61・暗転
朝ご飯を食べ終わった後、クッッソダルそうな『御三家交流会の集い』なるものに招集された私達は、先日シドウさんとリヒトさんがドンパチした舞台のある演芸ホールの座席に座っていました。
あれだけクソミドリが大暴れしてぶっ壊したというのに、舞台はまるで漫画とかに出て来る『どれだけ壊れても次の回には治ってる建物』のように綺麗に直っています。
そりゃ、愛と夢のクローバーランドだもんなあと思いました。
クローバーランドには、ブラッニーやホワイニー達や、きらびやかなお姫様と王子様が仲良く笑い合う愛と夢のクローバーランドには、可愛らしい色合いのお城や建物がたくさん並び、絵本に出てくるような丸い街路樹が綺麗に整列しているのです。
そう、ここは愛と夢のクローバーランド。
まるで絵本の中をそのまま再現したかのような、いや、私達が絵本の中に入ったというような、そんな夢の楽園。
それがクローバーランドです。
だから、私達が座る劇場でも、舞台裏からブラッニーやそのお友達のお調子者のキツネ――フォックス卿の笑い声が聞こえてきてもおかしくないのです。
「ねえねえブラッニー、あそこの水色の髪のおさげの可愛いお嬢さん、また遊びに来てくれたみたいだねえ」
「わあ! ほんとだフォックス卿!! また来てくれたんだ!! ロマンちゃんだよね!」
「!!!???」
舞台裏で話しているブラッニーとフォックス卿の会話にあげられたロマンさんは、「ヒッヒヒッヒュッ」と引き笑いをされたあと息が止まったのか気絶されました。
しかしすぐお戻りになられて「ヒヒッヒーッ! ヒヒッー!」と引き笑いをされています。
そんな舞台裏からは色々な足音が聞こえて来るので、多分ブラッニー達がなんかしてるのでしょう。
……それにしても、黒ウサギのブラッニーと白ウサギのホワイニーと、ヒツジとキツネ……。
なんだか、頭に引っかかるような……。
「今日集まってくれたくれたみんな!! 今日はクローバーランドの大事なお友達であるみんなにお知らせしたいことがあるんだ!」
ブラッニーのアナウンスが聞こえたと思えば、劇場の明かりは一気に消され、代わりに舞台へ強い照明が降り注ぎます。
その舞台に出てきたのは、パンドラとヒンドリー卿と、クローバー教の紫のシスター服着た女性達でした。
ヒンドリー卿はシスターから渡された拡声器を手に取り、
「このフォティオン王国を護り支える皆様にご発表があります。……先日精霊様の元に旅立たれた当主シロツメ様の跡を継ぐ、クローバー家の新当主――――クローバー教の大司教が、枢機卿達の間で取り決められました」
と小難しいことを仰います。
「……すみませんシドウさん、これってつまり、『組員の幹部達によって新しい頭が決まったよ』ってことですか?」
「そうだが……なんでお前は組織を例えるとき裏社会を例に出すんだ?」
シドウさんは不思議そうにされています。
……『なんかそっちのがわかりやすいんすよねえ』とお答えしたいですが、これ以上のヒソヒソ会話は他の方の迷惑になるので控えました。
「新しいクローバー家の当主……それは」
舞台の真ん中にいるヒンドリー卿は、シスターが恭しく運んできた豪華な箱の中にから、一通の封筒を取り出します。
そして、それを開いた瞬間、
「!?」
と驚かれました。
「違う、まさか、そんな、どうして、当主には、娘を」
様子が変わったヒンドリー卿の手からそっと封筒を取り上げたパンドラは、中に入っていた紙を取り出し、あの気味が悪いほどに甘く優しい蜂蜜のようなとろりとした声で言いました。
「お義父様……クローバー家の皆様……! やっと、やっとわたくしのことを認めてくださいましたのね。……わたくしを『次の当主』としてお認めくださるなんて……わたくし、わたくし……っ」
パンドラはわざとらしく嘘泣きしながらヒンドリー卿に抱きつきます。
背後に控えているシスター達もハンカチで目元を押さえていました。
「……パンドラ、駄目だ、愛を持って言う。当主など大変なことはお止めなさい。お前にはこの家の財産半分をやろう。望みはなんでも叶えてあげるから、だから当主なんて危険なことだけは」
「……当主の争いに巻き込まれ、自らを男性と偽らねば生きてこれなかったルイス様のことを仰ってるの? 大丈夫ですわお義父様。わたくしには大地の精霊『ノーム』様がついておられるのよ? 危険なことなどありませんわ」
「駄目だパンドラ。頼む。やめてくれ」
様子がおかしいヒンドリー卿に肩を掴まれながらも、パンドラはあの不気味な笑顔を崩しません。
確かに、ルイスは風の精霊『シルフ』とかいうクラゲ野郎を大量の血とともに吐き出したのです。
あんなグロテスクなもんを見たら、そら愛娘だろうパンドラにそんな真似させたないよなあと思いました。
「それでは、精霊様を引き継ぐ儀式を行いましょう。……わたくしはクローバー宮殿の頂上にあるクローバー神殿の祭壇に祈りを捧げて参ります」
「駄目だパンドラ。お前は、お前はノーム様を宿すことなど絶対に不可能なんだ、頼む、パンドラ……っ!」
「それでは、行って参ります」
パンドラは追いすがるヒンドリー卿の手からそっと逃れ、シスター服の両裾を軽く持ち上げて令嬢らしい華麗な挨拶をすると、他のシスター達に導かれて舞台の上手へ消えて行きました。
そして舞台の幕が下り、客席に明かりが戻ったわけですが……。
「一体、何がどうなってんだ?」
シドウさんは警戒した顔でそう呟かれました。
「まさか、これも演劇でした〜とか言わねェよな?」
「アッハッハッ! シドウくんはどう思う?」
「!?」
舞台裏からフォックス卿の笑い声がしました。
「駄目だよシドウくん、人が話してるときはちゃんと聞かなきゃ。隣の子とお話してるの、知ってるんだぞ〜?」
「……え?」
舞台の裏からガタガタドタドタと可愛らしい足音が聞こえて来きます。
すると、「もぅ〜! フォックス卿! シドウさんが怖がってるじゃない! 駄目よ!」とフォックス卿を嗜める可愛らしい声がしました。
「ホワイニーだ……! シドウちゃん良かなあ……ホワイニーに名前ば呼ばれて……」
「……マジかよ……」
舞台裏から聞こえて来る可愛らしい足音と楽しげな笑い声がする幕間は、退屈はしませんがリラックスは出来ません。
何でしょう、この、言葉に出来ない不気味さは……!
