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73・俺だって(シドウ視点)

天国から地獄とはこのことか。



タオル一枚のプロメと風呂に入り『ちょっとくらいチラ見しても……いや、ここは寧ろ夫として【妻が背中を洗ってくれたんだ。俺もお前の髪や体を洗うのを手伝うよ】とかドスケベなことを言って、エロい部分にシャワーを優しく当てて【ゃんっ♡ そこはだめぇ♡ シドウさんの手で洗って欲しいですぅ♡】とか言われてえなあ……』とアホみたいなことを考えて浮かれていた次の瞬間。



プロメは『メテウス』『エトン』と口にしたのだ。



余りに衝撃過ぎてすぐにヘンリエッタ殿へ知らせなければと部屋へと走った。



ヘンリエッタ殿の部屋のドアを勢い良く叩き「俺です! ご報告があります!」と告げると、ヘンリエッタ殿は髪を解いてバスローブ姿で出て来たのだ。



……この人も風呂とか入るんだ。汗とか新陳代謝とかそういう生き物らしさから外れてる人だとばかり。


そんなことを思った。



ヘンリエッタ殿は相変わらず不気味な微笑みを浮かべたまま、顎で『部屋に入れ』と指図してくる。



この、人を人と思わない尊大な態度が嫌だった。


リヒト先輩のロックスターな尊大とは違う、完全に自分以外を見下している嫌な態度である。





「それで、報告というのは?」


「……さっき。プロメが言ってました。幼少の頃、カナリヤの炎の首領であるエトンとその息子メテウスと交流があったと」





俺は先程プロメから風呂場で聞いた話を、目の前で偉そうに椅子に座るヘンリエッタ殿に報告した。



だが、ヘンリエッタ殿は眉をピクリとも動かさず、微笑んだまま




「ふうん」




とだけ答えた。





「あの、まさか、知っておられたのですか……?」





カナリヤの炎の構成員に炭鉱従事者はいない。

当然ナルテックス鉄工の関係者もいない。


いるのは政治犯や冒険者崩れの荒くれや社会からはみ出た暴力者くらいだ。



公安時代の先輩は『カナリヤの炎はエトンという荒くれ者が結成した反王国組織』である、としか言っていない。


当時の公安部隊は結成して間もなく予算も無かったため、調査の進みもこの辺りが限界だったのだ。





「連中の名前はカナリヤの炎だ。カナリヤは炭鉱の鳥。人が安全に作業できるかどうかを命がけで知らせる鳥だからね。そんな名前の付いた連中のボスと息子が、炭鉱業界の重鎮であるナルテックス親子と交流があってもおかしくはない」





ヘンリエッタ殿はそう言うと「さて、ここで問題だ」と人差し指をピンと立てた。





「エトンの息子メテウスが襲撃して来た今、ヤツは次にどんな行動を取るだろうねえ」


「どんな行動って、……まさか連中、プロメを」


「…………昔出会った王子様みたいな美男子メテウスが、偶然を装いロマンティックな再会を演出して、プロメさんの心を手に入れに来るかもね」


「……ナルテックス鉄工の金目当て、ですか?」


「それだけじゃないよ。……ナルテックス鉄工には大勢の鉱夫――加護無しがいる。……しかも、グスタフが逮捕されても娘のプロメさんを未だ愛する忠誠心も持ち合わせている。……私がもしカナリヤの炎の残党を束ねる若頭なら……あの子は喉から手が出るほど欲しいお姫様だ」





椅子から立ち上がったヘンリエッタ殿は、両手を後ろに組んでスラスラと言葉を続ける。





「いいかいシドウ。あと五年もすれば、プロメさんはそこら辺の貴族令嬢以上の価値を持つお姫様になる。……我が国の鉄工業を支えるナルテックス鉄工――国家の心臓たる大企業の姫君だ。……そんな姫君を得体の知れない王子様なんかにくれてやるわけにはいかないんだ」


「……ヘンリエッタ殿、あんたまさか、俺にプロメとの面会を許して交流させたのは……『カナリヤの炎の残党を蹴散らした褒美なんかじゃない』……『プロメやナルテックス鉄工の監視役にするため』だったんですか」





