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64・キャサリンは夢の中

「それじゃ、まずは聞き込みから行ってみましょうか。ロマンさんとはまだ連絡がつきませんし、三日間の間でやれることはやっておきましょう」





高熱を出した時に見る夢みたいなお人であるキャサリンさんと、何やら秘密がありそうなヒンドリー卿達――クローバー家からリヒトさんを救うため、私とシドウさんは捜査を開始しました。





「ボロネーゼ、俺も着いて行くぞ。俺を置いていくな! 心細いじゃないか!!」


「リヒトさんにも心細いって感情があったんですね」


「ハッハッハッハ!! ロックスターを舐めるなよ? 意外と寂しがりやで構われたがりで放っとけない愛嬌のある俺がヒロインになったら、マスカルポーネなど一溜りもないからな!!」





一瞬『やっぱリヒトさんを見捨ててシドウさんとクローバーランドで遊んで帰ろかな』とか思いましたが、リヒトさんにはルイス戦の裁判でシドウさんの外套に着いた靴跡から靴屋を特定するという大掛かりな捜査をして、それを証言してくれた恩義があります。



だからこそ、今度は私がリヒトさんをお助けする番ですね。





「それじゃあシドウさん。まずはどこから攻めてみますか?」


「そうだなあ……。……取り敢えず、めちゃくちゃ気になってるお人がいるんだよ。……色々あってろくな会話も出来なかったが、『そもそも何であんたがここにいんだよ』ってなる人物」





シドウさんは「エンジュリオス王子に話を聞きに行こう」と、仰いました。





◇◇◇





道行くシスター達に『エンジュリオス王子はどこにいますかね?』とお聞きしたところ、『この時間はきっとクローバー宮殿の頂上にあるクローバー神殿にいるのでは?』と教えて頂きましたので、私達はそちらへ向かうことにしました。



……というか、頂上って、まさか階段を登るわけじゃ……と青ざめましたが、ここは歯車仕掛けの愛と夢のクローバーランドです。その中心値でもあるクローバー宮殿には、当然歯車仕掛けのエレベーターがありました。



た、助かったあ……。



そうして私達はクローバー宮殿の頂上に到着し、一際豪華なドアにノックをしました。


他にドアもありませんし、多分ここがクローバー神殿だと思います。間違ってたらごめんなさいをしましょう。





「あの、すみませーん。エンジュリオス王子、いらっしゃいますか〜?」





私がそう言うと、ドアはすぐに開かれました。





「ああ、プロメさん。それにシドウさんにリヒト王子も。……どうされました? 僕に何か御用ですか?」





エンジュリオス王子は美男子にも美女にも見える不思議な美貌でニコっと微笑み、「良かったら中でお話しましょうか」とクローバー神殿へ招き入れてくれました。



クローバー神殿に入ると、まず目に着いたのは大きな壁画です。

邪智暴虐の炎の精霊を倒すべく立ち上がった三人の英雄のうち、大地の精霊と共に戦ったとされる『慈愛の乙女 クローバー』の美しい姿がめちゃめちゃ上手い絵で描かれていました。



そんな慈愛の乙女クローバーは、やっぱりどこかパンドラに似ていますね。



そんな壁画の前には、白い祭壇があります。

その周りをろうそくがズラーッと並んでいて美しい光景なのですが、絶対不可侵とでも言いたげな独特の圧があります。


クローバー神殿内は、ろうそくとシャンデリアによる暖かなオレンジの明かりに包まれていました。



エンジュリオス王子はクローバー神殿の不思議な空間に圧倒される私達へ、にこやかに微笑まれながら仰います。





「ここは昔、ヒンドリー卿の自室だったんです」


「……ヒンドリー卿の自室……? え、でも、ここは神殿じゃ」





不思議に思う私の隣で、シドウさんはエンジュリオス王子に聞きました。





「お話を遮ってしまい申し訳ありません。……そもそも何故、追放されたとは言え他国の王子がフォティオン王国のクローバー公爵家にいるんですか?」





シドウさんは敬語モードでエンジュリオス王子に質問されました。


……その時、私とエンジュリオス王子の間に入るよう一歩進まれたのは、聞き込みのためなのでしょうね。



その後ろでリヒト王子が「エンジュリオス殿! もしかしてここへはバイトしに来たのか? 俺も昔身分を隠して城下町のドーナツ屋でバイトをしたんだがそれが楽しくてなあ」とか言ってますが、後でドーナツでも買ってあげましょうかね。





