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69・形振りかまっていられません!

「……これからどうしましょうか……。キャサリンさんも今はお昼寝中だそうですし、ヒンドリー卿は私達にブチギレてますし、エンジュリオス王子には全部話聞いてますし……」





私とシドウさんとリヒトさんは、クローバー宮殿とホテルの中央にある中庭の噴水広場のベンチに座り、途方に暮れていました。





「どうします? シドウさん」





隣に座るシドウさんに聞くと、シドウさんは困った顔で




「う〜ん。……色々と謎は多いけど、取り敢えず俺らがやらなきゃならねェのは『無実のリヒト先輩を護り抜くこと』だろ? だから、そのためには『キャサリンに【書き換え】なんて能力は無い』と証明しなきゃいけないわけだが……」




と悩まれました。



確かに、キャサリンさんは『三日後の裁判でリヒト王子の物語を書き換えて犯人にしてやる』と言いました。



これを阻止するには、三日後の裁判までに



『キャサリンさんに【書き換え】の能力なんて無い』



と証明しなければなりませんが、それが出来る決定的な証拠が無いのです。



悩む私達に、リヒトさんが




「シドウ、お前が見破ったキャサリンの手品の話を裁判でそのまましたらどうだ? そもそもあの娘が【書き換え】を行った舞台に仕掛けがあるんだろう? それをバラせば即解決じゃないか」




と仰います。





「確かに。リヒト先輩の言う通り、『白骨化のマジック』と『ガチョウの首』のマジックは、俺達にも解説可能なんですよ。…………ただ」


「ただ? ただ、何だ?」


「……『それも【書き換え】のうちだよ☆ だってこの世界は私が書いているからね! ミャハハハハハ☆』って逃げられるのがオチです」


「んなアホな……」





リヒト先輩に『んなアホな』と言われたら、もうお終いって感じですね。



でも、改めて思い返すとほんと『んなアホな』って感じです。



この世界は物語で、それを描いたのは異世界にいるぷきゅのすけなるお人で、そのぷきゅのすけが五年前に空き巣みたいな形でキャサリンさんの身体に異世界転生して、物語の作者であり物語の『書き換え』の力を持つキャサリンさんに、リヒトさんはパンドラに毒を盛った犯人にされてしまう。



……というか、そもそも、こんな無茶苦茶なことでリヒトさんが逮捕されても良いのでしょうか。





「シドウさん。もし私達がこのまま何もしなきゃ、リヒトさんはクローバー家に証拠を捏造されまくって有罪にされるんですよね?」


「……ああ」


「でも、その証拠って全部偽物なんですよね? ……というか、キャサリンさんがリヒトさんの物語を『書き換え』たから有罪にする……なんて、そんなアホみたいなこと可能なんですか?」





考えてもみりゃ、こんなアホな話あるかい、という具合です。





「……問題は、タツナミ家だ」


「え」





シドウさんは真剣な顔で手帳を開き、三つの丸を書きそれぞれに『タツナミ家』『ラネモネ家』『クローバー家』と名前を書き入れました。





「司法の管轄はタツナミ家だろ? ……でも、今のタツナミ家にはルイスがいない。……しかも、風の精霊シルフも、俺達がぶっ殺したんだ」


「……つまり、タツナミ家は他の御三家に比べて丸腰の大ピンチってことですよね」





私の言葉にシドウさんは頷きながら、手帳にあるタツナミ家の隣にルイスと風の精霊シルフと書いたあと、それを横線で消しました。



一方、クローバー家には当主に近いヒンドリー卿と大地の精霊ノームと書き入れ、ラネモネ家にはヘンリエッタ殿と水の精霊『???』と書かれました。



シドウさんの字は大変芸術的で個性的ですが、頑張ればなんとか読めるようになったのです。





「仮に、弱体化したタツナミ家がラネモネ家に擦り寄るなら、ラネモネ家の管轄である警察騎士にいるリヒト王子のことは無罪にするだろう。……そうしたら、ヘンリエッタ殿に恩が売れるから」


