63・作者を名乗る女
殺すって、いや、おい、誰か止めろや!!
そう慌てた瞬間!
舞台の照明がだんだんと暗くなったかと思えば。
「うわぁぁああああ!!! が、骸骨!!!!!」
観客席から悲鳴が聞こえました。
棺に繋がれ泣き叫んでいたシスターが、骸骨に変わったのです。
は、……は? え? 骸、骨? な、なんで? え?
「はいっ! この物語の作者であるぷきゅのすけが今! このモブシスターを殺しちゃいました! ミャハハッ☆ ……でも、やっぱり可哀想だよなあ。殺すのは悪役だけだもん。悪いことしてない人が死んでもざまぁにはならないよね。…………だから」
俯いたキャサリン様は再び観客席へ突き出した本のページをバララララッとめくり、その上に羽ペンステッキを滑らせる決めポーズを取られました。
「作者権限発動!! 物語の『書き換え』で、骸骨にになったモブシスターを救済しますッ☆」
キャサリン様がそう言った瞬間、骸骨はだんだんと闇に消えて行き――――いつの間にか。
「え、……え? あの、私は、死んだのでは」
シスターは、骸骨から元の姿に戻られました。
……頬をつねります。痛いです。
「私が貴女の物語を『書き換え』たの! ごめんねびっくりさせて!」
骸骨から元に戻ったシスターは、その場に倒れて気絶してしまいます。そんなシスターをヒンドリー卿は抱きとめられました。
「ねえ、リヒト王子。……まだ、私を疑う?」
キャサリン様は羽ペンステッキを観客席に座るリヒトさんへ向けました。
「当たり前だ非常識な! だいたい何なんだ! この世界がお前が書いた物語だと!? だったらもっと面白い話をかけ! 俺がチートで無双する最強モノの物語をな!!」
「それは出来ないんだよ。リヒト王子。……度が過ぎる『書き換え』は世界の崩壊を招くからね。貴方は王子だから。貴方の『これまでの物語』を『書き換え』たら、物語の因果が大変なことになっちゃう」
「そんなの口から出任せだろう!! だったら俺にもその作者権限の『書き換え』とやらをやってみろ!!」
リヒトさんはいかにもロックスターと言わんばかりの自信満々な姿で座席に仁王立ちされました。
「それなら仕方ないなあ。……ちょっと、舞台まで来てよ」
キャサリン様に指でこっち来いと示され挑発されたリヒトさんは、座席に仁王立ちしたまま飛び上がると、暴風と共に舞台へ舞い降りられました。
そんなリヒトさんへ、ヒンドリー卿が
「もうおやめくださいリヒト王子。……ぷきゅのすけ様は本当に、異世界転生して来られた我々の作者様なのです」
と懇願しますが、そんなんを聞き入れるロックスターではありません。
そんなロックスターへ、ヒンドリー卿は
「さっきの『書き換え』はいくらモブキャラだったとは言え、人に対する『書き換え』の力を一日に多用するわけにはいきません。……『書き換え』は世界の理を歪めるのですから」
と目を伏せられます。
「知らん! 俺にもその『書き換え』をやってみせろ!!! いきなり出て来て私はこの世界を書いた作者です! だなんて、誰が納得すると思うんだ!!」
本来、リヒトさんはちょっと人より元気過ぎるロックスターとして私達を振り回す愛すべきバ――いや明るいお方です。
そんなお方が今、桁違いの非常識な状況において逆に冷静な常識人となってしまっているのがもうおかしいくらい。
私はもう意味不明の沼に沈んだまま、思考を放棄しております。
そう言えば、シドウさんはどうしておられるかな〜と隣を向くと。
「……」
シドウさんは、驚きも怯えもせず、ただ真剣な目で舞台を観察させれておりました。
「んもぉ〜! 我が儘だなあリヒト王子は!! 私が書いたキャラクターなら私の言うことを聞いて欲しいんだが、まあ作者の言う通りに動くキャラクターなんてつまらないしね。…………いいよ。『書き換え』てあげる。……でも、『書き換え』るのは貴方じゃない」
キャサリン様は体をゆらりと傾けながら、羽ペンステッキをリヒトさんに向けられ、言いました。
「な〜んの罪もない、動物だよ」
そう言うと、ヒンドリー卿は舞台の下手へ移動し、戻って来られたのですが……!