「ふふっ。……ええ。リヒト王子の言う通り。……僕はこのクローバー公爵家でアルバイトをしているんです」


「え!?」





私が驚きの声を上げ、リヒトさんは「ほら見ろ俺の言う通りだ!! エンジュリオス殿! アルバイトでも収入が規定額を超えたらきちんと確定申告しなきゃだぞ! 他国の王子でもな!」と笑っておられます。



……ですが、シドウさんは驚いた様子を見せず、冷静にエンジュリオス王子の言葉を待っています。



そんなシドウさんの落ち着きっぷりに、エンジュリオス王子はくすくす笑いながら




「シドウさんには敵いませんね。……正確にはクローバー家と業務委託を結んでるんです。わかりやすく言うと、ここで雇われてるヒーラーってことかな」




とお答えされました。



リヒトさんは「業務委託? つまりエンジュリオス殿はフリーターヒーラーということか? フリーランスの確定申告は大変だろう! レシートはきちんとまとめているか?」と喋り始めたので、


私は「はいはい後でドーナツ買ってあげますからね。今は貴方を救うためにも捜査してるんですからね」とあしらいました。





「どういった経緯でクローバー家に雇われたんです? クローバー家も、他国の王子を雇うなんて不敬な」


「シドウ、お前クローバー家のこと言えるのか? お前も結構俺に不敬だぞ! まあシドウは本当は俺のことが大好きなツンデレ男だから、俺はその意を汲んで空気を読んでやるけどな!」


「後でドーナツ買ってやるから大人しくしてくれ」





シドウさんとリヒトさんの漫才を見て、エンジュリオス王子は優雅に笑っております。


その笑顔はまるで壁画に描かれた慈愛の乙女クローバーのよう。……絵に描いたような完璧な笑顔です。


少し、怖いくらいに。





「僕は、この前亡くなったシロツメ様とキャサリンお嬢様のお世話を仰せつかったんです。……表向きはね」


「表向き、ですか? ……何か、裏があると?」





シドウさんの静かな追求を、エンジュリオス王子は「まあまあ、そう怖い顔しないで」とイタズラ好きの少女のように笑います。






「ヒンドリー卿は、他国の王子という立場の僕を、他の御三家より早く確保したかったんでしょう。…………人聞きの良いように言うと、『保護』って感じかな」





というか、エンジュリオス王子はシドウさんの追求に対しとても余裕な態度を示しています。



褒め言葉として言いますが、シドウさんはとんでもなく迫力のある悪人面をしています。ジル先生はそんなシドウさんに『僕を睨まないでくださぁぁぁああい』と怯えられておりましたのに。



まるで、シドウさんを威嚇してくる子犬みたいにあしらうエンジュリオス王子は、ただの美しい王子様ではないのかもしれません。





「他国の王子の身柄なんて……他の御三家との政治の場では絶対に持っていきたいカードですよね。……まあ、ヒンドリー卿は『エンジュリオス王子のヒーラーとしての評判を聞きお探しいたしました』とか言ってましたけど」


「それで、エンジュリオス王子がクローバー家に来られた……と?」


「ええ。……とても良くしてくださいますよ。皆様」





エンジュリオス王子は、今度は人の良さそうな王子様の顔で微笑まれます。



エンジュリオス王子はずっと笑っているのに、色々な顔を覗かせてくるから何だか不思議です。

その、男性にも女性にも見える不思議な美貌がそうさせるのでしょうか。


私は、このエンジュリオス王子が良く分からない。


何で、『この人は本当に笑っているのだろうか』と思ってしまうのでしょう。





「良くしてくださる……ですか。……あの、先程エンジュリオス王子は『キャサリンお嬢様のお世話』をされていると仰いました……よね? 失礼ながら、キャサリン様のお世話は、その」





