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66・どしたん? 話聞こか?(シドウ視点)

「あれ? リヒト先輩は?」





聞き込みを終えて一日が終わり、色々と考えながら入浴を済ませ部屋に戻ると、リヒト先輩はベッドでスヤスヤと能天気に眠っていた。



プロメは「やっと寝ましたよ。……正直、元気過ぎる子供と過ごしたみたい」とベッドに座ってぐったりしている。


ああ、だから部屋には明かりが付いておらず、月明かりが差すだけなのかとわかった。


リヒト先輩が眩しくて起きたら面倒くさいもんな。



先輩の面倒くささを熟知している俺は、なるべく音を立てないよう椅子をベッドに寄せて、そこに腰掛けた。



ちなみに、プロメも風呂を済ませているので、子犬の耳みたいな可愛いお団子はほどけている状態だ。

この姿は身近な人しか見られない。


……正直、リヒト先輩にも見て欲しくなかったが、あの人は多分『あの犬の耳みたいな髪型のボロネーゼがいないぞ! 誰だこの女!』となるだけだろう。





「悪かったな……リヒト先輩の世話を任せっきりで」


「いえいえ! シドウさんは手強い人達から情報を聞き出してくれていたんです! エンジュリオス王子はともかく、ヒンドリー卿を相手にあそこまで冷静に聞き込み出来るなんて、さすがシドウさんって感じですよ」


「そ、そっか……うん」





プロメから直球の褒め言葉をぶん投げられるのはいつものことなのに、今だにソワソワしてしまい慣れなかった。


プロメは俺のやることなすことを全力で褒めてくれる。



俺が作った飯には『シドウさんのお料理は美味しいです!! これから私に毎日味噌汁を作ってください!!』とか言ってくれるし、


俺のダッセェ私服にも『なんで貰いモンの半袖シャツとジャージのズボンとサンダルという格好なのにそんな反則級にカッコいいんですか!? 最強過ぎる元の良さが無双しているッ!!』と言ってくれるのだ。



背筋が蕩けそうになるほど嬉しいが、プロメにここまでしてもらえる資格が自分にあるのだろうかと不安にもなった。





「それにしても、ヒンドリー卿は中々に手強いですね。完全にキャサリンさんをぷきゅのすけと言い張ってますし」


「……だな。正直、ヒンドリー卿には『頼むから娘の話に合わせてくれ』って言われるかと思ってたが……あそこまで頑に心を閉ざされると……崩すのは難しいかもなあ」





ヒンドリー卿の態度を思い出す。


娘があそこまで心を閉ざして夢の中に逃げ込んでしまっている状態なのに、ヒンドリー卿はそれについて悲しんだり心配したりする様子を見せなかった。



まあ、キャサリンがああなってから五年が経っているのだ。


もしかしたら、ヒンドリー卿はキャサリンについて悲しむのに疲れてしまっているのかも知れない。





「というかシドウさん。ヒンドリー卿がさっきシドウさんに『貴方は体温が高いから』って言い当てたじゃないですか。……あれも、何か手品なんですか? ……こう、体温がわかる不思議な何かを使ってたとか」


「ああ、あれな。……あれは手品でも何でもないよ。ただの推理」


「……推理? ですか?」





プロメは首を傾げて不思議そうな顔をする。

そんな些細な動作がたまらなく可愛い。


ふと抱き締めそうになった手を引っ込め、深呼吸して表情を引き締めた。





「ああ。……ほら、俺は警察騎士の制服を着崩してるだろ? シャツも第二ボタンまで開けて胸元開いてるし、腕まくって外套は背中に流してる。……こんな着崩しをしてる悪人面が、貴族の男みたいな礼をやってのけて言葉遣いも気を付けていた。これはただの反抗心で着崩しているのではない。……それじゃ、もしかしてただ暑がりなんじゃ……? って」





実際、警察騎士だけじゃなく、人の悩みを言い当てる占い師や、人を驚かせる手品師もこういった推理をすることがある。


見た目の情報からわかることは意外と多いのだ。





「確かに……! 私も最初シドウさんを見たときは、マジでヤバいタイプの不良警察騎士かと思いましたもん! …………って、あ…………あの時は……その、本当にごめんなさい……」





