した、この世界作者であるぷきゅのすけというチートカード』を持つクローバー家の勝利……ってことですよね」


「だな……。少なくとも、作者のぷきゅのすけが物語をそう書いたからって理由で無実のリヒト先輩が有罪にされたら、地道な捜査で事件を解決して犯人を捕まえる役目を持つ警察騎士は面目丸潰れで、ラネモネ家は末代まで笑い者になるだろうな」


「それじゃ、この裁判で一番ピンチなのは、リヒトさんじゃなくてヘンリエッタ様……?」


「…………だと思うけど」





馬鹿みたいなこの裁判は、ラネモネ家にとっては緊急事態なのでしょう。


だから、警察騎士の偉そうなおじ様達――ラネモネ家のなんか偉そうな人々も、この裁判の傍聴人として席に座っているのですね。



……なんだか、悪夢が現実に侵食してきたみたいなホラー物語を実体験しているようです。





「……でも、ヘンリエッタ殿には注意してくれ。……頼むプロメ、俺の言う事を信じてくれるなら、どうか『ヘンリエッタ殿だけは信頼しないでくれ』」


「え、シドウさん……それってどう言う」





シドウさんは、ヘンリエッタ様を長い間愛しておられるのでは?


愛する女性の悪口みたいなことをシドウさんが言うなんて、そんなの絶対におかしい。



辛そうな顔をするシドウさんが心配で仕方無く、下心無しの純粋な『どしたん? 話聞こか?』と言おうとした瞬間。



木槌が振り下ろされ、パンドラは




「それでは、我々のすべきことは作者であるぷきゅのすけ様の物語に従うこと。……わたくしは裁判官としてそう考えますけど、弁護側のプロメ様はいかがかしら?」




と言いました。





「! ……弁護側は、この世界の作者であるぷきゅのすけ様という存在を完全否定してリヒトさんの無実を証明します。……ですが、『この台詞も、ぷきゅのすけ様が書かれた台詞なのかもしれません。』……だから、まずはぷきゅのすけ様についての理解を深めたいと思います。……ですので、証人の召喚をお願いできますか? パンドラ裁判官」





パンドラが私に話を振った。


つまり、ヤツはクローバー家の味方もリヒトさん――ラネモネ家の味方もしないということなのでしょうか。



ヤツの意味不明な行動の不気味さに気を取られそうになりますが、今はそれどころではありません。





「ぷきゅのすけ様……キャサリンさんのお世話係をされていた、追放された隣国のヒーラー王子、エンジュリオス王子を証人として出廷させてください!」





私は気を引き締めました。

シドウさんとリヒトさんとロマンさんが頑張ってくれた三日間の捜査を、私が無駄にするわけにはいかないのですから。





「わかりました。それでは、エンジュリオス王子に証言をお願いいたしましょう」





パンドラは裁判官らしく木槌を振り下ろしました。














参考文献



発行者:梶本一男 編者:現代マスコミグループ『魔術・奇術・手品のタネ明かし』株式会社:青年書館


昭和58年8月31日




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