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65・昔、ここは嵐が丘と呼ばれていた

「エンジュリオス王子の話も聞き終わりましたし、お次はヒンドリー卿を突撃しますか!」





クローバー神殿を出てエンジュリオス王子と別れた私達は、次は超重要人物だろうヒンドリー卿に話を聞きに行ったのです。



そこら辺にいるシスター達にヒンドリー卿の居場所を聞くと、彼はこの時間だと自室にいるらしいので、私達はシスターに教えていただいたヒンドリー卿のお部屋に向かいました。



ドアを三回ノックしたあと用件を言うと、ヒンドリー卿はゆっくりとドアを開けて私達を迎えてくださったのです。



ヒンドリー卿の自室は貴族の殿方の書斎といった感じのお部屋で、招き入れてもらって言うのもあれですが普通の男性の部屋という雰囲気でした。



しかし、大きなキャビネットだけは普通の書斎とは違う雰囲気があります。


キャビネットの中には、お皿だの絵だのオルゴールだのといった工作物が飾られており、これは美術品というよりも素人が頑張って作った愛らしい作品と言った様子。



……もしかして、ご家族からのプレゼントなんじゃ……と思うと、この方は姪であり娘でもあるパンドラを亡くしたばかりだったと思い出しました。



もう少し時間を置いた方が良かったかなとヒンドリー卿に話し掛けるのを躊躇いましたが、シドウさんは




「お招き頂きありがとうございます。ヒンドリー卿」




と丁寧に礼をされました。



この礼の仕方は、貴族の殿方がやる行為です。

あまりにも完璧だったため、『あれ? もしかしてシドウさんって実は貴族のご出身だったの!?』と勘違いするほどです。


ですが、シドウさんはお父様であるゼンジさんと吃驚するほどそっくりで、雑な言い方だと死ぬほどクリソツでした。

幼い頃貴族の家から養子に出されて〜という線は絶対に無いですね。


きっと、警察騎士として色々と身に着けられたのでしょう。



……いつもの下町っ子なシドウさんもいいですが、こういう恋愛物語に出て来る騎士様みたいなシドウさんもめちゃめちゃカッコいいですね。最高ですね。





「ヒンドリー卿……この度は心よりお悔やみ申し上げます」





シドウさんはそう言ってヒンドリー卿へ頭を下げられましたが、キャサリンさんの『書き換え』の手品を見破られた際、シドウさんは言いました


『脈を止める手品』


『あの女、生きてるかもしれん』


と。



シドウさんは、パンドラの死を疑っておられます。

だから、ヒンドリー卿へ向ける顔はいつもの鋭い表情をされています。





「ありがとうございます。……こちらこそ、随分と取り乱してしまいました」





ヒンドリー卿は悲しそうに笑ったあと、「どうぞ」と言って私達をソファーに座らせてくれました。





「リヒト王子も、驚かれましたでしょう? ……でも、もうこの世界の作者であるぷきゅのすけ様は貴方の命運を決められてしまいました。……貴方が救われるには、ぷきゅのすけ様に『書き換え』をお願いせねばなりません」





ヒンドリー卿は、エンジュリオス王子とは真逆のことを言っておられます。


エンジュリオス王子は、キャサリンさんを『夢の中にいる』と表現しました。


けれど、ヒンドリー卿はキャサリンさんを『この世界の作者であるぷきゅのすけなる者』としてお話されています。



これは一体、どういうことなのでしょうか。



キャサリンさんについて質問をしてみたいですが、シドウさんの聞き込みの邪魔をするわけにはいきませんので、今は様子を見ておきましょう。



私の隣に座るリヒトさんも、さすがに愛娘を亡くしたばかり『だろう』父親にいつものロックスターなノリは出しません。


そう言うギリギリのところでは空気が読めるお方なんですね。少し見直しました。





「ヒンドリー卿、お疲れのところ申し訳ありませんが、少しお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「ええ。……えっと、貴方は……」


