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77・生きとったんかい、ワレ

「物語の作者に事件の犯人として書かれてしまった人物を弁護する……なんて、ほんと小説みたいな展開になって来ましたね……。正直、頭がおかしくなりそうです」





裁判当日、私とシドウさんと『犯人にされてしまった』リヒトさんと、そして昨日の夜合流したロマンさんの四人は、クローバーランド――クローバー家の領土にある円形劇場に来ておりました。



ルイス戦のときは円形闘技場が裁判所でしたが、今度の裁判所は円形劇場です。





「……クローバーランドに着いてから、交流会の演劇にパーティーの舞踏会にキャサリンさん達の手品に……って、随分と『演技』に縁がありましたね」





私は弁護側控室に移動する最中、シドウさんに話しかけました。





「そうだな。……まあ、舞踏会……ダンスも演技みたいなもんだしなあ。……正直、高熱の時に見る悪夢みたいな日々だった」


「さっさと夢から覚めたいもんですね」





シドウさんと私は揃ってため息を付きました。





「ごめんみんな、ロマン、証人控室にいかな」





証人控室に向う曲がり角についたとき、ロマンさんはそう言ってから頭を下げてられます。





「リヒト先輩を、お願い」


「ああ! そう言うことだ!! ペペロンチーノ、シドウ、俺をお願いするぞ!!! ハハハハハハッ!!」





お前はお願い『してもらう』立場なんだよ、と思いながら満開の笑顔を浮かべるリヒトさんを見ましたが、別にツッコむ気はありません。


寧ろ、いつも通りのリヒトさんで安心したくらいです。



そうしてロマンさんと別れたあと少し歩いて、私とシドウさんはリヒトさんと共に弁護士控室へ入りました。


ソファーに座り、最終打ち合わせを開始します。





「すまねェプロメ。俺は前回のルイス戦と同じで、裁判への発言権は無い。だから、俺に出来るのは助言くらいだ。……肝心なところはお前任せになる」


「ええ。大丈夫ですよ。……昨日の夜散々打ち合わせしましたもん。……シドウさんが隣にいて助言をくださるなら、私は大丈夫です」




私は昨夜の打ち合わせの内容を思い出しました。


 


シドウさんは仰ったのです。




『今回の事件は、重要な部分を整理すると三つに分解できる。……



一つ目は【パンドラが毒を飲んだ点】


二つ目は【キャサリンが、この世界の作者であるぷきゅのすけを名乗る点】


三つ目は【キャサリンがぷきゅのすけを名乗るきっかけとなったクローバー家襲撃事件】



そして、俺達がやらなきゃいけないのは



【キャサリンは俺達の世界の作者であるぷきゅのすけである……というのを否定して、ぷきゅのすけに犯人として書かれてしまうリヒト先輩を救う】ことだ。



だから、一つ目の要素である【毒を飲んだパンドラがどうなったのか?】は一旦置いておこう。



もし、パンドラが生きていても、キャサリンがぷきゅのすけを名乗る以上リヒト先輩は犯人として書かれてしまうから。


それに、俺達にパンドラの生存を証明する証拠はなにもない。

だから、パンドラについては一旦保留で、今はぷきゅのすけ――キャサリンをなんとかしないと駄目だ』




これについては確かにそうだと思いました。



……こんなの、ルイス戦の裁判よりも難易度が跳ね上がっているように思えます。


だって、どんなに証拠を出してもどんなに論破をしても、キャサリンさんに『これも私が書いた物語だからねえ! ミャハハハハハ☆』と言われて終わりなのですから。



こんな馬鹿げた話が成立するのは、敵がクローバー家が相手だからです。


クローバー教に使える大勢のシスター達に、謎だらけのヒンドリー卿。


……そして、クローバー家に尻尾を振りたい司法のタツナミ家も加勢しています。





「タツナミ家側の裁判官……一体誰が来るんでしょうね。……ルイス以上に手強い相手が出て来たら、正直どうしたら良いのか。……正直なところ、優秀なルイスに勝てたのは運が良かったみたいなところがありますからね」