「そうですねえ……ってことは逆に……もし、タツナミ家が『クローバー家に就いてしまったら』……リヒトさんは」


「……クローバー家の証拠と証言を鵜呑みにしたタツナミ家の裁判官が、リヒト先輩を有罪にしてラネモネ家にダメージを与えて来るだろうな」


「そんな……人を裁くことをなんだと思ってるんですかタツナミ家は……」





でも、あり得る話です。だって、タツナミ家の当主だったルイスは、揚げカスの自然発火による火災にビビり散らしてその場にいた炎の加護人である私に逮捕命令を出したんですから。





「そして、これは俺の考えだが、タツナミ家は恐らくクローバー家に付くだろう……。パンドラ・クローバーのこともあるしな」


「……パンドラ……確かに。ルイス……いやルイーズの秘密を握るほどの仲良しで、しかも婚姻届と血判状まで出させてた間柄ですからね」


「……しかも、クローバー家には大金が集まる。その金のお零れがもらえれば、タツナミ家が体制を立て直すことも可能だろう」


「でも、ラネモネ家だって、警察騎士って旨味がありますよね? それは」





私がそう言った瞬間、シドウさんとリヒトさん以外の声が背後からしました。


優しく甘く、そして凛としたお声です。




「もしタツナミ家がラネモネうちに擦り寄るなんてことをしたら、頭からバリバリと食べちゃおうかな」


「ヘンリエッタ殿!?」





私達三人には、噴水の向こうに立っているヘンリエッタ様に気づき飛び上がるようにベンチから立ち上がりました。





「ヘンリエッタ!!! やはりお前は今日も美しいな!!! 未来の夫である俺を心配して来てくれたのか!?」


「私には勿体無いお話です、リヒト王子。貴方にはもっと素晴らしい未来が待っていることでしょう」


「謙遜するな、ヘンリエッタ。……ロックスターの妻は国一番の美女であり、妬む気持ちすら起こらない完璧な女でないと」





リヒトさんがいらんことを話し始めたので、私は「ほらリヒトさん! さっきそこで買ったドーナツですからね」と口にドーナツを突っ込みました。





「ヘンリエッタ殿、どうされたんですか」





シドウさんの声が張り詰めます。

火災現場のときみたいに、私を背に隠してヘンリエッタ様から見えないように前に立たれたので、私は『そうはさせへんぞ』とシドウさんの隣に立ち、女性向け恋愛物語に出てくる悪役クソぶりっ子のようにシドウさんの腕に抱き着きました。