「可哀想なガチョウさん。リヒトさんの我が儘のせいで、死んでしまいます」
ヒンドリー卿は、片手で手押しテーブルをゴロゴロと押しながら、もう片手でガチョウの首を押さえています。
ガチョウは無邪気な顔でリヒトさんを大人しく見ています。
「お前、何をする気なんだ」
「あんまり我が儘なキャラにし過ぎたかな〜。……こういう噛ませ犬みたいなキャラは物語を動かしてくれるから楽なんだけど……あんまり我が儘が過ぎると、読者さんから嫌われちゃうんだよね。…………だから、お仕置きだよ」
「おい、やめろ、ヒンドリー卿、その手に持った剣を、やめろ!!!」
完全に萎縮したリヒトさんの静止も虚しく、無邪気でつぶらな目をリヒトさんに向けるガチョウは、ヒンドリー卿に首を押さえられたまま…………もう片方に握られた剣で……。
「やめろぉぉっ!!!!」
リヒトさんの目の前で、ヒンドリー卿はガチョウの首を切り落としました。
ガチョウの首は手押しテーブルから転げ落ち、ヒンドリー卿はそれを拾って「ごめんよ」と震えた声で言いました。
そして、首を切られたガチョウの傷口を押さえるように添えた手から、血が垂れています。
リヒトさんはズルズルと舞台に崩れ落ちるように座り込み、愕然とした顔でキャサリンさんを見上げました。
「今から、『書き換え』て魅せましょう。……この物語の作者、遥か遠き異世界より舞い降りしぷきゅのすけが……! この、哀れなガチョウの物語を『書き換え』ましょう!!!」
俯くキャサリン様は足をガッと開き、首を無くしたガチョウに向かって本を突き出し開くと、バララララッとページをめくられました。
そして、くるくるくると回転させた羽ペンステッキを開いた本の上に滑らせると、決めポーズを取られて叫ばれます!
「作者権限『書き換え』!!! ガチョウは実は生きていた!!!!!」
キャサリン様がそう言うと、ヒンドリー卿は拾ったガチョウの首を、首を切られたガチョウにくっつけるよう近付けられたあと、「ごめんよ……今、ぷきゅのすけ様が助けてくくれるからね」と言ってからガチョウを抱き上げ、両腕で包まれました。
すると――――!
ガァ、ガァ〜。
ガチョウはヒンドリー卿の腕の中で、呑気な鳴き声をあげています。
首を切られた血はついたままですが、それでもガチョウは元気にガァ〜と鳴いています。
生きています。
首を切られたのに、生きています。
まるで、『ガチョウの物語が【書き換え】られたみたいに』
「一日に二回も使っちゃったよ『書き換え』の力。……でも、これで信じてくれた?」
「…………」
舞台に座り込んだリヒトさんは、驚愕と絶望の顔でキャサリン様を見上げています。
それは、ロックスターの輝きが砕け散った瞬間でした。
「ねえ、リヒト王子。君のせいで無実のガチョウが一度首を切られたんだよ? 場合によっては人が死ぬより動物が傷付く描写の方が読者さんは嫌がるのに。……ほら、言うでしょ? 『犬は死にません』って。おかしいよね。人は死んでも何も言わないのに」
キャサリン様は、絶望して言葉を無くしたロックスターの顎を羽ペンステッキで持ち上げると、カエルのようなガンギマッた笑顔で言いました。
「パンドラの次のざまぁは君だな。リヒト王子。……作家は読者さんの望みを叶えてこそ。……我が儘王子は制裁しちゃお~そうしよう」
ちょっと待てよどういうことだよおい、と座席から身を乗り出し止めに入ろうとした私の腕を、シドウさんが掴んで静止します。
なんで!? と驚けば、私のすぐ近くには、キャサリン様の背後に控えられていた絵本の中の王子様みたいな美男子が、剣を片手にニコニコ笑っていたからです。
変な真似をしたら、あのガチョウと同じになる。
しかも、私は『書き換え』てもらえない。
そう察した瞬間、背筋が凍りました。
「三日後、私はリヒト王子の物語を書き換えよう。…………『リヒト王子は我が儘でした。パンドラがクローバー家の当主の儀をして自分よりも目立つのが許せなかったのです。…………だから、毒殺しました』ってね。これくらいなら因果も許してくれるかな」
「……は? 貴様……一体何を」
「この物語の作者として、次回予告をいたしましょう。…………リヒト王子は三日後、パンドラ毒殺の裁判に被告人として立たされ、死刑になりました」
◇◇◇
「…………あの、……えっと……もう、何が……なんだか」
『書き換え』の儀を披露されたあと、キャサリン様は自室へとお戻りになりました。
ヒンドリー卿も何も言わずに立ち去ったあと、ラネモネ家――警察騎士はヘンリエッタ様の指揮のもと、パンドラ毒殺事件の捜査を開始しました……のですが。
完全に意気消沈したリヒトさんは刑事部隊隊長として動くことが出来ず、シドウさんはヘンリエッタ様から『シドウはリヒト王子の警護を頼むよ』と命じられ、私達の部屋へと連れて帰ってきたわけです。
「…………ほんとう、なのか? この世界は物語で……俺は」
ベッドに座ったリヒトさんの目にいつもの輝きは無く、絶望しきった顔で両手をじっと見ています。
私も、なんて声をかけていいか分からず、床に座って頭を抱えた……その時です。
「悪ィ。二人共。俺、隠してたことがあるんだよ。……俺も実は、この物語の作者なんだ」
シドウさんが真面目な顔で言いました。
「は? あの、シドウさん、……一体」
この状況では、いくらシドウさんのジョークとは言え笑えません。
リヒトさんもそんなシドウさんを無視して、ベッドの上で膝を抱えておられます。
「俺はこの物語の作者だから、いくらでも『書き換え』ができる。……だから、今から俺は超能力者になる。……まあ見てろよ」
シドウさんは近くのテーブルにピッタリと近付き、両手を広げてテーブルの上に添えました。
「今から、このテーブルを手の平の超能力で持ち上げてみせる」
そう言ったシドウさんは、なんと、本当にテーブルを、手の平を天板に添えただけのテーブルを!!!!!