前回のルイス戦では、私が悪足掻きで放ったパンチが運良くルイスの弱点にクリティカルヒットして、そのままダウンを取れた……みたいな展開でしたから。



今回は、そのクリティカルヒットを『意図して』出さなければいけません。



……弁護士でも法律家でも名探偵でも無い、ただのスーパー金持ちな私にそんなこと、可能なのでしょうか。





「プロメ。色々と不安はあるだろうが、余計なことに気を取られなくても大丈夫だ。俺達がリヒト先輩を救う手段は、


一つ目は『この世界は物語ではなく現実そのものである』というのを証明するか、


もう二つ目は『キャサリンはぷきゅのすけではなくただの少女である』ってのを証明すること……っていう二つがあるわけだ。つまり、『二つのうちのどちらかを証明出来れば、俺達の勝ち』だ」





シドウさんは落ち着いた顔で言ってくれます。



でも、どうやってそれらを証明したら良いのでしょう。



一つ目の『この世界は物語ではない』というのは、いくら証拠を見付けてもキャサリンさんに『それも物語のうちだよ! お話にはリアリティがないとね! ミャハハハハハ☆』とミャハられて終わりですし、



二つ目の『キャサリンさんはぷきゅのすけではなくただの少女である』というのも、いくら証拠を突きつけたとしても『それも私が書いた物語のうちさ!』とミャハられて終わりです。



こんなの、どうやって戦えば。





「……いざとなったらキャサリンさんの両腕を良い感じに折って、『これで物語が書けなくなりましたねえ! ここから先のストーリーは一体どうなるんでしょうかねえギャハハハハハハ☆』とミャハに対抗してギャハってみましょうか……」





私が頭を抱えると、リヒトさんが「俺の前でそんなことしたら刑事部隊隊長としてお前を現行犯逮捕するぞ」と真面目な顔でツッコミを入れてきやがりました。


この人に正論を言われるのは、正直キャサリンさんのミャハハハよりも腹が立ってきます。



イラッと来てる私の隣で、シドウさんは




「……ヘンリエッタ殿は、一体どうされるのか」




とこぼされました。



するとリヒトさんは



「ヘンリエッタは俺を愛しているから、きっと俺を助けるために味方をしてくれるんじゃないか?」



と自信満々のドヤ顔で言いました。



正直マジかよと言いたくなりますが、確かに今回のヘンリエッタ様は『キャサリンが寝てるうちに部屋に忍び込んでみれば?』と助言をくださいました。


そのおかげで、部屋から出されたゴミを漁ってプルキノ・クルェスケの包装を見つけられたのです。



もしかして、ヘンリエッタ様は本当に私達の味方を……?





「リヒトさんの思い込みは置いといて、実際にヘンリエッタ様的にも、こんな馬鹿みたいな話で自分とこの管轄に置いてる第二王子リヒトさんを失うのは痛手なんじゃないですかね? ……だって、エンジュリオス王子の話を借りると、御三家同士の政治カードバトルをするなら『第二王子リヒトさん』っていうカードは絶対に手離したくないじゃないですか」





エンジュリオス王子は『他国の王子の身柄なんて……他の御三家との政治の場では絶対に持っていきたいカードですよね』と仰っていましたし。





「ヘンリエッタ様……今回は味方になってくれたり……」


「残念ながらそれは無いだろうな」





私の希望的観測に、シドウさんは申し訳無さそうな顔で首を横に振りました。





「あの人は、そんな人じゃない」





シドウさんは苦し気で怯えているような表情で仰います。


こんな熱い台詞をシドウさんは言われたというのに、私の脳は全く壊れませんでした。


なぜなら、その顔は愛する女について語る男の熱い顔ではないような気がしたからです。



何かお声がけしようかと思ったその時です。


カーンカーンと鐘の音が響き渡り、裁判開始を告げました。



リヒトさんは「お前ら! 結構かなり九割は信じてるぞ!!」と言ってビシッと私達に指を差してきます。



そして、係官に連れられながら「サイン? ああ良いぞ! もしあいつらが失敗したとき俺をここから逃がすのを手伝ってくれるならな!」と身も蓋も無いことを言いやがったのでした……。





◇◇◇





円形劇場は、円形闘技場と同じく弁護士席と検事席が向かい合うように立っており、両席を平等に見下ろせる壇上に裁判官席がありました。



裁判官席の背後には、風の精霊シルフ編でお世話になったタツナミの黄金像……ではなく、手を組んで空を見上げる可憐な顔をしたクローバーの黄金像があります。



その黄金像の足元には、クローバー教のシスター達がずらりと並んでいます。



皆、紫のシスター服を着ており、顔には黒いベールをかけていました。

とても不気味な雰囲気に、気圧されてしまいそうです。



この裁判は『クローバー家の令嬢に異世界転生したこの物語の作者ぷきゅのすけが、この国の第二王子を犯人として物語を書いた』というとんでもない内容であるため、傍聴人に一般市民はおりません。