しかも、「私……なんだか怖いですぅ」と一発ぶりっ子しておきました。



隣でリヒトさんが「何が怖いんだ? 抑えきれない性欲がか?」といらんことを言いやがったので脛を蹴っておきました。





「何か御用ですか?」





私に抱き着かれながらも、シドウさんはヘンリエッタ様から目を離しません。


……私も負けずにシドウさんから離れません。





「タツナミ家は、恐らくクローバー家に付くだろうね。ラネモネうちについたら取り込まれるだけだから」


「……ヘンリエッタ殿がいれば、そりゃそうなりますよね」


「だから、三日後……いや、もう二日後かな。……裁判では、タツナミ家とクローバー家の両者がグルになってリヒト王子をハメに来るだろうね」


「……御三家のうち、二つが相手か……」





ルイス戦では、相手にしたのはタツナミ家だけでした。


しかも、ルイスは頭はいいけど場外乱闘には慣れてない、戦闘経験の無い深窓の令息……いや、深窓の令嬢でした。



だからこそ私なんぞでも勝てたのかもですが、今回は話が違います。


タツナミ家とグルになったクローバー家が相手になる。



……結構絶望的だなと思いました。





「形振りかまっていられるかな? このままだと、お前の大好きな先輩は無実の罪で大変なことになってしまうよ?」


「シドウ!? お前は俺のことをそんな風に……!? やはりお前はツンデレだったか! ……ということは、俺にもボロネーゼに抱くような性欲を」


「……プロメ、頼む」


「はい!」





私はリヒトさんの口にドーナツを突っ込みました。





「ヘンリエッタ殿は、何を仰りたいのですか?」


「人に話を聞く前に、まずは『行動してみろ』。お前は人に話を聞いて回っているが、まだ『行動はしてない』だろう?」


「……行動……?」





シドウさんは少し悩まれてから、



「相手の部屋に勝手に忍び込んで調べろってことですか? でも、さすがにそれは」



とお答えされました。





「お前が『心優しい警察騎士のシドウさん』のままじゃ、この事件は解決しないよ」





ヘンリエッタ様はそう言って私達に背を向けられます。



そして。





「今はお昼寝中らしいね、この世界の作者様は。……作者が眠ると、この世界も時が止まるのかな?」





と意味深なことを言って去って行かれました。





「ねえ、シドウさん……。まさか、ヘンリエッタ様……。『キャサリンさんが寝てる間に部屋に忍び込んで調べてみろ』って言ったんじゃ」


「ああ……だろうな」





ヘンリエッタ様が私達に助言をしたのでしょうか。


そもそもヘンリエッタ様はシドウさんとリヒトさんの上司なのです。そりゃ助言くらいします。当たり前の行動です。



でも、なんというか、これをヘンリエッタ様の『実は良い人でした展開のフラグ』だとは毛ほどに思えません。


ヘンリエッタ様の真意が、何一つ掴めない。





「……確かに、一度調べてみても良いかもな」





シドウさんは考え込まれております。





「でもシドウさん、いくら何でも公爵家の令嬢が寝てる部屋に忍び込むって、見付かったらヤバイんじゃ」


「確かに……様子を見に来るシスターとか、絶対にそんなんがいるよな……」





私達は悩みます。



そんな中、




「ヘンリエッタ……俺を心配して来てくれたのだな! あいつも俺に惚れてしまっているのか……! 国一番の美女すら虜にする俺のロックスターな美貌が恐ろしい!」




とリヒトさんはドーナツ片手に悦に浸っていました。



そんなリヒトさんは、クローバーランドのアトラクション地域に行けば、サイン待ちのファンが行列を作ってしまうほど。


まるで、アトラクションの一つのようです。





「コイツ、使えますね」





私がそう言うと、シドウさんも「同じこと考えてた」と返されました。





◇◇◇


  



「すまない。道に迷ってしまったんだ。……それに、何だか調子が優れなくてな……。頼む。少しだけ傍にいてくれないか?」


「ええ……リヒト王子……」





と、部屋の外から聞こえて来ます。



一方、部屋の中にはキャサリンさんの微かな寝息がするのみです。



私とシドウさんは、キャサリンさんのお部屋に忍び込んで色々と物色していました。



その際、見回りに来たシスターをリヒトさんの美男子王子パワーで足止めしているのです。


忘れがちですが、あれは国中から愛されるロックスターですからね。足止めにはピッタリでした。




「シドウさん、キャサリンさんのお部屋……鍵がかかって無くて幸運でしたね」





私の言う通り、キャサリンさんのお部屋には鍵がかかっておりませんでした。


公爵令嬢のお部屋ですのに不用心で良いのでしょうか。

それとも、キャサリンさんはこんな状態ですから、お世話役のシスター達が出入りしやすいようにあえて開けてある……とかですかね?