「シドウです。……シドウ・ハーキュリーズと申します」


「そうですか。……シドウさん、よかったら冷風機をお付けしましょうか? この部屋は西日が差しますから。体温が高い貴方には少々居心地が悪いかもしれませんね」





……なんで、ヒンドリー卿はシドウさんの体温が高いとわかったのでしょう。

確かにこの部屋の西日は強く、少し暑いくらいです。


ですが、汗をかくほどではありません。


そして、それはシドウさんも同じでした。


シドウさんは暑がるご様子を一切していないのです。





「いえ。お心遣い痛み入ります」





シドウさんは特に驚いた様子も見せず、平然とお答えされました。


何故、シドウさんはここまで冷静なのでしょう。


……もしかして、ヒンドリー卿がシドウさんの体温の高さを当てられたのは、何かの手品なのでしょうか?



もしかして、棚の上とかに種や仕掛けがあるのでは……? と思い、私は思わずキョロキョロしてしまいました。





「種も仕掛けもございません。何故なら私は超能力者なのですから。……ぷきゅのすけ様に、ヒンドリーは超能力者だと物語を書き換えて頂いたのです」


「……そうですか」





ヒンドリー卿は意地でもキャサリンさんがぷきゅのすけであると言い張るおつもりです。


これは中々手強いぞ……と私は思いました。



シドウさんはどう出られるのでしょう。





「ヒンドリー卿、ぷきゅのすけ様について、お話をお聞かせ願えますか。……と、言いますのも、ぷきゅのすけ様にリヒト王子のご無礼を陳謝し、彼の物語に恩情を頂きたくて」





シドウさんは、ヒンドリー卿の話にノッた状態で話を切り出されました。


頭ごなしに否定から入ったところで、ヒンドリー卿の口は割れませんからね。


相手の話に合わせたうえで、情報を引き出すおつもりなのでしょう。



シドウさんの全く動じない冷静なご様子に、ヒンドリー卿の表情は少しだけ変わりました。


優しく細められていた目が、恐ろしいほど冷たくなった気がしたのです。





「……ぷきゅのすけ様は、五年前に異世界転生して来られたのです」


「五年前、ですか? ……何か、きっかけでも?」





もし私だったら、五年前のクローバー家襲撃事件でキャサリンさんは夢の中に閉じこもったのでは? と直接聞いてしまうところでした。



さすがは元公安部隊のシドウさんです。


こちらがどこまで情報を掴んでいるかは明かさず、相手の情報を引き出すことに長けています。



シドウさんは戦闘での無双っぷりもカッコいいですが、こう言う頭脳戦をされるご様子もカッコいいですね。





「……ぷきゅのすけ様は、突然舞い降りられたのです。……『私はぷきゅのすけ』と、そう仰いました」


「その時、キャサリン様のことは? ぷきゅのすけ様はなんと仰ったのです?」


「……『キャサリンはもういない』と仰いました」





ヒンドリー卿はハンカチで涙を拭かれます。



そんなヒンドリー卿に、シドウさんは一定の落ち着いた態度で質問をされました。





「『もういない?』 ですか。……ということは、キャサリン様の身に『何か起こったのですか?』」


「……貴方も人が悪い。……存じているのでしょう? クローバー家襲撃事件を」





ヒンドリー卿がクローバー家襲撃事件を口にしました。