なので、観客席……いや、傍聴人席には御三家の関係者達がずらりと座るだけです。


その中には、ラネモネ家管轄の警察騎士の上層部らしき偉そうな感じのおじ様達も座っており、まるで『このクソ忙しい中、小娘局長の検事ごっこを見に来てやったぞ』とでも言いたげな横柄な態度をしながら、ヘンリエッタ様を指差し仲間内でヘラヘラと笑っておられました。



……ヘンリエッタ様も、ラネモネ側で色々と大変なのですねえ。



そんなヘンリエッタ様は、私達弁護士席の向かいにある検事席に優雅に立ち、相変わらずいつもの微笑を浮かべて立っておられました。



ヘンリエッタ様的にも、今回の裁判は無茶苦茶で悪夢みたいな話でしょうに、この落ち着きっぷりは敵ながら流石だなあと思わざるを得ません。





「ところで、タツナミ家の裁判官は誰になるのかな? 家の存亡に気を取られず、平等で公平な判断が出来て、『第二王子を裁けるほどの地位を持つ』人材がいたら良いんだけど」





ヘンリエッタ様はニコニコ笑って、クローバー家に尻尾を振るだろうタツナミ家を煽っています。


……確かに、タツナミ家としてはラネモネ家には付きたくないですね。付いたら最後、死ぬまで……いや死んでもヘンリエッタ様の養分にされてしまいそうです。



一方、煽られたタツナミ家は何も言い返せないようです。

そりゃ、ルイスがとんでもない形で死に、しかも風の精霊シルフまでいなくなってしまったのです。



今のタツナミ家に、第二王子リヒトさんを裁くことができ、ラネモネ家の当主ヘンリエッタ様を裁判官席から見下ろすことが出来る人材なんて、いるわけ――――





「百年前。……このフォティオン王国を脅かす邪智暴虐の炎の精霊を倒すべく、慈愛の乙女と呼ばれたクローバーという女性がおりました」





突然。


裁判官席の背後にずらりと並ぶシスター達の中から、聞き慣れた声がしました。



蜂蜜のような粘着感のあるじっとりとした甘ったるい声です。



この声は。まさか。





「激しい戦いの中、クローバーはその可憐な唇から血を流し、命を落としてしまいます。……人々は悲しみに来れながら、愛しいクローバーの亡骸を棺――――『箱』の中に寝かせ、大地の精霊『ノーム』様の御許みもとへと旅立たせたのです」





裁判官席の背後にずらりと並ぶ大勢のシスター達の中から、金髪のショートヘアをした女性がゆっくりと歩み出て来ました。





「しかし、クローバーは大地の精霊ノーム様にこう言われました。『クローバー、貴女はまだここへ来てはいけません。貴女には、人々を導く慈愛の乙女としての役目があるのですから。……さあ、人の世界にお戻りなさい』」





金髪のショートヘアのシスターは、自身のベールを掴み、話を続けます。





「大地の精霊ノーム様から使命を託された慈愛の乙女クローバーは、人々を守り導き国を救うため、一度死にながらも再びこの地に生きて舞い降りてきたのです。……フォティオン教聖書『大地の精霊ノームと慈愛の乙女クローバー』第二十五節より」





そう言い終わった瞬間!



金髪のショートヘアのシスターは勢い良くベールを、いや『金髪のショートヘア』と共に脱ぎ捨てました!!!



現れたのは、銀髪です。


まっすぐと長く……腹立つけれど美しい銀髪でした。





「……大地の精霊ノーム様と、わたくしの妻であるルイーズ・シルフィード・タツナミ様は言いました。『パンドラ、どうか人々の世界に再び降り立ち、慈愛の乙女としてタツナミ家を……皆を導いて欲しい』と……ね」





どこを見ているのか分からない光の無い紫色の目。


ニタァと笑ってはいるけれど、本当に笑っているのか分からない不気味な笑顔。



間違いありません。あのクソ女です。





「パンドラ……生きとったんかいワレ……」





私は思わずそう呟いてしまいました。



隣に立つシドウさんは、「やっぱりな……」と小さな声でそう仰いました。





「パンドラ・ノーミード・クローバー改め、パンドラ・ノーミード・『タツナミ』が、棺という『箱』から蘇りしこのわたくしが! 大地の精霊ノーム様とタツナミ家の前当主ルイーズ様の代理として、裁判官として皆を導いて差し上げましょう」