取り敢えず、忍び込んだ際に怪しまれないよう鍵はかけたのですが、なんだか空き巣に入ったみたいで落ち着きません。





「……シドウさん……。もしこれがバレたら……私らもムショ送りですかねえ……?」


「そうなったらキャサリンさんに土下座して『書き換え』てもらおうか」





私達は小声で会話をしながら、キャサリンさんの部屋を色々と見て回っていました。





「……にしても、キャサリンさんって多分十代後半ですよね? パンドラのとこお義姉様つってるくらいですから、パンドラよりも年下ではあるけど……」 


「パンドラはいくつなんだ?」


「私と同じ十八です。……ですから、キャサリンさんは十七とかそこら辺でしょうねえ」





キャサリンさんが十七歳だとすると、五年前のクローバー襲撃事件ではまだ十二歳だった。



十二歳の少女があんな惨たらしい事件に巻き込まれたんです。



……そりゃ、夢の中に逃げてしまうのも無理は無いでしょう。





「……キャサリンが今十七歳だとすると、この部屋は……ぶっちゃけ、かなり『子供っぽく』ないか?」





シドウさんがやたらとファンシーな机を見ながら言いました。


確かに、お部屋全体がファンシーで可愛らしく、まるで夢の中のお姫様の寝室のよう。


あちらこちらに大きなぬいぐるみがあり、それらは全部クローバーランドの愉快な仲間たちのぬいぐるみです。



黒ウサギのブラッニー。白ウサギのホワイニー。ヒツジのモフウール。アルパカのジェントルパカ。キツネのフォックス卿。


他にも色々といらっしゃいますが、ロマンさんならわかるのでしょうか。



……ですがこのラインナップ。どうにか気になる物があるんですよねえ。


パンドラが毒で倒れる前、劇場にいた頃から気になっていたのです。



この動物達のラインナップ、何か気になるような。





「……それにしても、随分可愛らしい動物ばっかだな。……トラとかライオンとかカバとかヒグマとか、そんな強そうな奴らはいねえのか」


「まあ……ぶっちゃけクローバーランドは女性が主なターゲットの夢に溢れたテーマパークですから……。女性ウケする可愛い系の動物しか難しいでしょうねえ」


「……確かに。建物とかもなんか可愛い感じだし、こう男心に刺さるメカっぽさとかそういうのも無いしな」





シドウさんは「……逆らうやつは食い殺す、ヒグマのオジキ……なんて出せるわけねえか」と呟かれました。


多分、クローバーランドの可愛くて愉快な仲間達のレパートリーを考えておられたのでしょう。



そんなシドウさんを微笑ましく思いながら、私はファンシーな本棚を色々と眺めておりました。





「……キャサリンさんも……恋愛物語がお好きなんですねえ……」





キャサリンさんの本棚には、私も読んだことがあるような恋愛物語の小説本がずらりと並んでおりました。


まるで、自分の本棚を見ているみたいです。





「……あれ?」





そんな本棚の隣の机に、カバーが日焼けした古い感じの本が三冊だけありました。



本棚ではなく三冊だけ机の上に並べて置くというのは、この本は他の本と違ってお気に入りだから手に取りやすい場所に置いていたのでしょう。



なんだろう? と思いますその本を手に取ると。



「『私の夢の王子様〜自分で書いた物語に異世界転生して自分のキャラに溺愛された件について〜』……あ、これ……私も読んだこと……ある」





そっと手に取ると、カバーのイラストにはベレー帽を被った女の子の隣に、長い金髪で黄緑の目をした王子様がいて……。


そして。





「黒ウサギに白ウサギにヒツジにアルパカにキツネが擬人化したイケメンの逆ハーレムもの……。妙に引っかかる動物のラインナップは、これでしたか」





パンドラが倒れた劇場にて、どうにも気になっていた疑問が晴れました。


だからどうしたという小さな疑問ですが、晴れないより晴れた方がマシです。





「……まあ、この物語も元は童話をモチーフにした作品ですからね……。同じ童話をモチーフにしてるクローバーランドと動物のラインナップが被っても……。でも」





『私の夢の王子様〜自分で書いた物語に異世界転生して自分のキャラに溺愛された件について〜』というタイトルがやけに引っかかった私は、本を手に取り昔読んだ記憶を頼りにペラペラとページをめくります。



自分が書いた物語に異世界転生してしまい、ヒロインに憑依してしまう主人公が、自分の理想の王子様や擬人化したイケメン動物達に溺愛されまくるお話。



こんなのって。



「この物語……まるで、キャサリンさんの状況そのものなんじゃ」





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