これ以上のすっとぼけは逆にヤバいと判断されたのでしょうか。


もし痛くもない腹を探られているならすぐにこの事件の名を口に出すはずです。

その方が話も早く進みますからね。



……ですが、ヒンドリー卿はクローバー家襲撃事件の名を口にするのを躊躇いました。



一体、どういうことなのでしょう。





「クローバー家襲撃事件は、まさに嵐のような出来事でした。……暴風が家や田畑などを根こそぎ奪い去るように、事件は私の妻と……そして娘すらも奪っていったのです」


「娘すらも、奪った……ですか」


「ええ。……もう知っておられるのでしょう? 娘が犯人に階段から蹴り落とされたと」


「……キャサリン様が犯人に階段から蹴り落とされたとき、貴方はどうされていたのですか?」


「……首元にナイフを突き付けられ、身動きが取れませんでした」





事件当日、ヒンドリー卿はカナリヤの炎とかいうヤバい連中から首元にナイフを突き付けられ、身動きが取れなかった。


その時のヒンドリー卿のお気持ちを考えると、何も言えません。





「私は、妻が連れ去られ、娘の悲鳴を聞いても何も出来なかったのです……。あの時ほど己の無力さに打ちのめされたことは無いでしょう」


「……娘の悲鳴……? キャサリン様のですか」


「ええ。……思い出したくもありません」





ヒンドリー卿は両手で顔を覆いました。



キャサリン様の悲鳴を聞いた……ということは、キャサリン様がカナリヤの炎に階段から蹴り落とされた瞬間を見ていないということですね。



そりゃそうです。ヒンドリー卿はカナリヤの炎の構成員にナイフを突き付けられていたのです。


……しかも、喉元に。



そんな悲惨な話を聞いても、シドウさんは鋭い表情のまま、ご質問されました。





「ヒンドリー卿。……俺からの質問はこれで最後です。…………事件が起こった日、貴方はどちらにおられたのですか?」


「……自室にいました。……今は、クローバー神殿となっている場所です」





確かに、エンジュリオス王子は


『ここは昔、ヒンドリー卿の自室だったんです』


と仰いました。





「クローバー神殿が元々は私の自室だったのは、シドウさんならもう知っておられるでしょう? 驚いた顔もされてませんからね」


「………………自室を神殿にされた……その理由わけは?」


「…………質問はこれで最後だと仰ったじゃないですか」





ヒンドリー卿はうっすら笑いました。

この笑いは人を小馬鹿にするものでは決してなく、諦めたような笑いです。



ヒンドリー卿は、『シドウさんは絶対に自分から情報を引き出そうとしている。何か得るまで動かないだろう』と予想されたのでしょう。





「ならば、俺から聞こう」





リヒトさんがソファーから立ち上がられ、ヒンドリー卿へ近づかれました。






「自室を神殿に改装した理由を、聞かせてくれ」


「……王子は確か、刑事部隊隊長でしたよね? この事件について何かご存知なのでは?」


「……俺はその頃、算術が得意という理由で『経理課』に配属されていてな。……刑事部隊に行きたいと願い出ても『王子に危険な仕事はさせられん』と言われて断られ続けたんだ。……俺が刑事部隊隊長になったのは、事件の一年後。……刑事部隊全員に喧嘩を売って正々堂々全員倒したからだ」