持ち上げられたのです。
え、え? シドウさんも? 『書き換え』の能力がある? ほ? は? え?
理由のわからない怒涛の展開が続き、もう言葉通り脳が破壊しかけた、その時です。
「な〜んてな。……『書き換え』なんて能力、そんなん存在しねえよ」
シドウさんは涼しい顔で、袖をめくられました。
すると、腕には……。
「え……、ゴム、バンド? それに、物差しが止めて、ある?」
「俺はただ、腕に巻いたゴムバンドで止めた物差しを天板の下に差し込んで、テーブルを持ち上げただけだよ」
◇◇◇
「キャサリンが行った『書き換え』の能力、あれは『ただの古典的な手品』だ。……ほら、俺こ……いや、『特殊詐欺捜査班』とかにいたろ? だからこうやって手品で人を騙してコントロールして来ようとするヤバい奴らのことは結構知ってんだよ」
「……はぃい?」
シドウさんは『俺こ………』と公安と言いかけられたのでしょう。でも、リヒトさんを前にそれが言えなかったのか『特殊詐欺捜査班』と言葉を変えられました。
そんなシドウさんは膝を抱えて意気消沈しているリヒトさんの隣に座り、私を呼びました。
私もシドウさんの隣にピッタリくっつきます。
「まず最初。シスターが骸骨になったやつ。……あれはもう超古典的な手品だよ。……いいか。今から説明するぞ」
シドウさんは黒い手帳に図を描かれ始めます。
字は個性的で芸術的なのに、絵はなかなかに正確でした。
これで絵も芸術的だったらどうしようかと思いましたが、さすが彫金師のお母様も持つ息子さんですね。手先が器用です。
「まず、立てられた棺にシスターが入る。……んで、シスターが骸骨になったわけだが、あれには仕掛けがあるんだ」
シドウさんは縦に置かれた棺にシスターの特徴を持つ棒状のキャラを書き入れると、棺の接地面である舞台の床下に空洞を描き、その中に簡単な骸骨を描かれました。
そして、舞台下の空洞に寝かされた骸骨の上に、蓋のような板を描かれます。
「棺の真下――舞台の床下に空いた空洞に骸骨を寝かせ、それを蓋するみたいな巨大な『鏡』を置くんだよ。……んでそれに骸骨を写す」
シドウさんは、天井に照明の絵を描き入れ、説明を続けられます。
「シスターが骸骨になるときは、『シスター側の照明を暗く』して、『骸骨側に強く照明を当てる』……そうしたら、ただでさえ暗い舞台なんだ。……鏡の蓋のせいで、シスターが骸骨になったように見えてくんだろ?」
「そ、そんなアホな……」
シドウさんのご説明を聞いた瞬間、『そうはならんやろ』と言いたくなりましたが、実際に思っクソ騙された身としては『なっとるやろがい』とツッコまれても仕方ありません。
その説明を聞いて、リヒトさんも
「……ということは、あの泣き叫んでたシスターは……」
とシドウさんの顔を縋るような目で見てきます。
「ああ。あれはただの演技。仕込みだよ。キャスト。演者だ」
「そ、それじゃ、俺のせいで首を切られたガチョウは」
「あれは、もともと偽モンのガチョウの首を切っただけ。……ほら、ヒンドリー卿はガチョウの首を押さえて登場しただろ?」
シドウさんの言う通り、ヒンドリー卿は片手で手押しテーブルをゴロゴロと押して、もう片手でガチョウの『首を押さえながら登場』されました。
「偽のガチョウの首を切ったとき、偽のガチョウの首の中に仕込んでた血糊袋も切ったんだよ。だから血が出たわけだ」
「あの、シドウさん、それじゃ……本物の首は」
「ああ、首をちょいっと曲げて羽の中に隠してただけ」
「は、はぁああああ!?」
私はあまりの馬鹿馬鹿しさに声を上げ、リヒトさんは呆然としています。
「んで、首をぶった切ったあとにヒンドリー卿がガチョウを抱き込んだだろ? そん時に隠してた首を引っ張り出して、偽の首は袖の中に隠したんだよ。……以上。『書き換え』の種明かし……でした」