プロメは俺との出会いを思い出してシュンと俯いてしまう。



そんな顔させたくない。

お前には、いつも笑っていて欲しい。



そう言う願いを込めて




「気にすんなよ。俺もあの時はごめん。……本当にすまなかった」




と謝った。




実際、一目惚れして一年間片思いをしていたプロメに会いたかったからと言って、牢屋にぶち込まれ心細い思いをしてる女にグイグイ迫って良い理由にはならない。



あれは、俺が原因だ。





「……でも、不思議ですよね。……出会い方がアレだけ無茶苦茶だったのに、今はこうして一緒に誰かを助けようとしてるなんて」


「そだな」





もし、あの場でプロメが『冤罪を晴らすために一緒に戦ってくれ! 捜査権獲得のために結婚しよ!』と言わなかったら、俺は二度とプロメと会わないつもりだった。



牢屋とはいえ、同じ部屋で会話出来たんだ。

それだけで充分だった。



……でも、だんだんとそれだけじゃ満足出来なくなった。



泥酔して帰って来て、プロメに言ってしまったことを思い出す。




『なんで? なんでこんなに好きなのに、好きになってくれないんだ』




今どき子供でも言わないような我儘を聞かせてしまったのを覚えている。


正直、泥酔したときの記憶はあまり残ってないが、これだけはなんとなく覚えていた。





「……なあ、プロメ。……もし全部が片付いたら、お前はどうするんだ?」


「え……。そう、ですねえ。……考えたこともなかったですね」


「…………やっぱ、令嬢だし。誰かと結婚でも、すんのか」


「!? え、あ、あ〜。……ど、どうなんすかね、アハハ。ちょ、直球で聞かれると、さすがの私でも照れると言うか……なんというか」


「……どうなんだ?」





エンジュリオス王子に抱き締められたプロメを見て脳が破壊されて酒飲んで泥酔して死ぬほど迷惑をかけてから、決めたことがある。



プロメの用事が全て片付いたら、全てを話そうと思ったのだ。



プロメの親父さん――グスタフ氏が有罪になったのは、俺が見つけた証拠と心情意見陳述によるものであること。


それなのに、グスタフ氏の人柄に触れてから、彼は実は冤罪だったんじゃないかと悩んでいること。



そして、俺がヘンリエッタ殿に土下座して資料室送りになり警察騎士としての人生を捨てたのを引き換えに、グスタフ氏の面会に許可が降り、そこへ来たプロメと出会って。



一目惚れしたその日から一年間、ずっと恋をしていたのだと。



全てを話した結果がどうなろうと構わない。


もしかしたら、黙っていた方がプロメも要らん憎しみを抱かずに済むかも知れない。



ただ、俺が楽になりたいという我儘なのかも知れない。



でも、何もせずにプロメと別れ、ふとしたときに知らん誰かとプロメが結婚したと聞くよりはマシだった。



後悔したくない、という自分勝手な思いである。



そんなことを決めたからなのか。



エンジュリオス王子に聞き込みをした際、彼とプロメの間を遮るように体が自然と前に出たのだ。





「……シドウさん、どうされました? 今日はやけにグイグイ来られますね」


「え?」


「それに、なんか思い詰めた顔されて……。 ! これはあれですね! どしたん? 話聞こか? ん?」


「それは……今流行ってんのか? お前聞き込みの移動中ずっと『どしたん? 話聞こか?』って言ってたし」





エンジュリオス王子やヒンドリー卿やその他シスター達に話を聞いて回る移動中、プロメはずっと『どしたんシドウさん? 話聞こか?』とやけに聞いてきた。



……泥酔した帰って来たのを、心配してくれているのだろうか。


そりゃ、俺は寝付けの薬を服用したあと酒を飲むというとんでもない危険な行為をしたのだ。



不安にさせるのも無理は無いだろう。





「話なら、もう大丈夫だよ。……今日はもう疲れたろ? だから寝とけ寝とけ」


「それならお言葉に甘えますが……。シドウさんはどうされるんです?」


「俺はそこのソファーで寝るよ。リヒト先輩の寝相は地獄だから死んでも一緒には寝たくねェし」


「! ……そ、それなら! 一緒にベッド使いましょうよ! ほら、女慣れの練習ですよ練習」





プロメはベッドに寝転び隣をポンポン叩きながら笑っている。





「またツンデレ美少女みたいに拒否するならジャンケンでもしますか! 今度は三回勝負と洒落込も」


「わかった。ありがとう」


「はい! …………ってええ!?」





プロメの言葉に甘えて、ベッドにそっと寝転んだ。



背を向けず、プロメに向き合うよう覚悟を決めて向かい合う。



正直シラフでこんな風にプロメへグイグイ行くのは死ぬほど恥ずかしいし、もし『うわホンマに来よったわコイツきっしょ』とか思われてても、それならそれで良いと思った。

……勿論、プロメはそんな酷いこと思う奴じゃないのは知っているが。



取り敢えず、プロメが『女慣れの練習』と言うなら、正々堂々話に乗ることを決めたのだ。