シドウさんは言葉を濁しておられます。



気まずそうに目をそらしたシドウさんへ、エンジュリオス王子はぐいっと近付き上目遣いでジッ……と見詰めてきます。





「キャサリンお嬢様のお世話は大変ではありませんよ。寧ろ、個性的なお方ですからとても楽しいくらいで」


「個性的……ですか?」


「ええ」





エンジュリオス王子はキャサリンさんを個性的と仰いました。



この世界は物語であり自分はその作者で異世界転生して来たのだと本気で言う、あのとんでもないお方を『個性的』で済ませて良いのでしょうか。


あれが個性的なら、うちのリヒトさんは大人しい常識人じゃないですか。





「まるで、夢の中の住人みたいなお方ですよね」


「……何か、ご存知なんですか? キャサリン様のことを。……差し支えない程度で構いません。彼女のことを教えていただけませんか。……うちの王子を救うためなんです。お願いします。」





シドウさんはエンジュリオス王子に頭を下げました。



私も続いて頭を下げます。

そして、「ハーハッハッハッハ! 俺からもこの通りだ!」とエンジュリオス王子を指差してふんぞり返るリヒトさんの制服の前掛けを引っ張り、頭を下げさせました。

お前救うための捜査やろがい。





「あの方は、夢の中におられます。……五年前に起こった嵐のような事件――クローバー家襲撃事件をご存知……ですよね。警察騎士の皆様なら」





シドウさんもリヒトさんも、『それについては知ってる』という顔をされていますが、私は名前しか知りません。



困った顔をしてしまった私に、シドウさんが事件の内容を説明して下さいました。





「なあ、プロメ。カナリヤの炎……って聞いたことあるか?」


「カナリヤの炎、ですか? ……う〜ん、名前だけなら。……なんか、良く知らないけどめっちゃ怖い人達なんですよね? ……でも、なんか変な名前ですね……。どうして」





カナリヤは炭鉱の鳥と呼ばれています。


ピーピーと元気に鳴くカナリヤを炭鉱に連れて行けば、安全確認になるからでした。

有毒なガスが発生していればカナリヤの歌は止みますし、安全だったらカナリヤは歌い続けます。



そんなカナリヤを、どうして名前にしたのでしょう。





「そのカナリヤの炎がな。五年前、このクローバー家を襲撃したんだよ」


「え」


「カナリヤの炎はクローバー卿の妻であるフランシス様を略取し、娘であるキャサリン様を階段から蹴り落とす暴行を加えたんだ」


「……そんな」





言葉を無くしました。

むごむごすぎる。


階段から蹴り落とされたと言うキャサリンさんは、きっと略取されるお母様のフランシスさんを助けようとしたのでしょうか。


私の頭に、拐われる母親を助けようとして階段から蹴り落とされたキャサリンさんの光景が浮かびます。





「そんな凄惨な事件が、キャサリンお嬢様を夢の中に閉じ込めてしまったのかもしれませんね」





エンジュリオス王子は目を伏せて言葉を続けます。





「貴方たち二人がリヒトさんを救うためには、キャサリンお嬢様を夢を覚まさなければならないのでしょうね。……でも、それが本当に正しいことなのか、僕には何も」





五年前、酷過ぎる事件に巻き込まれたキャサリンさんは、それ以降夢の中……とエンジュリオス王子は仰います。



それに。





「五年前……って、シドウさん。……確かキャサリンさんがパンドラの葬儀に出て来たとき、言ってましたよね。……『私は五年前、【異世界転生】して来たんだから』って」


「ああ。……まさか」





キャサリンさんはこの物語の作者でもないし、異世界転生して来たぷきゅのすけなんかじゃない。



キャサリンさんは、五年前に夢の中に閉じこもってしまわれただけ。




その夢を覚まし、キャサリンさんはキャサリンさんであると証明すること。


それが、リヒトさんを救う鍵だとわかりました。



……でも、どうやって。



私達が困った、その時です。