そう考えたら全てが納得出来る。


ヘンリエッタ殿にとって、プロメがカナリヤの炎やその他フォティオン王国に仇なす連中の手に落ちるのは一番避けたいことだ。


それなら、身近な捨て駒で、しかもプロメに未分不相応の片思いをしている、無駄に戦闘能力だけは高い馬鹿な男は監視役に相応しいだろう。





「そんな、まるでプロメを騙して近付いたみたいな、卑怯なことを……俺にさせたんですか?」


「……私はただ、お前の望みを叶えてやっただけだよ? プロメさんとの再会を望んだのはお前だ、シドウ。……お前が私に『プロメと一目会いたい』と願ったのが、この結果さ。……それに」





ヘンリエッタ殿は俺のネクタイを掴んで、ぐいっと引っ張った。


まるで、馬鹿犬のリードを引いてご主人様の言うことを聞かせるみたいに。





「お前は立派に『取ってこい』をしたじゃないか。……どんな手を使って手に入れたのかは知らないけど、炭鉱のお姫様からカナリヤの炎の連中の情報を、お前は確かに手に入れて、私に報告したんだ」


「でも、それは部下として当然では」


「うん。そうだね。『お前は私の部下だからね。』当然だ」





この人の部下である以上、俺は二重の意味でプロメを騙していることになる。


グスタフ氏のこと、そして監視役にされてしまったこと。



いっそ警察騎士を辞めようかと思うが、そんなのは許されない。


コーカサス炭鉱爆破事故を始めとして、俺は公安部隊として秘密を知りすぎた。



だから、ヘンリエッタ殿はグスタフ氏の面会を頼み込んだ俺をクビにはせず資料室に叩き落としたのだ。





「……シドウ、良いのかい? プロメさんがメテウスや他のクソ野郎に弄ばれて利用されてゴミみたいに捨てられても。あの手のクソ野郎共は目的のためなら平気で自分の女を他の男にくれてやるゴミクズだ。……良いのかな? プロメさんがそんな目に遭って」


「……そんなの、良いわけ」


「なら、話は一つだシドウ。……プロメさんを護れるのはお前だけだよ? お前はもう、前に進むしか無いんだよ。……これは命令だ。……お姫様を、プロメさんを、王子様から奪って来い」





それはつまり、『プロメに一生嘘をつき続けて監視して来い』ということだろう。





「国家の治安維持のため――愛する者を護るため。……仕事はしてもらうよ? シドウ・ハーキュリーズ」





ヘンリエッタ殿の蛇のような目に睨まれ、何も反論することが出来なかった。


この人のお蔭で今の俺がある。


この事実が昔は誇らしかったはずなのに、今はもう足枷以外の何物でもなかった。





◇◇◇





地獄から送り返された気分で部屋に戻ると、プロメはいなかった。



置き手紙には『さっきはすみません。売店に行ってなんか買ってきますね』と書いてある。


恥ずかしながら置き手紙すら愛しくて、警察騎士の手帳にそっと仕舞い込んだ。





「……俺も、謝らないと」





公安事項に関する事柄――『カナリヤの炎を始めとする国家に仇なす連中からプロメを護り監視する』という俺の本当の役目を伝えるわけにはいかないが、それでも『せっかく思い出話をしてたのに、突然プロメを放ってどっかに行った』ことは謝らねばならない。



急いで売店へと向かうと、その前のロビーで後ろ姿のプロメの正面に立つあの野郎がいた。





「エンジュリオス王子……あの、一体何を」





名前を呼ばれたエンジュリオス王子は俺が見物していた売店で買ったらしい口紅を片手に、プロメの肩を触って振り向かせた。


誰の許可取ってプロメに触ってんだよ。





「可愛いでしょ? やっぱりプロメさんにはイエベ春系のピーチブロッサムの透明感のあるシアーなリップが合うかと思って」


「は? 何語っすか」





プロメの唇には確かに綺麗な色が乗っている。


だけど、それを乗せたのがエンジュリオス王子だと思うと、ムカついてどうしようもなかった。





「あ、シドウさん。……いやあ、売店に行ったらそこのロビーでエンジュリオス王子がタバコ吸ってて。……シドウさんと同じタバコだな〜って見てたら目が合ったんです」


「それで……なにか、話したのか?」





なにを? なにを話したんだ?

それって、俺には言えないことか?