パンドラは、両腕を上に広げて満面の笑顔でそう言いました。


まるで『大掛かりな脱出手品から生還した手品師のよう』です。





「ああ、勿論司法試験には受かっておりますし、裁判官のバッジも持っておりますわよ。フォティオン学園の司法科目の単位を取るついでに受けましたの。……あらあら、後出しでんなこと言うなやとでも言いたげな顔をしておりますわね、皆様……。特に、『弁護士資格も持っていないのに弁護士席にいる』プロメ様」


「!! ……そもそも、フォティオン王国の法律には弁護士資格が無いとここに立っちゃ駄目というのはありません!」


「それじゃあ、タツナミ家の当主ルイーズ様と『書類上では無く本物の婚約を交わして血判状まで頂いている』『裁判官資格のある』わたくしが、裁判官としてここに立つことに文句はありませんわよね?」


「それは……」





私は完全に言葉を無くしました。


あいつが学生時代に司法試験に受かってたなんて今知りましたけど、もしかしたらルイス――ルイーズさんに近付くために司法の勉強をしていた可能性はあります。


……だけど、そんないきなり言われても……ですし。

というかルイーズさんに近付いてパンドラは何がしたいの……? ですし、そもそもパンドラは棺に入れられ蓋は釘で閉じられ金槌でゴンゴンされてて、確かに地中深くに棺は埋められてて、それにそれにそれにそれに。





「プロメ」


「!」





突然の情報に混乱していた私の両肩を、シドウさんは優しく掴んで揺さぶりました。


そのお蔭で私は気を取り戻しました。





「落ち着けプロメ。今はあの女に構うな」


「で、でも。あの女、裁判官って、そんなの……。ただでさえ無茶苦茶な裁判なのに、一体どうしたら」


「あの女が裁判官になったところで、話の本筋は変わらない。……それに、この裁判の被害者はパンドラなんだ。……パンドラが無実のリヒト先輩を有罪にして何の得がある? 寧ろ、リヒト先輩を助けて恩を売ろうとしてくるかもしれない」





シドウさんは落ち着いた顔でそう言ってくれます。


そう言えば、シドウさんはパンドラが死んでからもずっと落ち着いたままでした。


脈を止める手品がある、と仰ったシドウさんは、パンドラがどこかのタイミングで戻って来ることを予想されていたのでしょうか。



落ち着いた私の耳に、裁判官の木槌の音が聞こえました。



裁判官席を見ると、パンドラは木槌を片手に光の無い目でニコニコと笑っております。



すると、タツナミ家のそこそこ偉そうな人が



「……パンドラ奥様……」



と傍聴席から立ち上がり、床に膝をついて手を組みパンドラへ頭を下げました。



この瞬間、パンドラはタツナミ家の亡きルイーズの妻として、『タツナミ家から』認められたのでしょう。



そりゃ、そうですよね。


ヘンリエッタ様というラネモネ家の当主に対抗できるほどの地位を持つ裁判官で、しかも当主だったルイーズさんとの婚姻届と血判状を持ち、そしてタツナミ家が尻尾を振りたいクローバー家の重要人物であるパンドラは、今の弱体化したタツナミ家としては最高にありがたい切り札でしょう。



その切り札に寝首を掻かれるかもしれないのに、溺れている人は藁でも有刺鉄線でも掴もうとするものです。



もしこの場でパンドラをタツナミ家の者だと認めずゴネたところで、ラネモネ家の当主である検事のヘンリエッタ様に対抗できる人物を出せず、どんどん発言権を無くしていくばかりになりかねません。



それならば、パンドラとかいう小娘を利用して復活しようとするのが、『司法を司るタツナミ家こそ国家の中枢である』と自称するタツナミ家らしい判断ですね。





「それでは、改めまして、パンドラ・シルフィード・クローバー改め、パンドラ・シルフィード・タツナミとして、この裁判を導いて差し上げましょう……ァハハッ」





パンドラは光の無い目を見開き、広角をニィッと上げて笑いました。


その笑顔は、慈愛の乙女というより、地獄から這い戻って来た亡者のようだと私は思ったのです。





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