シドウさんは手帳をぱちんと閉じると
「これに凝りてもう考え無しに突っ走るなよクソミドうぉおお!?」
「だったらなんであの時言わなかったんだそれをーーーーーッッッッ!!!!!!!! そんな今流行りの漫画に出て来る『お前のやったことは全部まるっとお見通しだ!』みたいにインチキを暴く美人マジシャンみたいな台詞言いやがって!!!!!」
涙目でマジギレするリヒトさんに胸ぐらを掴まれぶんぶん振り回されました。
「あの場には武器持ったキャサリンの兵隊で溢れてたんだよ!!!! だからプロメや他の連中の安全のためにも様子を伺うしか無かったんだ!!! それにあそこで種を暴いたところで『それも【書き換え】のうち!』だとか抜かして逃げられたら終ェだろうがクソミドリ!!!」
「じゃあ何か? 俺はそんなアホみたいな手品に騙され床に膝をつかされたのか? え?」
「そうだねぇリヒト先輩〜! 不様でちゅねぇ〜ロックスター!! あはは!」
「うううううるさいうるさいうるさい!!!! お前が助けてくれなかったお蔭で俺は三日後の裁判で被告人にされるんだぞ!!! 責任とってボロネーゼと一緒に俺を護れ!!! 弁護しろ!!!」
確かに、キャサリン様はリヒトさんを三日後のパンドラ毒殺の裁判で有罪に『書き換え』ると仰いました。
それはつまり。
「シドウさん、これ、……何もしなかったら、リヒトさんはクローバー家の力で証拠とかめちゃくちゃ捏造されて有罪になるってことですか」
「……だろうな。……こんな大掛かりな手品で人を騙してくる連中だ。…………王位継承も無い公的な権力も無い第二王子なんか、一捻りだろうな」
「それって、かなりヤバいんじゃ」
私はシドウさんに掴みかかる涙目のリヒトさんを見ました。
迷惑で人の話を聞かなくて名前すらろくに覚えないクソミドリですが、腹立つことにそんなロックスターが私は嫌いではないのです。
そして、それはシドウさんも同じだと思いました。
「……急いでロマン先輩と連絡を取らなきゃな。……司法のタツナミ家の次は、宗教のクローバー家が相手か」
「……しかも、とんでもない手品を使ってくるヤバい連中ですからね」
キャサリンさんの『書き換え』が全て手品なら、キャサリンさんが『この世界はぷきゅのすけというふざけた名前の作者によって書かれた物語である』というのも嘘になるということです。
ならば、そんなキャサリンさんの隣で実際にシスターを連れて来たりガチョウの首を切ったりしたヒンドリー卿は……一体……。
クローバー家は私の想像以上の無茶苦茶さを持っているようで、今度の戦いはルイス戦よりも骨が折れそうだと思いました。
パンドラと戦うつもりが、まさかクローバー家の令嬢で『この世界を書いた作者ぷきゅのすけ』を名乗る激ヤバ女のキャサリンさんと、そのお父さんであるヒンドリー卿が相手とは……。
やっぱり、これは現実です。
だって、こんな無茶苦茶で破綻スレスレなこと、物語などでは絶対にやらないでしょう。
「クローバー家が手品師集団だとすれば……パンドラの脈が止まったのも……」
シドウさんは何か考え込まれております。
そう言えば、シドウさんはパンドラが亡くなった時からずっと考え込まれておりましたね。
「脈を止める、手品……」
「え……。そんなんがあるなら、それじゃあ、シドウさん。まさか、パンドラは」
シドウさんは私の疑問に、「多分だけど」と前置きされてから仰いました。
「あの女、生きてるかもしれん」
参考文献
発行者:梶本一男 編者:現代マスコミグループ『魔術・奇術・手品のタネ明かし』株式会社:青年書館
昭和58年8月31日
今回でなんと連載一か月です!
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