リヒトさんが



「その時、パンドラ嬢はどうしていたんだ」



と仰いました。



リヒトさんの表情は、さっきの『ドーナツおいしい』とでも言いたげな能天気なアホ面ではなく、刑事部隊隊長に相応しい凛とした表情をされています。





「パンドラお嬢様は、風邪を引いて自室で寝ていたからわからない、と仰いました」


「……そうか」





リヒトさんの言う通り、パンドラはクローバー家襲撃の際、どうしていたのでしょう。


本当に風邪を引いて自室で寝ていたのでしょうか。

意外と本当に寝ていただけかもしれません。


意味ありげに『フフフ』と笑う割には卒業パーティの火災には全くの無関係だった、あの何がしたいのか良く分からん女は正直私の理解の範疇を超えています。

リヒトさんとは違う意味で。





「パンドラお嬢様も、クローバー家襲撃事件のことをお話なると泣き崩れてしまいます。……パンドラお嬢様はヒンドリー卿の姉君のご子女ですが、ヒンドリー卿の奥様であるフランシス様を本当の母のように慕っておられたとお話しくださいましたから」


「……それでは、パンドラ嬢の本当の母君であり、ヒンドリー卿の姉君は……」


「……パンドラ様が幼い頃、亡くなられたそうです。…………ごめんなさい、この話をすると、僕も涙が」





エンジュリオス様の目から溢れた涙を見て、私は言葉を無くしました。


少しだけですが、ほんの少しだけ、パンドラが可哀想だと思ってしまいました。



小さい頃に母を亡くし、本当のお母さんみたいに思ってた義理の叔母を拐われ、その娘であり義理の妹であるキャサリンからは『悪役ざまぁ』と言われる始末。



知り得た情報のみだけで判断すると、パンドラはとても孤独だったのでは、と思いました。



……でも、本当にそれだけなのでしょうか。


パンドラにも実は悲しい過去が〜なんて、まるで物語に出て来る悪役キャラと、あの得体の知れない女を同一視して良いのでしょうか。



私には、わかりません。



言葉を無くして俯く私の隣で、リヒトさんは言いました。




「ありがとう、エンジュリオス殿。……貴方は、ランディオス陛下と良く似ておられる。……情が深いお方なのだな」





リヒトさんは



「この前、交換外交官制度で貴方の父君とお会いしたよ。


『遠いところからようこそ。君を聖ペルセフォネ王国の父として、心から歓迎しよう』と気さくに言ってくれてな。



だから俺は


『うむ! 遠くて何度も船酔いしたぞ! それに、この俺を君と呼んでくれるのか! そんなに俺と仲良くなりたいのだな! 俺も【お前】と交流を深めたいぞ!』


と返して仲良くしたものだ! ハハハハッ!」



と交換外交官制度の時の話をしてくれましたが、それってぶっちゃけランディオス陛下はリヒトさんに



『遠い田舎からご苦労さんどすなあ。お上りさんの王子はんなんて『きみ』で充分でっしゃろ?』



と嫌味を言ったのでは? と思いました。



でも、リヒトさんはロックスターなので、こんな遠回しの嫌味など効果は無いのでしょう。


最強ですね。ある意味。





「そうですか……父上に会われましたか」





エンジュリオス王子は困った笑っておられます。



そう言えばこの人は、祖国である聖ペルセフォネ王国を追放されているんだよな……と思い出しました。



それなら、お父さんであるランディオス陛下と何かあってもおかしくはありません。



あんな遠回しの嫌味を言ってくるオッサンが親父なのに、エンジュリオス王子はよくこんなに優しい人になったなと思いました。



そんなエンジュリオス王子を、シドウさんはじっと見ておられます。


考えモードのあの真剣なお顔で、エンジュリオス王子をじっと見詰めておられました。











エンジュリオス王子の最後のセリフで、気付く人はお気づきになられるかもしれませんね…!

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