恥ずかしがって迷っている間にぽっと出の王子様に奪われるくらいなら、玉砕覚悟で前に進みたい。



……進んだ先が破滅でも断罪でも、何もせず後悔するよりはマシだった。





「ど、どうしましたシドウさん……そんな覚悟を決めた初夜前のツンデレ美少女みたいな、恥じらいながらも強気な顔をして……」


「べ、別に……そんなんじゃねぇし」


「…………ヘンリエッタ様は、こんなシドウさんといつも一緒におられるのに、何も思うところがないんでしょうか。……私やったらペロペろいやそれはアカンわ大問題やわ」





プロメは今だに、俺が『ヘンリエッタ殿が好きでェ。でも相手は貴族のお姫様だから一歩も動けなくてェ』と言ったのを本気にしている。



牢屋という密室の中で、俺に怯えるプロメになんとか安心感と親近感を覚えて欲しくて咄嗟についた大嘘だったが、これは最初のうちは大成功だった。



けれど、今はあの時の嘘が足枷になっている。



でも、今更『実はァ……ヘンリエッタ様のことはただ怖くてェ……。あの人と仕事するのは疲れちゃってェ。一歩も歩けなくてェ』と言ったところで、


プロメからは『それじゃあ女慣れの練習は一体なんやったん? あんた私にパチこいて女慣れの練習を利用してスケベな真似してただけやないの』的なことを返されるだろう。



だから、それも全てが片付いたあと、全部説明するつもりだ。



女慣れの練習と言ってくれたプロメの好意に甘えて、ただベタベタしたかっただけなのだと。



……なんて、好かれる要素が無さ過ぎて笑ってしまった。





「シドウさんは、そうやって楽しそうに笑ってる方が、私は好きですね」


「え」


「だって……シドウさんはいつも悲しそうに笑うから。…………あ、そうだ。……良いこと思い付いた」





プロメはうっとりと笑いながら、俺の髪をそっと撫でてくれる。



……あのなあ、お前にとっちゃ何気無い行動かも知れねえけどさ。



俺にとっちゃ、とんでもねえことなんだよ。そう言うの。



……寝てるとはいえ、リヒト先輩が一緒の部屋にいて良かったと安心する。


もし二人きりだったら、欲に負けて襲ってるかもしれない。





「ねえシドウさん。……全てが片付いたら、なんであんなに悲しそうに笑ってたのか、教えてくださいね」


「……俺、そんな笑い……してた?」


「ええ。……でも。今は、お話してくださらなくても構いません。……だってシドウさんは公安部隊なのでしょう? だから、言えないことの一つや二つ、あると思うから」





窓から差す月明かりが、プロメの金髪を輝かせる。

柔らかそうでさらさらしてて良い匂いがする髪は、月の淡い明かりに照らされ優しくキラキラしてた。





「いつか、お話してくださいね? ……その時は、どしたん? 話聞こか? って言って差し上げますから」





プロメは、どこまで気付いているのだろう。


俺の秘密を、どこまで察しているのだろう。



全てを話したとき、プロメはどんな顔をするのだろう。



『何が好きやて? 人のことバカにすんのもええ加減にせえよ悪人面が』



とか、言われるだろうな。きっと。





「と、言うわけでシドウさん! 女慣れの練習ですよ! 私に抱き枕にされながら寝る練習です! これは最初は小っ恥ずかしいかもしれませんが、いずれ貴方はヘンリエ」


「良いよ。……来い」


「え」





プロメの方を向いたまま、両手を前に広げた。



顔が熱い。心臓がうるさい。


でも、こんな風に触れ合ってるうちに、プロメだってちょっとは俺に情を持ってくれたりするんじゃないか。



……いや、ドスケベな俺と違って誇り高い令嬢のプロメがそんなアホみたいな。





「きゃぅぅうう〜〜〜ん♡♡ ヘッヘッヘッヘッヘッヘ♡♡ くぅ〜〜〜ん♡♡」





プロメは甘えるポメラニアンみたいな鳴き声をあげて俺の胸に飛び込んできた。

横向きに寝転んでるせいで寝巻きのローブが緩んでしまい、直の肌にプロメの柔らかい頬の感触が触れて『ワ……ァ、ア』となる。



一方のプロメは俺の胸に頬擦りしながら深呼吸をしているが、多分抱きついたせいで息苦しいのかなと思う。



……もしこれが逆の立場なら、ただのスケベ心でプロメの素肌を堪能するため俺は頬擦りして深呼吸をするが、相手はプロメだ。


気高い令嬢がそんなことするわけないよな。





「ペロペロ……ペロペロしたい……」


「ん? ど、どした?」


「い、いや、別に……何もないっす……! へへっ」





プロメのおかしな様子と頬擦りされるくすぐったさに耐えられず、久しぶりに何も考えずにただ笑っていた。




















大変指示にて恐縮なのですが、なんと私コロナ陽性になってしまいました。


まあぶっちゃけ今んとこそこまでしんどくないので連載を続けますが、良かったら励ましの応援レビューとブクマと高評価、待ってるぜ!!

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