……なんて、秘密を二つも抱えた俺が言えたことじゃない。



言えたことじゃ、ないけど。





「あの、もう良いですか?」






エンジュリオス王子こいつがプロメの肩に触るのが嫌で嫌で、ついプロメの腕を掴んでこちらへ抱き寄せた。



この前、こいつがプロメを抱き締めていた現場を見たときは、何も出来ずに酒に逃げることしか出来なかったから。


あんな思いはもう二度としたくない。





「この人、俺の妻なんで」





こんなこと言う資格なんて本当は無いけど。



それでも、こいつだけには渡したくなかった。



いや、エンジュリオス王子こいつだけじゃない。

誰にも渡したくない。誰が渡すか。


プロメは俺のおんなだ。





「……ぁのう……シドウさん、すみません……制服にリップ、付いちゃったかも……」


「え?」





俺に抱き込まれたプロメは申し訳無さそうに見上げてくる。


確かに、あの腹立つ綺麗な色の口紅は拭われていた。

抱き寄せた瞬間制服についたのだろう。



ああ良かった。そもそも、そのままで充分に綺麗で可愛いプロメの唇に紅なんかいらない。


付けるとしたら、俺が選んだ物がいい。





「いいよ。気にすんな。……それじゃ、後で一緒にシミ抜きするか」


「! はい! いや〜ようやく妻らしいところをお見せできますねえ! このプロメ、洗濯なら実家で学んで来ましたからね!」


「ついでに火加減も学んでいこうか」





そう言ったあと、「帰ろ?」と手を差し出した。


プロメは「はい!」と笑って、俺の腕に飛びついて来る。



見たかよエンジュリオス。これが俺のプロメ《おんな》なんだよ。


お前が間に入る隙なんかねえんだよ。


だからさっさと消えろバカ王子。





「……妻に親切にしてくださって、ありがとうございます」





エンジュリオス王子に振り向き、礼儀正しく吐き捨てた。



俺の背後でもう一人の俺が『隣国の王子様――エンジュリオスとくっついた方がプロメも幸せなんじゃねえのか? ……嘘と秘密まみれの俺と違って』と囁いて来るが、それは聞こえないフリをした。





「おやすみなさ〜い」





俺にメンチを切られたエンジュリオス王子は、馬鹿にしてんのかと言いたくなるほどのにこやかな顔で手を振っていた。





◇◇◇





「……あのさ。さっきはごめんな。突然どっか行って」


「そ、それは良いんですけど……あの、シドウさん。今夜はなんか……近くないですか……?」


「そうか? 気のせいだろ」


「そ、そうですかね……」





色々あったけど夜遅いし寝るか〜となり、昨日のように『女慣れの練習』として一緒にベッドに潜り込んだ。


だが、今日は『腕枕の練習をするため』とかなんとか言いくるめて、プロメに腕枕をしながら眠ろうとしている。



この唇に他の男が買った口紅が塗られたと思うと、腹立たしくて仕方ない。


そんなこと思っていい立場じゃないのはわかっているけど、プロメが他の男に奪われそうになった瞬間、秘密も嘘も罪も全部忘れて嫉妬と独占欲に突き動かされたのだ。



俺だって、お前になんか贈りたかったんだよ。


何語かわからん商品名や説明文について勉強したら、お前に一番似合う色を俺が見付けたかったんだ。



俺だって、もっと綺麗で可愛いお前のことが見たかった。



何もしなくても最強に可愛いけど、俺の選んだもんでもっと可愛くなるプロメが見たかったんだ。





「……あの、シドウさん」


「ん? どした?」





プロメは真っ赤な顔で戸惑うように目を潤ませながら、俺をじっと見てきた。





「どうしでした? さっきのリップ。……似合ってました?」





そんな縋るような目をして、何を聞くんだ。


エンジュリオス王子あいつの選んだモノのことなんか、今すぐにでも忘れりゃ良いのに。





「プロメなら何でも似合うよ」





そう言ってプロメの頬を撫でた。





「可愛いから」





恥ずかしさを押し殺してそう言ったら、プロメは目を丸くして頬を真っ赤にしていた。





◇◇◇





「シドウ・ハーキュリーズさん……。忠義者で義理人情に熱くて、相手の幸せの為なら喜んで身を引ける正義感と自己犠牲心を持つ、罪悪感に塗れた男……かあ」





シドウがプロメを連れて帰ったあと、エンジュリオスはシドウと同じ銘柄のタバコを吸いながら、困ったように笑っていた。





「困るなあ。聞いてた話と違うんだけど」



















ついにコロナから全回復しました!!

コロナ中も連載を続けた功績を讃えて、べた褒めレビューと高評価とブクマよろしくお願いいたします~!

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― 新着の感想 ―
[良い点] コロナでお辛い中連載を途切れさせずに投稿お疲れ様でした!! ぷきゅのすけ先生の小説の中にぷきゅのすけという人物が出たり似た感じの薬が出たら、偽ジュリジュリが出たり、ジル先生がドンドン残念に…
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