得体の知れない不気味さに負けて一言も発せないまま時間が過ぎました。
そして、ブラッニーの「お待たせみんな!!! 今から大地の精霊ノームの引き継ぎ儀式を行うよ!!」というアナウンスと共に、観客席の照明が一気に落とされます。
代わりに舞台の照明がブワッと明るくなり、私達の視線は一気に惹きつけられました。
そんな明るい舞台に、パンドラが上手からやって来ました。
服装はいつものシスター服ですが、その背には白く美しい大きな外套を纏っています。
まるでクラゲの足のような細長いレースがついた外套です。
いや、外套というより花嫁のベールでしょうか。
そんなパンドラは、下出側に立つシスターに跪いて、黄金の盃を恭しく受け取りました。
その盃には、水らしき液体が注がれております。
パンドラはゆっくりと盃に唇を付け、水を飲み干しました。
そして。
「聖水よ……精霊様をお迎えするべくこの身を清め――――っ」
祝詞を唱え続けるはずの唇の端から、血が一筋……!?
「うぐ……っ、げほっ、……ぅ……」
パンドラは血を吐いて舞台に倒れてしまいます。
まるで、ルイスみたいに。
傍に控えているシスター達も困惑して大慌てしております。
そして、ヒンドリー卿ともう一人……
「パンドラお嬢様!?」
舞台の下手から出てこられたエンジュリオス様が、血を吐かれたパンドラを抱き支えられました
なに、何が、なんで、エンジュリオス様が。というか、パンドラは。あの。
完全に思考が止まった私は、シドウさんを見ました。
「シドウさん、これ、あの」
「……ああ。……ほんと、何がどうなって」
ようやく事の事態――――パンドラ・クローバーが吐血したと認識出来たシスターや観客席から悲鳴が上がります。
「証拠保全のためだ。動かないでくれるかな? ……警察騎士の出番だからね。…………鑑識部隊隊長ロマン・イーリッシュくん。……まずは君が行きなさい」
相変わらず氷の微笑みを浮かべたまま一切慌てる素振りを見せないヘンリエッタ様は、鑑識部隊隊長のロマンさんを指名し、舞台の捜査を命じました。
◇◇◇
わけのわからぬままパンドラはエンジュリオス様に抱きかかえられながら舞台の下手へ消えて行き、パンドラの血と盃が残った舞台には鑑識部隊による捜査が始まりました。
残された私達はヘンリエッタ様に「暫くそのままでいてくれるかい?」と言われてしまい、何もすることが出来ません。
そして、鑑識部隊の捜査が終わり、ロマンさん達は舞台の上手へ消えてゆくと、ようやく私達は劇場の外へ出ることが許されました。
中庭の噴水広場で暫く待たされたあと、私達の元にロマンさんがお戻りになられました……が、様子がどうにもおかしいです。
「ごめんみんな、ロマン、一旦警察騎士駐屯基地に帰る。……部下達と、色々調べないかん」
「そうですか……。なんか、もう突然のわけわかんないことだらけで、一体何がどうなってんだか……。というか、あの、パンドラは」
私はロマンさんに聞きました。
ロマンさんは怯えたように顔を逸らしながら、
「……さっき、脈が、無いって」
と震えながら仰いま――、え?
脈が、無い? それって、息を引き取って、死
「嘘ですよねロマンさん!! え? 死んだんですかあのクソ女!? こんなあっさり? え? え?」
パンドラが死んだ? いやいやまさか、そんな。
私はシドウさんとリヒトさんの顔を見ます。
シドウさんはともかく、リヒトさんすらも言葉を無くして驚愕しておられました。
そんな時です。
ヒンドリー卿が泣きながら私達の前に現れ、言いました。
「愛娘のパンドラは、……っ、先程、精霊様の元へ……旅立ちました」