確かに、刑事部隊と言うのは前線で頑張る危険なお仕事です。

そんな危険なお仕事に、王位継承権も公的な権力も無いけど一応第二王子であるリヒトさんを就かせるわけありませんからね。



リヒトさんはきっと、経理課に配属されていた頃からシドウさんに喧嘩を売るみたいに刑事部隊の皆様に喧嘩を売りまくっていたのでしょう。なんと迷惑な。



ああ、だからエンジュリオス王子に『レシートまとめろ』だの『確定申告ちゃんとせえよ』などと口うるさかったのでしょう。

経理課にいた頃の名残だったんですね。





「教えてくれ、ヒンドリー卿。……貴殿は何故、自室を神殿にしたのだ」


「……リヒト王子は御存知ですか? ここは昔、嵐が丘と呼ばれていたことを」


「……え?」





ヒンドリー卿はリヒトさんの目をじっと見ながら、言葉を続けられました。





「法を司るタツナミ家と貴方がた警察騎士――武力を司るラネモネ家。……その両家に挟まれ、丁度中央に位置するこの場所は、いつも嵐に見舞われていました」


「……その嵐……というのは、災害では無いのだろうな」


「ええ。タツナミ家とラネモネ家の緩衝材であり、その他の勢力から常にその支配権を求められ、常に嵐が巻き起こる嵐が丘。……ここはそう呼ばれていました」





嵐が丘。

確かに、クローバーランド――クローバー家の領土には緩やかな小さい山のような自然がいくつも残っています。


そんな自然はクローバーランドの絵本の世界を彩る要素の一つでありました。





「そんな嵐から、救って欲しかったんです。……慈愛の乙女、クローバーに」


「慈愛の乙女……クローバー……か」





確かに、クローバー宮殿には慈愛の乙女クローバーの壁画がありました。



何かと争いの多い土地で、しかも実際にとんでもない事件が起きてしまったのです。


そりゃ、慈愛の乙女クローバーに縋りたくもなるよなと思いました。





「……それでは、もうよろしいでしょうか。……私はこの後、孤児院へ出向かねばなりません。……この世に舞い降りた天使達に会いに行くのが、何よりの幸福ですから。……パンドラという天使を失った今、私の天使はあの子達しかいませんから」





領土をそのままテーマパーク化したクローバーランドは、全部が全部商業施設と言うわけではありません。


商業施設から離れた場所には人々が住まう町や田畑があり、当然孤児院も存在するのです。



そんな孤児達を天使と呼ぶなんて、ヒンドリー卿は愛情が深い方なのでしょう。


そんな愛情の深い方がどうして、嵐のような事件に妻を拐われ娘を傷付けられなければならないのか。



……現実は物語と違って不公平だと思います。


物語なら、良い人は幸運に見舞われ、悪人ならざまぁされるのがお約束ですから。





「それじゃあ、私はこれで。……もし、この部屋をお調べしたければご自由になさってください」





ヒンドリー卿はそう言って出て行かれました。



私達はお言葉に甘えて、ヒンドリー卿のお部屋を色々と調べていたわけですが。





「……特にこれといったものはありませんねえ」





難しそうな本が並ぶ本棚に、重厚な机に、高そうなベッドにソファー。

色々と調べ、時にはシドウさんが



「引き出しの中に仕掛けとかあるかと思ったが、普通の机だなこりゃ」



と肩をすくめられました。





「おいシドウ。いくらご自由にと言われたとは言え、人ンの引き出しを勝手に漁るとは……! お前さてはあれか? 人ん家のツボを割ってアイテムを探したりする勇者なのか?」





リヒトさんの言葉に、シドウさんは



「誰のために捜査してると思ってんだ」


とお返事されました。



確かに、リヒトさんを救うためには形振り構っていられませんからね。


それに、リヒトさんだって私達が風邪を引いた時、シドウさん家の冷蔵貯蔵庫を勝手に漁って焼きそばを食いやがりましたからね。



あの時の焼きそば、私食べたかったんですけど……と食い物の恨みを抱きながら、私はさっきから気になっていた大きなキャビネットを調べたわけです。





「……これは、キャサリン様からヒンドリー卿に贈られた、お誕生日プレゼントですねえ……」





キャビネットの中に飾られた絵皿や刺繍などの工作物には、それぞれ日付と『キャサリンより』というメッセージカードが添えられています。



……しかし、キャサリン様からのお誕生日の贈り物は、五年前を境に無くなっていました。





「キャサリン様がぷきゅのすけと名乗り始めてから……お誕生日のプレゼントも無くなったんですね」





私は悲しくなり、そっと目を伏せました。





◇◇◇





クローバーランドの最高級ホテルにて、大きなサングラスをかけた金髪のショートヘアの美女が、受付の女性と話し……いや、やり取りをしていた。



金髪のショートヘアの美女は耳が聞こえないのか、手話で会話をしている。



その手話を見ながら、受付の女性はこう答えた。





「クローバーランドへようこそ。ルイーズ・ヒースクリフ様」





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